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13、そんなことより重大なことがあったのです

 占い師にそんなことを言われ、私もリリーもどうしたらいいかわからなくなって顔を見合わせた。

 でも、当のオルクスくんは少し驚いた様子だったけれど、すぐに占い師から距離を取った。


「そういうことなら、仕方がない」

「悪く思わないでね。あんたの一族が何をしたかは本当のところわからない。でも、禍々しいんだよね。だから見られない。占い師だって鬼じゃないから、見ようとした人はこれまでいたんだよ。そういう人はみんな、禁忌に触れたってことで碌な目に遭ってない。だから……」

「わかった。失礼した」


 占い師は、自分が悪意を持って拒絶したわけではないことを伝えようとしていた。でもオルクスくんはそれを途中で遮って歩きだした。だから私たちもそのあとに続く。


「テネブラン氏……なんかごめん。自分が占いになんて行きたいって言い出したから……」


 早歩きのオルクスくんを追いかけながら、リリーが言った。自分がかなり先を歩いていると気がついて、オルクスくんは立ち止まった。


「いや、気にするな。それに、名乗りもしないこちらの正体を当てたということは、あの占い師が評判通りすごい人物ということがわかって、よかったじゃないか」

「そうだけど……自分がここに来たいって言ったせいでテネブラン氏が傷つくことになったのが、申し訳ないなって……」

「傷ついてなどいない。平気だ」


 リリーが気にしないように言ったのだろうけれど、オルクスくんの顔は全然平気そうじゃなかった。

 たぶん、彼のことをよく知らない人が見れば、ただの無表情に見えるだろう。でも、私はそうじゃないとわかる。本当は悔しいとか悲しいとかそんないろんな思いが溢れてしまうのをこらえて、表情を殺すしかなくなっているのだ。


「禍々しくて見られないなんて……そんなことあってたまるか! オルクスくんは、オルクスくんだよ! テネブランとは何も関係ない!」


 何だか腹が立って仕方がなくて、私は思わず言っていた。

 腹が立つのは、あの占い師に対してではない。

 オルクスくんへの差別を作り出し、それを容認しているこの世界にだ。誰かがどこかでおかしいと言っていれば、自分の頭でテネブラン一族への扱いが正当なものなのか考えていれば、こんなことがずっと続くはずないのだから。

 今の段階でオルクスくんの口から直接聞いたわけではないけれど、テネブラン一族は優秀な魔法使いを今も輩出しつづけている。魔法を研究する組織や重要な機関で重宝されている人たちもたくさんいる。……要職につくことは決してないけれど。

 この世界は、テネブラン一族の優秀さをわかっているから本格的に排除することなく、ゆるく差別してその才能を搾取しつづけているのだと、私はゲームのシナリオでこの事実を知ったとき感じていた。

 画面越しの出来事ならこれをもっと冷静に受け止めることも流すこともできたかもしれないけれど、目の前で推しがそのことに苦しめられているなら、怒らずにはいられない。


「オルクスくんはオルクスくんだよ! オルクスくんとして一生懸命生きて、幸せになるんだもん! いっぱい魔法を勉強して、素敵な魔法使いになるんだよ! それなのに、ご先祖のことでずっとずっとずーっと言い続けられるのなんて、おかしいよ! どうしてオルクスくんが大昔の償いをさせられるの?」

「プロセル、落ち着いて……」

「落ち着いてられないよ! こんなの、怒るなっていうほうがおかしいんだから。みんな、オルクスくんのこと何も知らないくせに……見ようともしないくせに……」

  

 言いながら、自分だってこの体でオルクスくんと知り合ってからそんなに時間が経っていないことに気づいて、何だか気まずくなった。

 でも、前世では何度も何度もプレイして、オルクスくんの幸せを願った。オルクスくんが幸せになれるはずの攻略√配信を心待ちにしていた。

 オルクスくんが本当はいい子で優しいということは、制作陣とプレイヤーしか知らないことだ。プレイヤーだからこそ知っているとも言えるけれど。

 だから、私はオルクスくんの良さを叫ぶし、幸せを願ってしまうのだ。


「プロセルが見ていてくれるから、いいんだ。何でこんなに僕によくしてくれるのかはわからないが、人の評判なんてものに流されずに親しくしてくれるから」


 泣きそうになって震える私に、オルクスくんは困ったような笑顔で言った。

 それは、この上ない言葉で。きっと、オタクが推しにもらうとしたら、これ以上嬉しい言葉はない。

 そんな嬉しいことを言われたら、こらえていた涙が溢れてきてしまった。


「な、泣くな。何で泣くんだ……」


 泣いてしまった私を前に、オルクスくんがおろおろしている。申し訳ないと思いつつも、そんなレアで可愛い姿を見てしまったら、今度は別の意味で涙が出てしまう。クールな美少年の慌てる姿は、貴重だ。


「ねえ、テネブラン……いや、オルクス。コレットがあんたのこと名前で呼んであんたを個人として扱うんだから、あんただってこの子をちゃんと個人として扱わなきゃだめでしょ」

「……どうしたらいいんだ」

「だから、名前で呼んでやりなよ。友達だろ?」

「それは……」


 リリーに言われて、オルクスくんは一瞬固まった。きっと誰かのことをファーストネームで呼んだことなどそんなにないだろう。ましてや異性の名前なんて、呼ぶことはあっただろうか。

 そう思うと、固まってしまうのも仕方ないって思う。


「こ……コレット……これでいいか?」


 すごく小声で、すごく恥ずかしそうにオルクスくんは言った。

 ここにニマニマしているリリーがいなければ、きっと幻聴だと思ってしまっただろう。


「どう、コレット?」

「……やばい。供給過多で尊死する……ふゅえぇ……」


 リリーの質問に、私は顔を両手で覆って答えた。絶対に、今の顔は人に見せられない。だって、間違いなくニヤけてだらしがない顔をしているはずだから。

 本当なら、こんなふうに推しに名前を呼んでもらえることはないのだ。そんなありえないことが起こって、平常心でいられるわけがない。


「な、なんなんだ……泣いたり変な声を出したり」

「鼻血も出さず吐血もせずにいることをむしろ褒めて……」


 どん引きされているのがわかっていても、私は悶えることをやめられなかった。幸せすぎる。この幸せを今噛みしめないでいつ噛みしめるというのだろう。


「病気か」

「まあ、ある意味病気だね」


 呆れるオルクスくんに、リリーがニヤニヤしながら答えていた。病気でも何でもいい。私は今幸せで、たぶんさっきのは、オルクスくんの照れ顔のスチルがもらえるくらいのイベントだったのだから。


「占い師に門前払いされちゃったけど、もし占ってもらえるならオルクスは何を占ってもらうつもりだったんだ?」


 ひとしきり悶える私を見守ってから、リリーがオルクスくんに尋ねていた。確かに、それはすごく気になる。オルクスくんが占い師の情報を知っていたこともだけれど、あのとき拒絶されなければ何を見てもらおうとしていたかも興味深い。


「いや、大したことじゃない。もうすぐ試験だろ? それに、今年の試験はこれまでとは方式を変えるという噂を聞いたから、占い師にわかることならどんな感じの試験になるのか聞いてみたかったんだ」

「そっかー。オルクスも試験でヤマ張ったりしたいタイプか……って、試験? 試験!? もうすぐ試験って言った!?」


 オルクスくんが占ってほしかった内容とやらを聞いてちょっとほっこりしていたのだけれど、リリーの驚きによって私もようやく思考が現実に追いついた。そして、「マジラカ」のシナリオを思い出す。

 「マジラカ」は異世界の魔法学校を舞台にしてあるけれど、試験の時期は日本の学校と似たような感じにしてあった。つまり、前期後期制で期末に試験を行う形式ではなく、各期に中間試験も行うタイプだ。そしてオルクスくんが言ったのが、中間試験に当たる。


「え……中間試験……え……」

「プロセル……コレットも忘れていたのか。今回、実技を重視した内容に変わるという噂だったから、どんなものか事前に知っておきたかったんだが。そうじゃないと、コレットの試験対策を練ってやれないからな」

「オルクスくん……」


 まさかオルクスくんが私のために試験対策をしようと占い師に詳細を尋ねてくれようとしていたなんて、感激の極みだった。

 でも、その感激以上に試験への不安が上回って、私は喜ぶどころではなかった。


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