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14、私だって……ちゃんとできます

 占い師のところを訪ねてから数日後。

 正式に中間試験の内容が告知され、学院のあちこちで阿鼻叫喚があがっていた。

 オルクスくんから事前にちらっと聞かされていたとはいえ、当然私も叫び声をあげたひとりだ。

 その試験内容とは、“チーム対抗巨大迷路脱出”。

 先生たちは「レクリエーションのつもりで楽しみながら頑張って」なんてことを言っているけれど、それをさせられる生徒たちは何にも楽しくないのが事実だ。

 なぜなら、その巨大迷路は学院の敷地を使った、魔法の仕掛けがあちこちに仕掛けられたものだから。そして、学年ぶち抜きの試験ということは、新入生に合わせた難易度では決してないということだから。

 さらに私とリリーが震えているのは、二人ともこんな出来事を記憶していないからだ。

 オルクスくんを愛でるためにこれまで何周もプレイしてきた私も、サブとはいえシナリオライターとして「マジラカ」の制作に携わっていたリリーも知らないのだ。これは新しい√に入ったと見て間違いないだろう。そしてそれは、オルクスくん個別√である可能性が高い。

 新しい√に入ったのは嬉しい。オルクスくんを救えるかもしれないのだから。

 でも、知らないということは本気でなんの手立ても講じることができないということで、それが悩ましいことだった。


「何でも草を生やしてしまう私が、巨大迷路の中で何ができるっていうの……?」


 昼休み、食事を終えて食堂のテーブルで私は伸びていた。本当なら食後のまったりとした時間を過ごして午後からの授業に備えるのだけれど、そんな気力はない。昼食も、ようやく食べたという感じだ。 


「まあこういうとき、魔法が安定してない自分たち一年は不利だと感じるな」

「安定してないどころの話じゃないよ! 最近は先生もこんなもんだってあきらめてるけど、私はまだ本当にただの一度もまともに魔法が使えたことがないんだからね」

「そうだったね……見慣れちゃって、そんなもんかなって思いだしたけど」


 派手めの魔法が得意ではないリリーも憂鬱そうにしているけれど、どうにか魔法が使えるだけマシだ。私なんて、蝋燭に火を灯すことすらまだまともにできていないのだから、そもそもスタートラインに立てていない。


「僕は、むしろ個別試験じゃなかったことを喜ぶべきと思うが。チーム対抗と言われてるんだから、僕とノーマンで補助してやれれば済む話だろう。僕たちが絶対に落第させたりしない」

 

 落ち込む私に、オルクスくんが頼もしいことを言ってくれた。

 確かにチーム戦ということは、誰と組むかによっては自身が未熟でも十分に試験を突破できる可能性がある。でも逆に言えば、オルクスくんは私みたいなお荷物と行動しないで別の人と組んだほうが、より試験は簡単になるはずなのだ。

 それがわかっているから、私は楽天的に考えることができない。


「オルクスくんが一緒なら、個別試験よりも安心だと思う。でもね……この三人より他にチームメイトは増えないんじゃないかな。だって……私がいるチームに誰も入りたくないでしょ?」

「それは……」


 オルクスくんが見落としているかもしれないことを指摘すると、彼もリリーも言葉に詰まった。

 何人チームとは規定されていないけれど、普通に考えればみんな五人前後でチームを組むはずだろう。寮の一室もその人数だし、必要な属性をそろえる意味でもそのくらいがちょうどいい。

 だとしたら、三人は厳しいんじゃないかと思う。それぞれが粒ぞろいなら少数精鋭といえるけれど、うちの場合はポンコツをできる人にカバーさせるだけだ。しかも、リリーもそこまで魔法がうまいわけではない。


「すまない。話が聞こえてしまったのだが、それなら俺と組むか? 俺は土属性で、プロセルの植物魔法と相性は悪くないから、カバーもしてやれると思うんだ」

「ガイア先輩」


 私たちが話している席へ、ソリ・ガイアがやってきていた。体は大きいのに気配は静かだ。突然現れたように感じて驚いたけれど、嫌な威圧感はない。


「そっか……学年関係がない試験だから、先輩と組んでもいいんですね」

「そうだ。お茶会に招いてもらった縁がある。俺なら手助けしてやれると思うが、どうだろうか」

「えっと……」


 試験に対しての不安と愚痴を言っていただけなのに、こんなふうに先輩から声をかけられるとは思っていなかったから困ってしまう。しかも、どうやら今すぐ返答をしなければいけないみたいだ。


「あれ〜。ソリがコレットちゃんを勧誘してる。抜け駆けは感心しないな〜」


 ガイア先輩への返答に困っていると、そこへふらりとベント・ウィンディアがやってきた。そういえばこのキャラは風属性だからか、神出鬼没という設定だった。


「抜け駆けとは人聞きが悪い。普通に声をかけていただけだ」

「ふぅん。コレットちゃん、組むならソリより先輩の俺じゃないかな。俺、なかなかに優秀だから、一緒にいたら楽に試験を合格させてあげられるよ〜」


 ベントはそう言って甘い微笑みを浮かべて見つめてきた。ここで並の女子なら頷くのだろうけれど、私は複雑な気持ちにしかならなかった。


「お、何集まってんの? って、プロセルじゃん。また何かの集まり? 今度は肉食う?」


 ソリ・ガイアとベント・ウィンディアという並びが目立ってしまったのか、つられたようにイグニス・フレイが現れた。でもこの人は何も状況がわかっていなくて、肉パーティーを期待した顔で近づいてきた。


「肉を食べる話じゃありません……試験の話をしてました」


 攻略キャラが続々と集結しはじめたことに嫌な予感がしてきて、私は少しうんざりして言った。なんだろう、これ。状況が全く読めなさすぎる。


「試験の話って、あれか? もしかしてみんなしてプロセルのことを勧誘してんのか? それなら俺はどうだ? 火属性がチームにいないならなおさらおすすめ。何でも燃やしてやるぜ?」


 肉につられてやってきたのかと思いきや、この人まで私のことを誘い始めた。こんなの、絶対おかしい。


「先輩方、何をやっているんですか? そんなにぞろぞろと集まって一年を取り囲んで」


 攻略対象が三人もそろっていることに焦りを感じていたのだけれど、ついに四人目までがそろってしまった。

 私たちが集まっていることに気づいたネプト・ウォルターがこっちにやってきてしまった。


「プロセルさん、困りごと?」

「う、ううん。先輩たちに、試験のとき同じチームになってあげようかって言われてただけ」

「なるほど。それで、返事はもうしたの?」

「ううん、まだだけど」


 私が答えると、ネプトは満足そうに頷いた。これはもう、完全に流れが読めてしまったぞ。


「プロセルさん、組むなら俺と組まないか? 同学年だけれど魔法の技術はなかなかだと思うんだ。だから、君のサポートは問題なくできるさ」


 ネプトはいつもは生真面目な顔に優美な笑みを浮かべて、私を見つめた。これ、絶対に自分の顔がいいことを知っててやってるやつだ。

 ソリ・ガイア、ベント・ウィンディア、イグニス・フレイ、それからネプト・ウォルター。

 「マジラカ」の攻略キャラたちが、その美しい創られた容姿を存分に活かしてこちらを見つめてくる。

 私がもし転生者じゃなくて普通の女の子だったら、きっとこの状況に胸をときめかせていただろう。

 でも私はただの女の子ではなくて、「マジラカ」をめちゃくちゃやりこんだオタクで、もっといえば推しはオルクスくんだ。

 こんな状況にはキュンキュンしないし、むしろモブとして危機感を覚えている。


「先輩たちは、下級生とチームを組むと成績ボーナスがもらえるからコレットのことを誘っているんでしょう? そういった理由でしたら、他の一年でもいいはずだ。こんなふうに彼女に詰め寄るのはやめていただきたい」


 私がどうしたらいいかわからなくて困っていると、攻略キャラたちから視線を遮るようにオルクスくんが目の前に立ってくれた。今の今まで空気扱いされていたけれど、やっぱりオルクスくんは頼りになる。

 そして何より、これまで明かされていなかった情報を提示してくれた。


「成績ボーナスって、なんですか……?」

「へえ。そんなものがあるんですか。そんな理由で下級生に声をかけるなんて、ひどいですね」


 私が尋ねるのに便乗するようにベントも言って、先輩三人は少し気まずそうな顔をした。しかし、それで引き下がる彼らではない。


「確かに、自分に利があって声をかけさせてもらったが、そちらに損もないと思うのだが」

「そうだぜ。先輩に守ってもらってお前は試験にパス。こっちは成績ボーナスがもらえる。Win-Winじゃねぇか」

「俺は、下心だけで声をかけたわけじゃないよ。もちろん、もっとお近づきになりたいっていう下心はあるけどね」


 先輩三人は一歩も引かず、むしろ開き直って勧誘してきた。

 ベントはなぜかこちら側に来ていて、あたかも一年生VS上級生みたいな構図になっている。私の気持ちの中では全然そんなことはなくて、むしろ関係ない人は帰ってくださいと言いたいのだけれど。

 それに、何となくさっきから言い表せないモヤモヤを抱えている。自分がモブだということや相手が攻略対象キャラということを抜きにしても、今の状況は楽しい気分ではなかった。


「さっきからあんたたちは、勝手にコレットのことを下に見て話をしているな。不愉快だ」


 私の言葉を待つように少しの間沈黙していると、オルクスくんがそう口を開いた。それを聞いて攻略キャラたちはキョトンとしているが、私はその言葉によってさっきまでの気持ちが腑に落ちた。

 私は、嫌だったのだ。魔法を使うことができないこと前提で話をされることも。魔法が下手な私は誰かの手を借りることが当然で、助力は喜んで受けなければならないふうに話されることも。

 自力で試験を突破できない可能性が高いのは確かだけれど、言葉を変えて「お前はチームの中で何もせずにいればいい」と言われてしまうのは、オルクスくんが言うようにとても不愉快だった。


「オルクスくんの言うとおりです。確かに私の魔法はポンコツですけど、まだ試験まで時間があるので、それまで必死にあがいてみたいと思います。誰かとチームを組むつもりはありますけど、そのときはあくまで対等に組んでくれる人を探すので……すみません」


 不快であることは伝えず、あくまで自分がそうしたいからというふうに私は言った。実際のところ、彼らが嫌なことを言わなかったとしても、私は組む気はないのだから。


「そうか。そう言われたのなら、仕方がないな。でも、君から声をかけられるのを待つのはいいよね? 直前まで悩んでやっぱり組みたいって思ったら、いつでも声をかけて」


 ベントはそう言って、爽やかな笑みを浮かべて去っていった。さっと去ることで心象が悪くならないよう努め、他のメンバーにはうまいこと釘を刺していったのだなとわかり、やっぱり侮れないなと感じさせられた。さすが、キャラクター人気投票堂々一位の王道ヒーローだ。

 釘を刺された手前、何も言うことができなかったらしく、他のメンバーもそのまま去っていった。こちらにしっかり視線を送るのを忘れないあたり、攻略キャラだなぁとしみじみ思ってしまう。


「あの、オルクスくん……ありがとう」


 これ以上誰かに絡まれないようにと食堂を出てから、私は改めてお礼を言った。


「僕はうっとうしいものを追い払ったまでだ」

「それもなんだけど、みんなが私を馬鹿にしてるのを怒ってくれたでしょ? あれ、嬉しかったの。オルクスくんがあんなふうに言ってくれるまで自分でもどうして嫌な気持ちなのか、よくわかってなくて……だから、ありがとう」

「それは……うん」


 丁寧にお礼を言われたのに面食らったのか、オルクスくんは一瞬驚いた顔をして、それから照れて、そして困ったみたいに笑った。


「僕だって腹が立ったんだ。友達を目の前で馬鹿にされたのだから、当然だろう?」


 オルクスくんの困った笑顔は、とてつもなく可愛かった。美少年の照れ顔困惑スマイルが可愛くないわけないのだけれど、実際目の当たりにするとその破壊力はとてつもなかった。

 でも、そんなことよりも、オルクスくんが友達の私のために腹を立ててくれたというのが嬉しかった。

 「マジラカ」の誰の√の中でもいつもひとり孤独に破滅していった彼が今、私を友達と呼び、その友達のために怒ってくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。


「モブに徹してましたけどね、自分だって腹立ってたからね」


 嬉しくて私がオルクスくんを見つめるのに夢中になっていると、私の袖をリリーが引っ張った。

 今の今まで忘れていたけれど、リリーも一緒だったのだ。


「……リリー、姿を消せるの?」

「んなわけあるか! この世界はモブに厳しいんだよ! 主要キャラが場に揃いすぎたせいか、どうやらしばらく存在が認識されにくくなってたみたいだ」


 いたことを思い出して驚く私に、リリーはぷんすかしながらそんなことを言う。それを聞いたオルクスくんが、たまらないといった感じで噴き出した。


「すねているからって、そんなことを言うな。お前のことも、ちゃんと友達だと思っている」

「……ふゅえっ……」


 オルクスくんが噴き出すことも、こんなふうにデレることも、あり得ないと思っていた。

 だから私もリリーもびっくりして、すぐには言葉が出なかった。

 でも、何が起きたのか脳が理解すると、私は尊さが天元突破してしまって、悲鳴をあげて倒れてしまった。

 ……我が人生に一片の悔いなし……なわけないけれど、とりあえず今は気絶しておきます。

 


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