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15、これが試験って、やばくないですか?

 試験の内容が発表された日から、私は魔法の猛特訓を始めた。

 もちろん、コーチはオルクスくんだ。リリーもそばで応援してくれている。

 私が魔法が不得意なのは事実だけれど、だからって軽んじられたり下に見られたりしていい理由にはならない。攻略キャラたちに「自分が守ってやるからそばにいろ」なんて言われて、「はいそうします」なんて言えるわけがないのだ。私はヒロインじゃないんだから。

 改めてオルクスくんが好きだなと思ったのは、私のそのなけなしの矜持を理解してくれたからだ。私が馬鹿にされたことを怒ってくれたからだ。

 その友達の思いに報いるために、私は少しでも魔法が使えるように努力した。

 寮で同室の子たちも協力してくれて、そのおかげで発見もあった。

 それはディーネさんの「コレットは植物なら間違いなくいつも生やせるのにね」という言葉がヒントになった。

 それをオルクスくんに伝えると、それなら狙って植物を生やしてみようということになり、種を発芽させることから、二階の窓から蔦を生やして一階まで届かせてみたり、小さな葉っぱをたくさん生やして物体の表面を覆ってみたり。

 魔法を使う基本である、「頭によくイメージし、それを言葉にすること」を意識すると、この植物魔法に関しては百発百中になった。

 

「コレットは別に、魔法が使えないわけじゃない。得意が植物魔法に偏ってしまっているだけだな」


 練習に付き合ってくれながら、オルクスくんがそう言ってくれた。

 “できない”という言い方より、“得意なことがある”という言い方ほうが、言われたときにずっと嬉しい。その言葉はそれこそ魔法みたいに、私の心に根を下ろしていた劣等感を薄めてくれた。

 練習をしても相変わらず、私は蝋燭に火を灯すことはできないし器に水を満たすこともできない。でも、どんな場所でもどんな植物でも、生やそうと思えば生やせるようになった。

 植物魔法しか使えないのではなく、植物魔法がすごく得意――そう思えるようになったことが、何よりの収穫だった。


 そうして迎えた試験当日。

 私とオルクスくんとリリーの三人は、試験会場である巨大迷路を前に若干恐れをなしていた。


「こ、これを、三人で突破か……」


 校舎裏の、旧練習場などと呼ばれている空間に出現している巨大迷路を見つめて、リリーが震えていた。何も気にしていないのかと思っていたら、なぜか一番緊張している様子だ。

 結局私たちは悩んで、三人チームで出場することにした。攻略キャラと組むことに抵抗があったのも理由だけれど、何があってもカバーし合えるのはこの三人なんじゃないかと考えたのもあった。

 ディーネさんに自分たちのチームと組んで人数を増やさないかと誘われたけれど、人数が増えれば気を使わなければならないことも増えるため、丁重にお断りさせてもらったのだ。

 リリーと話したのだけれど、私たちが前世の知識で把握していないことではあるけれど、この試験も“シナリオ”の一部で間違いないだろう。ということは、気を抜けばオルクスくんに大変なことが起きるかもしれないということだ。

 何か起きたときに対処できるのは、事情を知っている私たちだけだし、オルクスくんのために動けるのも私たちだけだ。

 だから、この三人で乗り越えようと決めた。オルクスくんには「三人でどこまでやれるか試したいから」と伝えている。


「それぞれチームごとに別々の入り口からスタートしてゴールを目指すわけだから……途中妨害されたり、逆に協力したりということが考えられるんだろうな」

 

 オルクスくんは私たちの入り口となる予定の場所を見つめている。どういう仕組みかわからないけれど、私たちのチームの番号が石でできた巨大迷路というか建造物の壁に浮かび上がっているし、周囲にいるはずの他の生徒たちの姿は見えなくなっている。もっとこう、横一列に並んで一斉にスタート、みたいなのを想像していたから、何だか拍子抜けしている。


「チームメイトの姿しか見えなくなってるのは、どうしてなのかな?」

「スタート前に無駄に情報共有させないためじゃないか? いくつかのグループのスタート地点がわかれば、ゴールを割り出すこともおそらく得意なやつにはできるだろうからな」

「そんなことが……」


 私とオルクスくんがそんなことを話していると、リリーがハッとした顔をした。それからローブのポケットからペンとメモ帳を取り出して、何か書き始めた。


「どうしたの、リリー?」

「いや、今のオルクスの言葉でひらめいたんだけど……実は自分、ちょっとした能力があって、それが今回役に立つかもしれない」

「これは……」


 リリーが見せてきたメモは、様々な大きさの長方形が組み合わさった図形と、その各所に配された黒い●が書かれていた。


「リリー、これは何?」

「そんなことより、お前の能力というのは? これは地図だろ?」


 オルクスくんも興味津々でメモを覗き込んでいる。彼の指摘の通り、よく見ればこれが地図だとわかる。


「そう、これは地図だよ。自分の能力は、視認している建物の全容を掴むことと、その中のどこに人間がいるか把握する能力なんだ。まさか役に立つ日が来るとは思ってなかったけど」


 リリーは小声で私にだけ「ゲームでいうところのマップ表示だね。ついでに敵の位置もわかる、みたいな」と付け足した。


「ノーマン、そんなことができたのか……すごいぞ、これ! ものすごく役に立つ」


 リリーの手からメモを受け取ったオルクスくんはしげしげとそれを見つめ、感激した様子だ。私はこの能力がすごいとはわかっても、それが今どう役に立つのかまではわからない。


「オルクスくん、どうすごいの? これがあったら何ができるの?」

「これを見れば、ゴールの位置を推測することができるんだ。いや、『ゴールではない場所』の推測ができると言ったほうがいいか。それぞれのチームが別々の入り口を用意されているのだから、そこはゴールではない。つまり、今人間がいる場所にはゴールはないと考えていいということだ」

「なるほど!」


 オルクスくんの解説で、ようやくリリーの能力の有用性が理解できた。これはいわゆる転生チートというやつだろうか。地味だけれど。


「よし。スタートしたら、このメモに随時他の人間のいる位置を書き込みつつ迷路の詳細を推測し、目の前の道を進んでいく参考にしよう」

「そうだね」


 三人で大丈夫だろうかという不安が、突然明かされたリリーの能力によってずいぶんと払拭された。人数に不安があっても、この能力は他のチームにはないものだ。だから、きっと有利に進めることができる。

 そんなふうに少し気持ちに余裕が出たところで、開始を知らせる鐘が鳴り響き、印のついていた目の前の石壁の一部が自動ドアのように開いた。

 

「僕が先頭を行く。コレット、ノーマンの順番でついてきてくれ」

「はい!」

「わかった」


 私たちに指示を出し、まず一歩オルクスくんが迷路内部に足を踏み入れた。

 迷路の内部は暗かったけれど、オルクスくんがすぐに魔法で灯りを用意してくれた。ほんのりとではあるものの、周囲が明るくなる。私はこんなささやかな魔法すら使えないから、これが個人戦なら早々にピンチだった。


「道幅は、僕が両手を広げたくらいか。これなら、道で他のグループとかち合ってもすれ違う余裕はあるな」

「そうだね。……なんだろ。壁に何か凸凹がある」


 オルクスくんが両手を広げたり足元を念入りに踏んだりして内部を調べているのにならって、私も進みながら壁をペタペタと触ってみた。すると、不自然に手触りが違うところを見つけた。


「本当だ。これは、何かの模様だな。魔法の属性を表すものか?」


 オルクスくんが杖に灯した灯りで私が示す壁を照らしてくれると、そこにはいくつもの絵文字が書かれていた。絵文字が書かれたタイルがひとつひとつ独立しており、そのそれぞれの絵文字は焚き火や水瓶といった、魔法の属性を彷彿とさせるものだ。

 

「とりあえず、魔法をこれに向けて放ってみるか」


 オルクスくんがそう言って、魔法を使うために杖の先の灯りを消した。リリーが自分の杖で火をつけなおすのを確認してから、オルクスくんは火、水、風、土、光、闇と基本の呪文を唱えていった。

 オルクスくんが呪文を唱えるたび、それに呼応するタイルが光ってポコンと凹んでいった。


「これは……抜け道だ!」


 すべてのタイルが凹むと、それらがはまっていた壁が長方形に向こう側へと移動した。ドアの形状になっていたということだ。


「リリー、これってさ、謎解き脱出ゲームってことだよね……!?」

「すごいな! さすがだな!」


 抜け道を進みながら、私とリリーはこっそり感激していた。「マジラカ」を制作している会社は、もともとは謎解き脱出ゲームが売りのところだった。だから、こうして謎解き要素が登場してもおかしくはないのだ。

 抜け道を進む途中に何か落ちていれば「アイテムだ!」と言って拾い、壁に意味深な文字列があれば「暗号だ!」と言って解き、私たちはそれからも抜け道を次々と見つけていった。オルクスくんはそんな私たちを見て感心しつつ、必要なときは適宜魔法で力を貸してくれた。


「ねえリリー。私たち、他のチームと比べてずいぶん早く進めてるんじゃない?」


 前世脱出ゲームに馴染んだ私とリリーはサクサク謎を解いていったため、私はウキウキして尋ねた。

 私に言われるまでマップのことは気にしていなかったのか、リリーは慌てたように何かに意識を集中させる仕草をした。すると、途端に慌てた顔になる。


「ずっと抜け道抜け道って進んできただろ? だから、もう時期別のチームが進んでる表の道とぶつかるんだけど、何か抜け道を使ってない他のチームの連中たちが変な動きしてる。右往左往してるっていうか……なんだろ、これ」


 リリーは自分の頭の中に見えたものを、メモの上に起こして見えた。図解とともに説明されると、どうにもある箇所まで行くと、どのチームも慌てて引き返しているようだ。


「本当にこの一点からみんな移動しているんだな。……トラブルがあったのかとかんがえたが、それなら全員退避するのではなく、チームによってはそれに挑むだろうな。つまり、考えて移動したというより突発的に移動せざるを得なかったということか?」

「それって……逃げるって言わない?」

「何から? てか自分たち、ここから先はその問題の地点に出るしか道はないよ。あとは……せっかく今まで進んできた抜け道を引き返すだけ」


 三人で状況を分析して、事態が結構深刻なことがわかった。でも、誰も引き返そうとは言わない。危険が待っているとしても、ここまで協力してくれて進んできた道をなかったことにしたくなかったのだ。


「……他のチームが何から逃げているのだけでも、とりあえず確認してくる。退くかどうかは、それから判断しよう」


 少し悩んでから、オルクスくんはそう言って先へと進んでいってしまった。この通路を出て他の道との合流点へ行けば、そのすぐ先が問題の地点だ。

 その背中は勇ましく、頼もしかった。でも、やっぱり心配で、オルクスくんひとりきりに任せたくなくて、私もリリーも少し離れたところからついていった。

 すると、オルクスくんがいま歩いている道の行き止まり、他の通路との合流点へ顔を覗かせた次の瞬間、驚いたように叫んだ。


「……何かいる! 化け物だ‼」



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