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カリオネルクーヴァとヨリ [序章]  作者: ころころのこころ
《その丘の先に》
3/4

二、

天空の間と呼ばれていた最上の客間に、二人は待っていた。

サリイは都度、この部屋で会っていたから、慣れたものだが、初めて来たハイリッシュは空間の雰囲気に飲まれ、緊張の余り、身体を時折震わせていた。


「時をくださり、有難く存じます」


サリイの口上は短い。すぐさま本題に入るから、私は彼女が好きだ。


「こちらのハイリッシュは我が生徒の中で面白い者です。此度、このような論文を上げて参りました。一読願えれば、幸いです」


彼女が差し出してきた板には小さめの文字が刻まれていた。

丁寧な文字だ。

魔法で刻む文字により、その者の魔法の正確さ、緻密さが分かる。

これは、サリイと変わらぬほどに素晴らしい刻み具合だ。


一読して、目を見張った。


近年、力の弱い子供たちが増えていると報告が上がっていたが、この論文はそのことを深刻に受け止め、未来を見通した内容だった。


「ハイリッシュ、君は何歳だ?」


びくっと身体が動いたハイリッシュは斜め前から見るサリイに目をやり、頷かれたのを確認して、こちらを見た。


「はい、今年の春、十二を迎えます」


「まだ成人もしていないか。面白いな、サリイ。明日、時間を取ろう、午後から来れるか?」


「はい、喜ばしく思います。では、御前、失礼いたします。」



翌日、私はハイリッシュを連れてきたサリイに席を外すよう言った。

サリイが席を立つとハイリッシュの緊張した面持ちが更に緊張を増した様子が目に見えて分かった。


「大丈夫、この方は違っておいでだから、素直にお話しなさい」


サリイはハイリッシュの肩に手を当て、一言告げてから部屋を出て行った。


「違っておいでだから、か。サリイも違うよな。国子である私に対して、する評価ではないよな。でも、だから彼女は面白い」


私の言葉にビクビクしていたハイリッシュだったが、最後の言葉に笑みを付けて言えば、キョトンとした。


「ハイリッシュ」

「は、はい」


「難しく構えることはない。私は堅いのは苦手なんだ。サリイのように軽く相手をしてもらえると有難い」


用意されたお茶に口をつけ、脇台に置く。


「さて、ハイリッシュ。力の弱い子たちがこれからも増えていくとの推測だが、その根拠はあるのか?」


「はい。根拠は、国子、あなたです」


「おや、それはどういうこと?」


そこで、ハイリッシュは一つ力を使った。

僅かに空気が動く。


「私には力を使うことで、力の跡が見えるのです。その跡は、人それぞれ違う形です。私はマへ来る前はオの国にいました。旅の中、あちらこちらで、同じ形の力の跡を見てきました。一人の人が使えるような量では無い、その跡に私は惹かれました。この跡を残されたのは話に聞く竜だろうか、それとも、神とされる方々だろうか。そして、先日、国子様の跡を初めて見ました。それは、私が見てきた跡と同じ形だったのです」


 一度、深呼吸をしたハイリッシュは意を決した眼差しで国子、私を見た。


「国子様が力を使われた後、力を使うと効果は薄く、跡もまた、とても薄いことに気が付きました。おそらく、力を使うために必要な何かが足りていないのだと思います」


 ハイリッシュの言う『跡』を見てみたくなった。


「ハイリッシュ、手を」


 咄嗟に動けないハイリッシュの手を掴むと、急にあたふたし始めた。

「こ、国子、な、何故手を取られましたか?」

「あ?まあ、少し君の目を借りるよ?」

 感覚の共有なんて、随分と久しぶりで、懐かしくなった。

 簡単に二人を包むほどの結界を展開すると同時に視界は赤に染まった。

 見慣れた赤の面と見慣れないモヤモヤ。

 すぐさま部屋全体へと結界の範囲を拡げる。

「うわっ!部屋が赤い」

 ハイリッシュの視界の先から繋がる面を辿る視線は天井から横の壁、背後へと流れていく。

 やはり、ハイリッシュは見えている。

 結界の存在は、見えない者が多い。

 モヤモヤは霧のように掴めない。そこ彼処に漂うモヤモヤを手で払ってみるが、拡散されるわけでもなく、一定の範囲を漂うだけのようだ。


「え?国子、何をされてるのですか?」


 掌を上にして、水を集める。

 一匙ほどの、水を空気中から集める。

 赤い膜が集める範囲に広がり、収束していく。その範囲をモヤモヤしたものが漂っている。良く見れば、記号の集まりにも見える。

 やがて、掌に集まった膜が水へと変わる。その様子を確認して、水を元に戻した。

 空気中に水を戻しても、モヤモヤしたものはそのままあった。


「なるほどね。面白いね。ハイリッシュにはこのモヤモヤが力の跡だと、言うのだね。それで、もう一度、力を使うと」

 同じことをしてみる。赤い膜は同じ程度の範囲に広げ、水を集める。

 モヤモヤは何故か、広範囲になり、掌の周りのモヤモヤはうっすらとしているようだった。


「あーなるほど。これは、あの仮説を裏付けるな」


「え?あの、国子?」


 感覚共有を切ると、ハイリッシュが戸惑いの声を上げた。

「ハイリッシュ、明日から朝の六から一ほど、僕に付き合いなさい」

「は、はいっ」

「君の仮説と、こちらの仮説が立証されると、凄いことになる。だが、そのためには時間が必要だ。ゆっくりと、仮説を解きほぐしていこう」

 僕が差し出した手を、ハイリッシュは見るだけだった。

「握手だよ、ハイリッシュ。これから、君と僕は同志になるんだ」


 同志、と唇が動くが、音は聞き取れなかった。

 おずおずと差し出す手を僕は奪うように取り、握り締めた。

「宜しく、ハイリッシュ。君と出会えて僕は、嬉しいよ」

「こ、こちらこそ、宜しくお願いします!国子」


「ああ、屋号で呼ばれたくないなぁ、君には僕の名前を読んで欲しい」

「名前?」

「そう」


 久しぶりに笑った。

 随分長い間、僕は笑っていなかった。

 兆しが、見えた。

 こんな嬉しいことは久しぶりだ。

 だから、笑えた。

 これから、希望が生まれる。


「僕の名は、ヒビキ」

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