青天にローリングサンダー
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更新は毎週月曜日と金曜日を予定しております。
一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。
前世で使われていた警句だけど、こっちでも同じように言われてるくらい、一の月・二の月・三の月は忙しない。
ヴィクトルさんが誰とどう接触したとかは聞かなかったけれど、話は非常に迅速に進んで、ルイさんは二の月の中頃にはこちらに赴任する形になっていた。
ルイさんがもう既に菊乃井に入っているとは露知らない父は、自身の境遇をナイコトナイコト重ねて説明したそうで。
「あーたんのお父上とは思えないほどおバカさん……げふん、迂闊なひとだと思ったそうだよ」
「今ちょっとレグルスくんに聞かせられない類いの単語が聴こえたような?」
「気のせいだよ、気のせい。兎も角、素性調査もしなければ、上官の紹介っていうだけで信用するとか、まあ、うん……。疑われないように、宰相閣下の紹介状も付けたけども」
「ああ……」
そりゃ疑わないな。
ロッテンマイヤーさんからちょっと聞いただけだけど、父は貴族としては底辺でも軍人としての評価はそこそこなのだとか。
軍人としての評価には、忠誠心や命令を過たず、つまり疑わず実行することも含まれる。
父が上官からの紹介を鵜呑みにした辺りはお察しだ。
それは良い。
お陰でこちらは労せず、父から実質上の権限を取り上げることに成功したのだから。
「ありがとうございます、ヴィクトルさん」
「どういたしまして。だけど宰相閣下のお手紙の威力だよね。サン=ジュスト君に領地即丸投げとか」
「身内ながらがっかりですね」
大事な自分の息子の養育費の土台になる領地の経営を他人に丸投げとか、本当に何を考えてるのかな。
そういやあの人、レグルスくんに手紙とかちゃんと書いてるんだろうか。
気になることばっかりだ。
ともあれ、折角来たカフェでする話でもない。
二の月某日、私はレグルスくんの手を引いて、ヴィクトルさんとラーラさんと宇都宮さんと街のカフェに来ていた。
レグルスくんも髪が伸びてきたので、理容師さんの所で髪を切って貰うためなんだけど、貴族は普通出入りの業者を持ってる。なのに何で街に来てるかって言うと、うちが普通の貴族じゃないからで。
領地に帰ってこない領主に、そもそも出入り業者なんかいるわけがなかったんだよ。
そんな訳で、宇都宮さんとラーラさんがレグルスくんにくっついてお店に行ってる。
レグルスくんが慣れない環境で知らないひとに髪を触られるのを嫌がるかもしれないから、それをあやすために宇都宮さんが、レグルスくんに似合う髪型を細かく説明するためにラーラさんがいるのだ。
で、私とヴィクトルさんはその間、ラ・ピュセルのお嬢さん方の練習を見に来てる。
コンクールで歌う歌はもう決まっているそうで、振り付けもあるらしく、今は踊りつつ歌っても音程がぶれない、声が上擦ったり掠れたりしないように特訓中だそうな。
そして、彼女たちのファンも順調に付いていて、中には四の月のコンクールに合わせて帝都に遠征に行くと言ってくれている人たちもいると聞く。素晴らしい。
ちなみにカフェではアルコールを扱わないし、営業は夕食が終わる頃、だいたい前世の八時くらいまで。ラ・ピュセルのコンサートはその半時間前には終了する。
冒険者たちは朝から日がくれるまでが仕事で、夕方は魔物に加え野性動物の動きが活発になるから、余程の討伐依頼がない限り夜には行動しないのだ。それに合わせた営業時間かつ、前世から引っ張り出してきた労働基準に合わせての活動時間で、周りの店との住み分けも考えている。
共存共栄が出来ることに越したことはないのだから。
カロンとドアにつけられたウェルカムベルが鳴る。
自然と目が音に釣られて、入り口に顔を向ければレグルスくんと宇都宮さんが立っていた。
が、一人足りない。
「やぁ、戻ってきたね」
「お帰り。ラーラさんはどうしたの?」
聞けば、私の愛するふわふわしたひよこの羽毛のような前髪はそのままに、サイドを綺麗なコーンロウにしたレグルス君が眉を八の字に下げる。
「らーらちぇんちぇ、ぼうけんちゃぎるど……」
「冒険者ギルド?」
「その……宇都宮にもよく解んないですが、兎に角若様にお知らせしないとと思って」
同じく眉を困ったように落とした宇都宮さんの言うことには、レグルスくんの散髪が終わった後、三人で冒険者ギルドの前を歩いていたそうだ。
すると中から物凄い女の人の金切声が聞こえて来たそうな。
なんだろうと、持ち前の好奇心でラーラさんがギルドを覗くと、ギルマスのローランさんの胸ぐらを、青い髪の毛の気の強そうな女性が掴んでがんがん揺すぶっていて。
「ラーラ様は揉め事を止めに入られたようなんですが、どうも胸ぐらを掴んでいた女性と顔見知りだったようで」
「で、そのままギルドにいる……と」
「はい。その揉め事の内容がどうもEffet・Papillonの売り物の話だったようで、若様にお知らせした方が良いかと」
そう言われたら行くしかない。
カフェで練習中のラ・ピュセルのメンバーに別れを告げると、一目散に冒険者ギルドへ。
まだ揉め事は続いているようで、ラーラさんではない女性の金切声が外まで聞こえていて。
断片的に耳に入ってきた「冒険者の服」・「ギルドお抱え」・「エフェだかエセだかしらないけど」って言葉を総合するに、Effet・Papillonの話と感じた宇都宮さんの判断は正しいのだろう。
ギルドの入り口には、揉め事には巻き込まれたくないけれど、何が起こってるのか知りたいという、物見高い人たちが沢山。
それを掻き分けて中に入ると、厳めしい顔を泣きそうに歪めたローランさんと、耳を指で塞ぐラーラさん、その二人を相手に早口で捲し立ててる青髪の女性が、扉が開いたことで揃って私に視線を向けた。
「こんにちわ、随分賑やかですね」
「あ、鳳蝶様! いいとこに来てくれなさったぜ!」
「まんまるちゃん、よく来てくれたね!」
めっちゃ歓迎されてるけど、青髪の女性からは素晴らしく不審な目を向けられてる。
「なんなのよ、この子供」って感じの目線に、レグルスくんがちょっとムッとして、眉間にシワが寄った。そのシワを揉みほぐしつつ、ラーラさんの横に行く。
「初めまして、菊乃井鳳蝶です」
「きくのい、れぐるす・ばーんしゅたいん、です」
胸に手を当てて貴族様式の礼をすると、野次馬に来ていた冒険者や街の住人が静まる。
それより私の弟、四歳なのにきちんと挨拶出来たんだよ。凄くない!?
レグルスくんのふわふわした金髪が揺れるのに和んでいると、ふんっと青髪の女性が鼻を鳴らした。
「菊乃井と言うことは、こちらの御領主の関係者かしら。こどもはお呼びじゃないのよ、大人の菊乃井の関係者を呼んでくださる?」
「生憎ですが、両親は不在です。私で承れないことでしたら、正式に帝都の両親に面会願いを出していらしてください。貴族のお知り合いはいらっしゃいますか? 伯爵家の当主に会おうとするなら、当然紹介状がいります」
「ぐ、そ、それは……」
「きちんと身分を証明出来るものは? 両親には私から、貴女が当家の領地の冒険者ギルドで揉め事を起こして、当主に面会を求めていると報告してはおきますが……それだと、まず面会は憲兵越しになることはご承知くださいね」
「なんですって!? 私に冤罪をかける気!?」
「冤罪ではありません。当家のメイドが、貴女がギルドマスターの胸ぐらを掴んでいたのを見ていますし、それでなくともこれだけ目撃している人がいるんです。営業妨害とギルドマスターへの暴行……充分な罪だと思いますよ。私は当主の代行者として、領民の安寧を守らねばなりません。貴女はそれを現行乱しています。代行者として、捨て置けません」
じっと見ていると、つり上がっていた髪と同じ色の目が右往左往する。
恐らくどうするのが良いのか迷っているのだろう。
するとラーラさんがパンパンと手を打った。
「サンダーバード、ここまでだよ。まんまるちゃんは、やるって言ったらやるけど、話はきちんと聞いてくれる。冒険者相手でも軽んじないで、このままだと何が起こるかも説明してくれたんだし、当主代行と話が出来るんだからそれで良しとしたら?」
「くっ……仕方ない。妥協は必要よね……必要だから妥協するだけよ!」
「ご理解頂けて何よりです」
サンダーバードと呼ばれた女性が、腕組みしてそっぽを向く。
彼女の気炎が収まったのにホッとした様子のローランさんが、目だけで礼を伝えてくるのにそっと手を振ると、改めて女性を見た。
青い髪は肩辺りで切り揃えられ、黒い革のポンチョを身につけた、パンツスタイルで膝丈のブーツが脚の長さを際立たせている。
「さて、何故大きな声でお話なさっていたのか、お聞かせ願えますか?」
「簡単な話よ。このギルド御用達のEffet・Papillonの商会長に用があるから取り次いでほしいってだけ」
「Effet・Papillonの?」
「そうよ。会って言ってやりたいことがあるの」
「商品に対するクレームですか?」
「そんなことまで話さなきゃいけないわけ!?」
きっとまた青い眼がつり上がる。
まあ、迫力。
このサンダーバードってひとも、何て言うか、上背あって美人だから、怒ると素晴らしくダイナミックだよね。
なんて思って見ていると、サンダーバードさんの表情が変わっていく。
最初はギリギリと怒りに満ちていたものが、奇妙な物を見る目に変わり、更に今度はちょっと怯えが浮かんで、暫くすると真っ青になった。
「なんで私の『威圧』が効かないの!? なんなの、この子たち!? って言うか、弟? 背中に獅子が見えるから睨み返さないでくれる!? お姉さんが悪かったから! 怖いってば!」
「れーたん、やめたげてー。お姉さん怖がってるから、やめたげてー。」
ヴィクトルさんの宥めるような言葉にレグルスくんを見ると、にぱっと凄く笑顔で。
「レグルスくん、何かしてるの?」
「れー、なんにもちてないよー? にらんじゃめっておもっただけー」
「だよねぇ? 変なの……。それは兎も角、子どもに威圧なんて大人げない真似はおよしなさい。お話はちゃんと伺うし、Effet・Papillonは私が領内に流通させてるものですから、私の管轄です。問題に対処するとさっきから伝えているのにそう言った対応をなさるなら、此方にも考えがありますが?」
って言っても、憲兵に「理不尽に喧嘩吹っ掛けられました」って訴えるしか出来ないんだけど。
たまにははったりもいいか。
くっそ真面目な顔を作って伝えると、ヴィクトルさんとラーラさんが私とレグルスくんを庇うように前に出る。
オマケにローランさんも、厳めしい顔に殺気を滲ませて。
「……あーたんが寛容なうちに、態度を改めた方が良いよ?」
「サンダーバード、これ以上はボクも庇いきれない」
「ここまでにしておけ。それから鳳蝶様にお詫び申し上げろ。お前を捕縛するのは、冒険者ギルドとしては心苦しい」
あ、やっべ。
対処の方法間違えた、これ。
当主代行を名乗るなら、この場で一番権力を持ってるのは私だ。その私が「考えがある」って言ったら、そりゃこうなるわ。いかんいかん。
「ま、まあ、兎に角落ち着いて話しましょう。ね?」
わざとらしく咳払いすると、ヒラヒラと手を振る。すると、張り詰めていた空気が少し和らいだ。
すると、涙目のサンダーバードさんがこくりと小さく頷く。
で。
「違うのよ……私、いっつも言わなきゃって思うとヒステリックになって……」
「はあ、なるほど……? それだけ大事な用なんですね?」
「そう! そうなの! だってEffet・Papillonには、女物の下着が無いっていうんだもの! 女性冒険者が困ってるってのに!」
最近下着の話ばっかだな!?
お読み頂いてありがとう御座いました(^人^)
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。