12、当たるも八卦というやつです
話はトントン拍子に進み、週末を待って件の占い師のところへ行くことになった。
サンドゥヒロ魔法学院は自由な校風で、実は週末でなくても外出は許可されている。ただ、週末にしかみんな出かけないのは学院から街まで出る手段が限られているのと、門限があるからだ。
移動手段というのが、例の空飛ぶ生き物たちだった。あの生き物たちそのものに乗るのではなく、あれらが引く大きな車の中に乗るという感じだ。簡単にいうと、空飛ぶ馬車だ。
馬車だから当然御者がいるわけだけれど、私たちのような魔法を習いたての新入生にはとても無理だ。だから御者をやれるような先輩か先生を捕まえておく必要があるので、みんな用もないのに出かけていくようなことはないというわけである。
御者をできる人間は自分が出かけることがあるとそれを喧伝しておき、出かけたい人間もその旨を周囲にそれとなく知らせておくと、うまいことマッチングできるのだ。私たちも今回は、よく話をする先生に外出したいと伝えておいたところ、授業で使うものを買いに出かけるという別の先生のことを教えてもらえた。
他にも出かける人がたくさんいたから、乗り合い馬車の要領で大きな車体に乗り込んで街まで空路を運んでもらったわけだけれど……到着する頃には私はすっかり疲れ果てていた。
ドラゴンが引く車は、ひどく揺れるのだ。それこそ、乗り心地ならこの前シャニアと乗ったペガサスのほうがいくらかマシと感じるくらい。
車内での他の人たちの話を聞いてわかったことは、御者役をしてくれる先生たちにも当然ものを浮かせる魔法の得意不得意があるし、車を引いてくれる動物ごとに乗り心地も違うということらしい。
おすすめは、ファルコン二羽が引く中型馬車を飛行魔術の先生に御者をしてもらったのに乗ることなのだという。……次は絶対それにする。
「マジラカ」本編の中で、好感度が上がったキャラとの街デートのシーンがあったのだけれど、あれはこの激しい揺れに耐え抜いたあとなのかと思うと、プレイしたときとは別の感情が湧いてきた。それとも、シャニアは平気なのだろうか。……あの子のことだから、平気なのかもしれない。
「コレット、大丈夫? 顔が青いよ」
「だ、だめ……まだ揺れてる」
「場数を踏まないと、慣れないかもしれないな」
馬車から降りてずっと震えている私を、リリーとオルクスくんが心配してくれた。でも、二人が妙に余裕なのが気になる。
「えっと……二人は平気なの?」
「まあ、子供のときから乗っているからな」
「あ、そっか。地方はまだ陸路がメインだっけ?」
私の問いに対する二人の返答で、何だかいろいろわかってしまった気がする。
魔法学院がある王都出身の二人にとっては魔法生物が引く車に乗るのは日常のことで、西部地方出身の私は馬車にしか乗ったことがないから、というのがこの余裕のあるなしに関係しているということのようだ。
「……リリー、今私のこと田舎者だって思ってるんでしょ」
「うわ、始まったよ。地方出身者が王都の人間に絡むやつだ。馬鹿にしてないのに勝手にされたと思うやつだ」
私がうらめしそうに見ると、リリーはあからさまに面倒くさがった。そう言われると、自分の中のこの感情がいわゆる地方コンプレックスなのかとわかって、何ともいえない気持ちになる。
「ほら、手貸して」
「も、もう少し待ってくれたら、ひとりで歩けるもん」
「慣れるまで体痛くなったり気分悪くなったりするのは仕方ないんだから、こういうときは慣れてる人の手を借りなよ」
「うぅ……」
体の中がぐるぐるする感じは収まってきたものの、まだ立って歩くのは不安な気がした。でも、だからってリリーに支えられるのも何だか癪だ。やっぱり、物言いが地方出身者を小馬鹿にしてる気がする……!
「プロセルが人酔いしてしまうといけないから、早く目的を果たそう。占い師がいるという通りはこっちだ」
私がぐずぐずしていると、オルクスくんがすっと手を差し出してくれた。掴まれと言っているのだとわかって、素直にその手に掴まった。
「あ、ありがとう」
「迷子になってもいけないし、不慣れな人間を狙う不届き者もいるからな。キョロキョロせず、堂々と歩くんだ」
「はいっ」
手をつなぐのかと思ったら、オルクスくんは私の手をさりげなく自分の腕に移動させた。これ、紳士が淑女をエスコートするときにやるやつだ!
今まさにオルクスくんにエスコートされているのだと自覚すると、「これ何イベント!?」なんて考えてしまう。モブなのに、推しからこんな供給をいただいていいのだろうか。
髪型もいつも通り、来ているものも制服だけれど、こうして街を歩いているというのが幸せでたまらない。夢みたいだ。
そうやって夢見心地で歩いているうちに目的地についたらしく、気がつくと少し寂れた路地裏に来ていた。今は昼間だからいいけれど、時間を間違えばガラの悪い輩がいそうな雰囲気だ。
「ここだな」
立ち止まったオルクスくんが指差した先には、小さな台のそばにいかにもな黒いローブをまとった人物が座っていた。これが、噂の占い師のようだ。
「サンドゥヒロの学生さんじゃなあい。占いに来たの? いいわよぉ」
ローブをまとった人物はこちらに気づき、ひらひらと手招きしてきた。声は想像していたものよりずいぶん若い。それに、何だか軽いノリだ。
でも、占ってくれるというのだから、行かない理由はない。
「まずはあなたね。何を聞きたいの? あたしが見える範囲なら、何でも答えられるわよ」
最初に椅子に腰かけたのは、リリーだった。今回の目的はリリーのことだけれど、私かオルクスくんかが先に占ってもらってその腕前を試さなくてもよかったのだろうか。とはいえ、張り切ってリリーが座ってしまったから仕方がない。
「何を知りたいの?」
「えっと、前世の記憶を取り戻す方法を知りたいんです。それか、私の前世を見ることができるなら、見ていただきたいんですけど……」
「ふーん。それなら、自分で記憶を取り戻せるかどうか見てみよう。じゃあ、三千ゴンね」
「は、はい。三千ゴンですね」
占い師に言われるがまま財布からお金を取り出すリリーを見て、不覚にも私は笑いそうになってしまった。この世界の通貨は、やっぱりゴンなのか……と。
「マジラカ」スタッフはどんな気持ちで通貨をゴンにしたのかわからないけれど、ファンの間ではギャグとして扱われていたし、タンス預金をしたら「タンスにゴンだね」と某防虫剤のキャッチフレーズみたいに言われていたのだ。
そんなふうにネタ扱いしていたものを現実として目にすると、おかしく感じてしまう。でも、笑っては不審がられるから、スカートの上から太ももをつねって耐えた。
「よし、見ていこうね」
占い師はそう言うと、懐から取り出した手鏡を覗き込んでいた。時々、その鏡をリリーにかざしたりしながら、しばらくじっと見つめていた。それから、おもむろに口を開いた。
「記憶は、取り戻せるみたいだね。でも相当激しい……辛い衝撃を受けなければだめみたい。でも、その衝撃がきっかけで記憶は戻るって出てる。痛みがともなうね。暗くてよく見えなかったけど、そんな感じ」
「……ざっくりしてる。でも、戻るならよかったです。ありがとうございました」
「はいはーい」
リリーが首を傾げながらもお礼を言うと、占い師は今度は私に手招きをした。断るのも悪いし断る理由はないから、私は素直に椅子に座った。
「あなたは、何が知りたい?」
「そうですね……このままの道で、私は自分の大切な人を幸せにできるのか……とか。漠然としすぎてるんですけど、見てもらえますか?」
「できるできる。三千ゴンね」
オルクスくんの手前、細かく話すことができなくて私は困りながらぼかして話してみた。それでも占い師はそんなことを気にした様子はなく、鏡を覗き込む。
「ふむふむ……すごく前から、一貫して太い何か繋がりみたいなものがあって、それ伝いに歩いてきたみたいな感じねー。それがあなたにとって大事なものだっていうなら、道はぶれてない。でも、それのせいで苦労してるとも言えるかな。かなり波乱だね。これから遠くない日に、相当な試練に直面するよ。それを乗り越えれば、幸せが待ってる……けど、しんどいよ。この道から外れたほうが、よほど楽である意味幸せかもね」
そう言って、占い師はローブの下から私のことをじっと見た。エメラルドのような瞳と目があって、ドキリとする。鏡で覗かれるより、この目に見つめられるほうがいろいろなことを見透かされてしまう気がした。
「その大切な人を幸せにしたいっていう願いは結構なことだけれど、その人と自分の幸せを天秤にかけて、それが吊り合うものなのかちゃんと考えたほうがいいよ。割に合わない願いってのもあるもんだから」
占い師は、リリーを占ったときより熱心に見てくれている気がする。リリーのときと同じで漠然としているけれど、私についての占いのほうが不穏さが増しているみたいだ。
私が叶えたいことはオルクスくんを幸せにすることで、それが自分の幸せと吊り合わないと言われるとピンとこない。でも、試練を乗り越えたあとでそれが叶えられると言われたのだから、占いの結果としてはいいものだと言えるのだろうか。
「じゃあ、次はオルクスくんだね」
自分が占ってもらったから次はオルクスくんの番だと思って、私は椅子から立ち上がって彼に勧めた。彼もどうしようかと少し迷ったふうだったけれど、私に勧められるがまま座ろうとしていた。この流れで、オルクスくんだけ占ってもらわないのと変だし。
でも、椅子の前まで来たところで、占い師が座ろうとするオルクスくんを手で制した。
「待って。あんた、テネブランの血族の人? だったら、占わないよ」
占い師は先ほどまでの軽いノリとは打って変わって、ぴしゃりと言った。