かぼちゃよ、さらば
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下着の歴史を紐解けば、太古は腰巻のような感じで、腰やら股間やらを隠していたそうだ。
民族の違いはあれど、そこから褌に似た形になったり、中世ヨーロッパでは薄いズボンのような布を腰と太ももに紐で固定したタイプに、更に上からタイツみたいなズボンを履いたりしていたそうな。
男女ともそういう下着になったのは、用を立ったまま足す文化があったせいで、もともとドロワーズも股座は用を足しやすいように股間部分に穴が空いてるのが普通だったようだ。
これは前世のドロワーズが発生した時代───近世辺りの話だけど、此方の方がトイレ事情が進んでいても余り変わりないみたい。
それはそれとして、褌タイプでなくズボンタイプが発展したのは、股間がどうとかいうより、足を見せるのがはしたないとされていたからのようだ。
で、そこから腰から足首まである長ズボンタイプやら、シャツまで一体化したつなぎタイプになったり、様々な変遷があって。
実はブリーフやトランクスなんて言うのは、二十世紀に入ってから登場したのだ。
なんでこんなことを知ってるかっていうと、その辺りのコスプレをしようって親友に誘われた「俺」は、何故だか凝り性を発揮して、下着から何から何までその時代に合わせようとしたから。
実際ドロワーズを作って履いたら、違和感が半端なかった……気がする。
閑話休題。
翻って、こちらのファッションはローブ・ア・ラ・フランセーズが主流と言うことだから、時代的には前世のフランス革命前夜辺り。
脚を見せちゃ駄目ってしきたりは無いけど、下着の主流がドロワーズでも、服装的になんの不思議もない訳なんだけど……。
『我に何故そんな話をするのだ……』
「だって私の中の昭和・平成の記憶がかぼちゃパンツを拒むんですもの」
『……そうか』
私のベッドに腰掛けた氷輪様が、ゆったりと長い脚を組み直した。
カタカタと足でペダルを踏むと、そこから魔力を吸い上げて、ミシンが布に糸を刺して行く。
ヴィクトルさんに下着の話を聞いて勉強会が解散になると、私は一目散にサンルームに駆け込んだ。
目的はタラちゃんに魔力を渡して、伸縮性があるけど肌触りの良い布を畳一畳分ほど織って貰うこと。
ついでにゴム紐っぽいのも、イメージを頭に浮かべて魔力を渡すと、ちょっと考えてからきちんとイメージ通りのものを作ってくれた。
そして、ジャストナウ。
『つまり、お前の記憶にある下着を作りたい。もっと言えば流通させたいということか』
「流通……は別にしなくても良いんです。私の違和感のために、自然な発展を遂げているファッション史をねじ曲げるのはどうかとも思いますし」
『今更だな。お前が持ち込んだカレー粉とやらは、その前世の何とか時代にはあったのか?』
「うぐっ……それは、その……生意気を申しました……」
『良い。自然に発生したならやがて自然に行き着くものを、自分の違和感だけで早めることに疑念を抱くのも解る話だ』
ピシャリと言われてしまったけど、そうだよな。こんなに色々無いものを持ち込んだんだから、今更違和感あるからって下着に云々言うなんて……とか矛盾も良いとこだよ。
あっちの世界だってドロワーズやらつなぎだった下着が、トランクスやブリーフみたいなボクサーパンツ型に変わったのには相応の理由がある。
それならこちらにだって、そんな理由があるはずだ。
うーん、皆見た目に違和感がある訳じゃないなら、使い心地で攻めようか。
しかし、かぼちゃパンツだって履き慣れていれば、そんな悪いものじゃないし。
やっぱり私の感性的に、見た目に違和感があるから止めてって言うのは単なる我が儘なんじゃなかろうか。
思考は堂々巡りしても、手や指はカタカタとミシンに合わせて布を手繰る。それを見つつ、氷輪様が眼を細めて顎を擦った。
『我の治める冥府に、中々次の生へと赴かぬ魂があるのだが』
「そう、なんですか……?」
『うむ。生きていた頃は冒険者だったのだが……死因がな』
冒険者で死因というと、余程惨たらしく魔物に殺されたのだろうか。
痛ましく思っていると、私の心を読んだようで、氷輪様が『否』と首を振った。
『格下の敵と戦っていた時に、下着の紐が切れたらしい。それに気を取られて隙が出来てしまったらしく「あ!?」と思った瞬間に……』
顎の下、首を横に薙ぐ仕草に、背筋が寒くなる。
なんということだろう。
戦って死ぬのは想定内だろうけれど、原因が下着の紐が切れたのに気をとられた隙に……とか、それは正直あんまりだ。
しかし、恐ろしいのはそれが一人や二人ではないらしく。
『死に方が余程堪えたとみえてな。皆口を揃えて、あんな死に方をまたするかもしれないなら、新たな生などいらんというのだ』
「……うわぁ」
トラウマになってるんだろうな、そういうのって。
あれ、ちょっと待てよ?
「つまり、今のかぼちゃパンツだと、そうなる危険性があるよってこと……?」
『まあ、人生何が起こるか解らぬからな。お前の言う異世界の下着なら、紐が切れたところで身体に密着するから余程のことがなければそうはならんのだろう?』
ああ、つまりこれは「そういう口実で説得できるんじゃないか」って、提案して下さってるわけだ。
ならばそれに乗らない訳にはいかない。
丁度手元では、ボクサーパンツの試作品第一号が出来上がっていた。
じっとそれを見ている氷輪様に気付いて、そっとパンツを差し出してみる。
すると、指先で布をつまみ上げてしげしげとご覧になられて。
『履くとどうなるのだ?』
「どうって……パンツですから……」
『だから、どうなるのだ?』
冷たい印象を与える眼が、実は好奇心で輝いているのが解る。
つまり、着てみせろってことですよねー……。
その後、何枚か試作してみたボクサーパンツで、氷輪様が気がすむまでファッションショーをしたのは、私と神様のみぞ知る、だ。
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