右を向いても左を向いても
評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。
更新は毎週月曜日と金曜日を予定しております。
ダンジョンに行くとして、防具って言われるとスケールメイルとかプレートメイルとかを想像するんだけど、ロマノフ先生やラーラさんを見ているとどうも軽装なんだよね。
その答えはヴィクトルさんがくれた。
「だって、アリョーシャにしても、ラーラにしても、あの軽ーく見える服にこれでもかってくらい付加効果ついてるもん。勿論僕もだけどね」
「なんですと!?」
「いやいや、驚くようなことじゃないよ?」
ダンジョンではドロップ品として、頑健やら物理防御力向上やらの付加効果がついた防具が手に入ることも、攻撃力にブーストがかかる武器を手に入れることもあるそうで。
大概の冒険者はそういうものを身につけているし、言ってみれば強い冒険者ほどレアなダンジョン産の防具や武器を持っているそうだ。そうじゃなくても、腕の良い冒険者ほど、装備品にお金をかけるので、良い品物を身に付けているかいないかは、冒険者としての腕の良し悪し強い弱いの、一つの目印となるとか。
「駆け出しの冒険者なんて、仕事が危険な割にまともな装備もないってひとがほとんどなんだよね……」
「そんなの、危ないじゃないですか……!」
「でもね、あーたん。お金を稼ぐ方法がそれしか選べないって状況で冒険者になる人だって多いんだよ? それでまともな装備を用意出来ると思う?」
「それは……」
「なけなしのお金で革の胸当てと短剣買って、それで簡単な依頼をこなして信用つけて、良い武器と防具を買って、また依頼を受けたりダンジョン踏破して、成り上がる。これが冒険者の実状だよ」
なんと世知辛い。
特に菊乃井のようにこれと言った産業がないと、継ぐ農地や商売がないと冒険者か行商人を職業に選ぶより他ないらしい。
そりゃ若者の流出が止まらんわ。
菊乃井はまだ大丈夫だけど、お金がない領地だと若者の流出が止まらず、領民が農地を捨てて逃げていく事もあるのだ。
生かさず殺さず倦まさず張り詰めさせすぎず。
人を治めるのは実に難しいのだ。
って、そう言うことじゃない。
「だからね、安いハンカチに頑健とか物理防御力向上とかの付加効果を付けて売り出すのを、僕は慈善事業にも等しいと思ってるんだよ」
それはどうだろう。
私が作るハンカチなんて、そんな流通する訳じゃないし、個人的にお小遣い稼ぎたい時に出してるものは、菊乃井の冒険者ギルドのマスター・ローランさんがお買い取りして、然るべきに流してるそうだし、それがどうなってるかまで、正直興味無かった。
これからはちょっとくらい、興味を持った方がいいかも。
それはそれとして、レグルスくんや奏くんがラーラさんから貰ったエルフの弓術セットにも秘密があるのだとか。
弓はエルフの里の梓で作った梓弓で、持ち主の成長に合わせて大きさが変わる魔術が付与されていて、アンデットの中でも実体を持たないゴースト系もぶち抜けるらしい。矢は折れない限り勝手に戻ってきて、矢筒に収まる仕様の魔術付き。
胸当てとグローブも、物理防御力向上や魔力向上が付いてるそうだ。
だったら素早さの向上や、防具なり弓なりが壊れにくくなる魔術を付与した方が良いかな。
それから、防具の下に着るシャツや肌着、ズボンにかぼちゃパンツ……ドロワーズにも刺繍で付与魔術を固定させてみよう。それで重ね着したらどうなるかも試してみたいし。
そんな訳で鑑定眼を持つヴィクトルさんにご協力頂いて、色んな刺繍をシャツに刺して付加効果を確認中だ。
ちなみに協力モデルはレグルスくん。着せ替え人形になるために、絵本を読みながら待機中だ。
チクチク針を動かす度に、開いていた刺繍図案集が「ハチドリの紋様は素早さをあげるわよぉ?」とか「猿はちょっと魔素を集めやすくなるわねぇ」とか教えてくれるんだけど、声が何か野太い。
とは言え、教えてほしいことを的確に教えてくれたりする辺り、流石ロマノフ先生のお母さんの図案集だ。
最後の一刺しして、糸を始末すると、ドロワーズに防水の刺繍が出来上がる。なんで防水にしたかって言うと、レグルスくんだってまだ四つ。正確に言えば三歳十一ヶ月な訳ですよ。ダンジョンで怖い目にあってお漏らししても、びしょびしょにならないための工夫ってやつ。
胸当て、シャツ、タンクトップみたいな下着、ズボンにドロワーズ。
全てに物理防御力向上を付与して、更にシャツには俊敏と魔力向上、タンクトップには頑健と魔力向上、ズボンには俊敏と防水、ドロワーズには頑健と防水の組み合わせ。
さてどうなることかと、ひよこちゃんに冒険者の服セットを渡すと、ちゃっちゃか着替えてくれて。
「にあう?」
「うん、似合うよ」
流石に胸当ては一人ではつけられなかったので手伝ったけれど、他は自分一人で着替えられたことで、ヴィクトルさんに向かって「ふんす!」と胸を張る。するとヴィクトルさんも「えらいね、れーたん」と拍手をしてくれた。
そして暫くレグルスくんの頭の先から爪先まで、何度か視線を往復させて、ため息を吐く。
「あー……解っちゃいたけど、本当にどうしようね。物理防御力が高くて【武器破壊】効果が出てる、他もちょっと変化……防水が【吸・防水】になってるとか、【魔力向上】が【魔力吸収】になってる……。重ね着すると素晴らしく効果が上昇するみたい」
「えー……と、つまり?」
「あーたんの冒険者の服セットは、名工が鍛えた鎧と同等か少し上ってことだよ。ちなみに武器破壊効果って、例えば槍で突かれても相手の槍の穂先が、剣で切られたなら相手の剣がご臨終ってことだからね?」
「ひょえ!?」
肩を竦めるヴィクトルさんに、私は顎を外す。
まあね、攻撃魔術を使うより付与魔術のが得意だとは思ったけど、重ねたらこんなになるのか。
わぁ、自分のことながら、これは怖い。
「……つかぬことをお聞きしますが、菊乃井のダンジョンって、これでも食い破ってくるような魔物っています?」
「うーん、絶対いないとは言えないよね。冒険なんて思ってもないアクシデントに見舞われたりするもの。そういうのをまったく加味しなければ、いないって断言出来るよ。更に言えば菊乃井のダンジョンに出る魔物の討伐難易度は、あーたんの飼ってるタラちゃんよりみんな下。タラちゃん連れてる限り、頭の良い魔物はまず寄ってこないよ」
「え!? タラちゃん、そんな強いんですか!?」
「そりゃ強いよ。だって禍雀蜂やら大毒蛾なんて、菊乃井ダンジョンにいる魔物の討伐難易度の上位にいるのに、それの天敵なんだから。禍雀蜂の巣の近くに奈落蜘蛛を一匹放り込んだら、巣ごと全滅させてくれるよ」
「ヤバい、禍雀蜂の蜂蜜は一応菊乃井さん宅の特産品なのに! 全滅はダメ、絶対! No全滅、Yes生かさず殺さず!」
「あーたん、たまにお腹黒いよね」
だって蜂蜜は貴重な特産品なんだもん、保護するに決まってるじゃん。だからって人間を圧迫してもらったら、それはそれで困る。
共生が出来ればそれに越したことはないけど、出来ないからって根絶やしにするのはいけない。
まあ、それは置いといて。
とりあえず重ね着すると、一つ一つの付与魔術が重ねがけされたような効果が出ることが解ったんで、レグルスくんだけじゃなく、奏くんにも冒険者セットを作ることにしよう。
私も勿論自分用に作るけど、私は二人と比べて運動得意じゃないから、どうしようか。
つらつら迷っていると、ズボンを脱いだレグルスくんがドロワーズ姿で、持っていたそれを差し出した。
「れー、ひよこのかいてほしい!」
「描いてって……ああ、ひよこの刺繍して欲しいの?」
「にぃに、ひよこすきだから、れーもひよこすき!」
あらやだ可愛い。
ちょうどズボンの尻ポケットが空白だったから、そこにひよこの刺繍を入れようか。
「ん!」と渡されたズボンを受けとると、刺繍が入るのをみたいのか、ドロワーズのままでしゃがみこむ。子供がドロワーズを履くと、本当にお尻がぷっくりしてかぼちゃとか、見ようによってはアヒルとかひよこのお尻に見えて可愛い。
「ドロワーズをかぼちゃパンツって呼べる着こなしが出来るのは、精々かなたんやあーたんくらいの歳までだよねぇ。育つと全然可愛くなくなっちゃって」
和んでいると、しみじみとヴィクトルさんが首を振った。
「僕らみたいにとうが立つと、ドロワーズなんか単なる短いズボンみたいに見えちゃって面白くもなんともなくてさ」
今、何て言った?
まるでドロワーズを大人なヴィクトルさんたちまで着てるみたいに言わなかった?
愕然としていると、ヴィクトルさんが「なんか変なこといった?」と、同じく首を傾げる。
待って、ちょっと待って。
確かにこの国って言うか世界は、服装が前世の「フランス革命」前後の時代に凄く似てる。
あの時代、下着って言えばドロワーズやら、それに似たタイプの下着を愛用してた筈。
ってことは、もしかして。
「……みんな、かぼちゃパンツ」
なんてこった!
お読み頂いてありがとう御座いました。
評価、感想、レビューなど頂けましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。