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11、まずは一歩前進です

 お茶会から数日後、私とリリーはまたミーティングを開いていた。

 ミーティングのつもりなのは自分たちだけで、傍目には駄弁っているようにしか見えないだろうけれど。

 私とリリーが取っている魔法生物史という授業が休講になったから、中庭の木陰でまったりしているのだ。

 魔法生物史はマイナーな授業でただでさえ生徒が少ないのに、その上こういった休講が多いのだ。マイナーな理由は内容が魔法を使うのにあまり関係がないと思われていることと、レポートが多いことが原因らしい。私としては、実技がなくレポートだけで単位をくれるというのがありがたすぎて、すごく助かる授業なのだけれど。

 それに、休講になるとこうしてリリーとこっそり話ができるのがいい。オルクスくんがいるとできない話もあるから。


「テネブラン氏、声かけてくる生徒が増えたみたいでよかったね」


 日だまりの猫のように眠そうにしながら、リリーがのんびりと言った。この前のお茶会の疲れがまだ残っているし、気を張っていたぶん反動が大きかったから、こんなふうにダレてしまう気持ちはよく理解できた。


「そうだね。まだ友達ができた、とまではいかなくても、オルクスくんのことを『お高くとまってる』とか『いけすかないやつ』なんて言う人は減ってきてるみたいでよかった」

「あの人、ちゃんと付き合ってみると親切だし、感じ悪いなんてことはないもんな」

「そうよ。むしろ、知れば知るほど可愛くて素敵」

「何だその、噛めば噛むほど味が出るスルメ、みたいな。これだからヲタは推しに甘いんだから」


 リリーはあきれた目で見てくるけれど、本当のことだから仕方ない。

 ゲーム本編では周囲の人間に理解されることはなかった彼は、本当は悪いやつなんかじゃない。きちんと付き合おうとする人間が現れれば、これからどんどん彼に対する周囲の評価は変わっていくだろう。

 その第一歩を、私たちはこの前のお茶会で進んだのだ。それがすごく嬉しい。


「シャニアのほうも、他の攻略キャラとこの前少し話してたみたいだな。これで何とか接点は持てたわけだ」

「そうだね。誰かと恋愛√に入られたら困るけど、まるで接点がない状態なのも心配だったから、これでちょっと安心だね」

「んー……それは、どうなんだろうなぁ」


 喜ぶ私とは反対に、リリーは考え込む様子を見せる。私より多く情報を持つ彼女が喜んでいないのを見ると、途端に不安になってしまう。


「いや、別に明確に不安要素があるわけじゃないんだ。ただ、安心する材料も全く持ってないってのも事実だから」

「それは、そうだね」

「とりあえず今わかってるのは、シャニアは誰とも特別なイベントも発生させてないってこと。まだ√確定前とはいえ、複数のキャラの好感度をある程度発生させたときに起きるイベントすら起きてない。ほら、あっただろ? ネプトとイグニスの好感度が上がったときに発生するやつ」

「『水か火か。どっちの魔法がお好き!?』だね」


 「マジラカ」は恋愛要素を楽しむだけでなく、キャラクター同士の絡みやかけあいも人気があった。というのも、恋愛イベントだけではなく、攻略キャラ同士が親しくしたり喧嘩をしたりする様子を楽しむ要素があったからだ。

 攻略√の一本道に入るまでの間、つまり誰を攻略するのか決めるまでの間、しっかりキャラたちの魅力を感じて吟味することができるというわけである。

 ちなみに、オルクスくんが他のキャラと絡むイベントも当然あった。オルクスくんだって、攻略キャラのひとりだから。……√配信前にサービス終了してしまったんだけど。


「まだ一本道に入る前だから、好感度がいまいちどのキャラとも上がってないってのは、まあいいんだ。でも、この手のイベントがひとつも発生してないってのは、まずいのかなって。好感度については一本道に入ってからあげるんでもいいけど、これらのイベントに関しては、お目当てのキャラが関わるものは最低ひとつはやっとかなきゃいけなかったはずだろ?」

「そうだった! プレイしてたら自然に発生するもんだと思ってたけど、このままだとシャニアは誰とも知り合い止まりで、イベントも発生せず、どの√にも突入しない……?」

「かもしれない。あくまでそれを推測するしかないってのが、今困ってることなんだよな。すべてにおいて確証がない。――なぜなら、自分が前世の記憶をすべて思い出してないから」


 言ってから、リリーは大きな溜息をついた。彼女がこんなふうに楽観視できずに悩むのは、自分の前世の記憶が穴だらけだと自覚があるからだろう。

 何も覚えていないのなら、こんなに悩むこともないだろうに。


「せめて私がやり込んだゲームの知識を活かせれば、状況は変わってくるだろうにな。はっきり言って、私の記憶の通りなのって入学式の途中までだよ。そのあとは、全然読めてない。……まあ、私ってイレギュラーな存在がオルクスくんの人生に介入しようとしてるせいかもしれないけど」


 これはゲームではなく、前世でやり込んだゲームによく似た世界で現実なのだと改めて認識して、私は怖くなってしまった。

 最初は推しと同じ世界に転生したのだとただ喜んでいたけれど、推しを自分の手で幸せにすると張り切っていたけれど、それがそもそも間違いだとしたら……? 

 何もわからない以上、そうだとも言い切れないし、そうではないと安心することもできない。

 何もしなければバッドエンドに突き進むことになるかもしれないのに、何かしてもせっかく立ったフラグを知らないうちにへし折るようなことにもなりかねないというのがあまりにももどかしい。


「コレットの言ってることはわかる。でもこれ、ゲームじゃないから。コレットのやった行動で誰かかが不幸になったとしても、それを百パーセントコレットのせいにすることはできないさ。だってこれは現実で、それぞれの人間が自分の人生を生きてんだんだもん」

「リリー……」


 私が落ち込んだのを見て、リリーはどうやら励ましてくれているようだ。相変わらずジト目の何を考えているのかわからない不思議ちゃんな顔をしているけれど、一緒にいるうちにいい子なのだとわかった。

 私もリリーもゲームの中ではモブだけれど、この世界ではきちんと生きているのだ。役割を持ちつつも自分の意思で人生を生きている。

 そして、たまたま前世の知識を持っているから、それでこの世界に少しだけ介入しようとしている。それがいいことなのか悪い事なのかわからないけれど。どちらだとしても、私たちの影響であったとしても、私たちだけがやったことではないというリリーの言い分は理解できる。それこそ、そんなに大きな影響力があるのだという思い上がりだ。


「あー、それにしたって前世の記憶がまるっと戻ればこんなに悩まないんだよっ!」


 難しいことをかんがえるのに疲れてしまったのか、そう言ってリリーは頭をぐしゃぐしゃにした。その猫っ毛に見せかけて実は頑固な髪を今日もセットしてあげたのは、私だっていうのに。

 リリーの髪をどうにかしてやろうと、私も隣に寝そべってみた。


「こんなところにいると思ったら……なんて格好をしているんだ」

「お、オルクスくん!」


 ちょうど姿勢を崩したときに声をかけられ、私は慌ててスカートを押さえた。オルクスくんは紳士だからしげしげと見たりしないとわかっていても、彼の前でそんな格好をしてしまっていたことが恥ずかしい。


「えへへ……授業が休みだったから、ここでまったりしてたの」

「確か、魔法生物史だったか。課題が多い先生の授業なんだから、図書館にでも行けばよかっただろ」

「ちょっとだらけたかったの……」


 まさかオルクスくんに内緒の話があったからなんてことは言えないから、私はリリーと顔を見合わせてあいまいに笑った。


「そういうオルクスくんは? どうして私たちがここにいるのわかったの?」

「授業が早く終わって廊下を歩いていたら、見えたから」


 そう言って、オルクスくんは中庭に面した窓を指差した。そこは確かに中庭が見えるようにはなっているけれど、まさか見つかるとは。


「ここ、見えたんだ……いい隠れ場所だと思ってたんだけど」

「そんなことより、前世がどうとかって言っているのが聞こえたが、どういうことだ?」

「えっ……」


 ボサボサになった頭やスカートのことを気にしていたリリーが、オルクスくんの問いに固まった。もちろん私も、そばでひやっとした。


「えっと……夢、そう夢! 自分もコレットも、昔から変な夢を見るんだ。続きものの夢で、どうもここではない世界の夢らしいってことで子供のときから気にしてたんだけど、コレットと話したらこの子も同じような夢を見るから、もしかしたら前世の記憶なんじゃないかって話になったんだ」


 リリーが焦りつつも、さらりと嘘をついた。嘘だけれど、完璧に嘘ではなく事実が混じっているといえのがうまい。さすがシナリオライターだ。

 でも、オルクスくんは難しい顔をして首を傾げていた。何その仕草、可愛い!と思うけれど、今はそれどころではない。


「……変な話だってことはわかってるの。でも、同じような夢を見てる人がいるんだってわかったら、それが何なのか気になりだしてしまって」

「なるほどな。同じ夢を見る、か……」


 私の補足を聞いて、オルクスくんは少し納得したように頷いた。私たち自身も変だと自覚していると伝えたのがよかったのだろう。こういうことは、本人たちが心酔していればしているほど、傍で聞いている人間は胡散臭がって冷めてくるものだ。だから、私たちも興味を持ちつつも冷静であることは伝えなければならない。

 とはいえ、私たちが完全に変な考えにかぶれているわけではないとわかってもらえただけで、不審がられていることに変わりはないだろう。


「ご、ごめんね。変な話しちゃって。混乱しちゃうだろうから、忘れてね」

「いや、興味深いと思う。そういうことに強いという占い師が街にいるらしいから、今度の休みに行ってみるか?」

「……え?」


 否定はしないもののてっきり呆れられているとばかり思ったのに、意外なことにオルクスくんは私たちの言うことに理解をしてくれた。しかも、手助けになるかもしれない情報まで提示してくれた。


「行く! 行きたい!」


 占い師に興味が湧いたことよりもオルクスくんに誘われたのが嬉しくて、私は勢い込んでそう返事をしていた。


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