討伐と書いて殴り込みと読むまでの準備
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善は急げ。
って言いたいところなんだけど、問題がある。時差だ。
菊乃井とマルフィーザの時差は半日弱。カレーを皆で食べ終わった時刻だと、菊乃井は夜なんだよね。
こればっかりは仕方ないので、先に大根先生に転移魔術で菊乃井に戻ってもらい、浩然さんに事情を説明。後に源三さん経由でモトおじいさんに声をかけてもらうことにして。
「僕も白鯨山へ?」
「ええ。戦いって言うのは、どんなものでも直接対決の前にほぼ決まってるんです。勝利のダメ押しが直接対決。その状況に至るための準備が、最も大切。見て学ぶのもいいかと思って」
「なるほど……」
こくりとニルスさんが頷く。
こんなに丸め込みやすくていいのか若干不安だ。でも、実際準備が重要なのはそうだし、それは何も戦闘じゃなく謀略や計略だってそうなんだ。基本と応用って感じ。
それに加えて、帝国の現在を学ぶことは意味があるだろう。そう告げれば不安そうな爺やさんも、素直に頷いた。
話はそれでまとまったわけだけど、此処で問題。
それはエイルさんに預けた隠れ里の村長だ。彼の容態が回復次第引き渡してほしいと頼んでいる以上、その連絡を受け取る人間が必要なんだ。誰かをこの河原に残していかないといけない。
これに関しては奏くんと紡くんが揃って手を挙げてくれた。
「おれ、もうちょっと化石掘りたいんだよな~」
「つむも!」
「じゃあ、ボクがカナツムと残るよ」
ラーラさんがそう言ってくれたので、残留メンバーは暫定奏くんと紡くんとラーラさん。
そんな話をしている間に、大根先生が帰って来てくれた。
菊乃井に戻ってすぐ大根先生は浩然さんを訪ねたそうなんだけど、意外や意外。
自室にいない浩然さんを探して屋敷に行ったら、源三さんと遭遇。その源三さんが浩然さんの行方を知っていたのだ。曰く。
「源三さんの家に遊びに来ていたモトさんと、彼の家にある無双一身流伝承の刀について盛り上がっているそうでね。偶然二人に声をかけられた。浩然には明日は朝から菊乃井邸にいるように伝えたから、明日の早朝にでも迎えに行ってやってくれ」
「モッちゃん爺ちゃんは?」
「彼は源三さんの家で準備をしておくそうだ。奏君や紡君にも防具作りを手伝ってほしいと言っていたな。あと魔化石を掘り出して来てくれ、と。中には稀少な金属が含まれていることがあるそうだ」
「分かった!」
「はい!」
モトお爺さんと聞いて、奏くんと紡くんがそわっとする。二人は源三さんもモトお爺さんも、同じくらい好きなじじっこなのだ。
というわけで、明日白鯨山に行くのは私とひよこちゃん、ロマノフ先生とヴィクトルさん、皇子殿下方、ニルスさん。河原には奏くんと紡くん、ラーラさんと大根先生、爺やさんとタラちゃんござる丸が残ることに。
爺やさんは一緒に行きたがったんだけど、ニルスさんが首を横に振った。
「爺や、山登りで大分足に来ているだろう? 半日ほどになるだろうけれど、少し休んでくれ」
「ですが、坊ちゃま……」
「これからも助けてもらわないといけないんだ。身体を大事にしてくれ」
そこまで言われたら爺やさんも折れざるを得なかったんだろう。
白鯨山に行くのはそれでいいとして、次は空飛びクジラの長老さんだけどこっちはやっぱり時間帯が問題。
菊乃井とマグメルは半日弱くらいの時差があるけど、マグメルとマルフィーザはそれ以上だ。行くんだったら今すぐ。今ぐらいの時間なら、辛うじてまだ空飛びクジラの活動時間内。
というわけで、ヴィクトルさんにお願いして空飛びクジラの逗留地へ。
急いでたから、ノエくんと識さんと私とレグルスくんでやって来た。
突然彼らの逗留地の平原にやって来た私達を見て、空飛びクジラの一団は騒めく。
その騒めきが伝播して長老さんに伝わったようで、海が割れるように空飛びクジラの群れが二つに割れた。
「おお、ヴィクトルにお若い人達。一年ぶりくらいかね?」
「久しぶりだね、長老」
「お久しぶりです」
「おひさしぶりです!」
ひよこちゃんと一緒にぺこっと頭を下げると、空気が揺れる。長老さんが私の横にいたノエくんと識さんに顔を向けたからだ。
「そちらのお嬢ちゃんと……ドラゴニュートの坊や、は、もしや……!?」
「はい。彼の勇者殿の末裔で、彼が最後の勇者のノエシスくん。ご令嬢は彼の許婚の識嬢です」
「は、はじめまして、ノエシスです」
「識です。お会いできて光栄です」
紹介すると二人もぺこりと頭を下げた。空飛びクジラの長老も目を見張っていたけれど、二人の挨拶にゆったりと頷く。
「彼の勇者殿の。然様か、なるほど面影があるの。とはいえ耄碌ジジイの記憶ゆえ、曖昧ではあるがね」
穏やかな、どこか懐かしむような声音。長老さんの中にあるドラゴニュートの勇者殿の姿は、決して悪い物じゃないんだろう。それが分かるような雰囲気に、ノエくんと識さんの張り詰めていた表情が緩んだ。
でも、昔語りに花を咲かせていられる状況ではなくて。
空飛びクジラの長老さんに、マルフィーザで見つけたドラゴニュートの聖地と、そこにあった破壊神が新月の夜に弱体化するという情報を告げる。
すると空飛びクジラの長老さんが唸った。
「マルフィーザとこちらは月の見え方が逆に近い。もうすぐそちらは新月ではないかね?」
「はい。出来ればその期に一度腕試しをしたいんです」
私の説明にノエくんと識さんが頷く。
空飛びクジラの長老さんはヴィクトルさんをチラリと見ると、瞬きを一度。
「なるほど、ヴィクトルがおれば逃げることは容易いな。うむ、命あっての物種。諦めねば敗北にはならぬだろうよ」
「まぁね。まだノエたん若いし、今のうちにどのくらい相手が強いか見ておく方がいいと思うんだ」
「よかろう。命を粗末にせんでくれると、このジジイと約束しておくれ。そうすれば、奴の居場所を教えよう」
「はい!」
「勿論です!」
長老さんに力強くノエくんと識さんが返事する。これに私も頷く。
あたら無駄死になんかさせるものか。そのために色々調べたし、これから防具も作るんだ。
明日は朝から白鯨山で、防具のための骨を採らせてもらう。それも話せば、重々しく空飛びクジラの長老さんが身体を波打たせた。
「うむ、お若い人達。我らは同じく空を行く者。かつて勇者殿に救われた恩を今こそ返すときだ。存分にしておくれ」
「ありがとうございます!」
凛とノエくんの声が響く。
長老さんは眩し気に目を細めると「地図を」とこちらに言った。
持って来ていたのは大根先生から託された古地図と現在の地図で、長老さんに分かりやすいのは古地図の方だったようで。
山も谷もその辺に住む種によって名前が違うから、照らし合わせるのに時間がかかる。でも情報を総合して、纏めると大体現在の……。
「これ、マルフィーザで一番高い山じゃないです?」
「そうであったかな? この件があってより、彼方に近寄っておらんのでなぁ」
「人間の国の興亡とか、長老には関係ないもんねぇ」
「まぁ、のう。こっちの大陸はわりと安定しておるように思うがね」
人間の国がちょっと見ない間に変ってたとか、長命種あるあるらしい。
ヴィクトルさんと長老さんの間の共鳴はちょっとおいて。
レグルスくんがノエくんに「おやまのばしょ、わかる?」と尋ねると、彼はブンブン首を横に振った。
「ドラゴニュートは世間から隠れてたから、そもそもマルフィーザの地理も全然分からなくて。識に地図で何処から来たとか、この国はどうとか教えてもらって知ったくらいなんだ」
「そうなんだ……」
「私もアルトリウスさんやゼノビアさんから、あの村からずっと北の高い山としか聞いてなくて」
「マルフィーザの山、皆高いですしね……」
最悪でもノエくんのお母さんが伝えて逝く算段だったんだろうけど、それも伝承が途絶えていたせいで不可能になったんだろうな。もしくは本当に自分達で終わらせる気でいたか。
どちらにしてもいない人を責めるのは不毛の極みだ。
「さて、では敵は『ドラリーチェ』にあり!」
拳を天に振り上げると、ひよこちゃんとノエくん、識さんが「おー!」と同じく拳を天に突き上げた。
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