過去へのプチ招待
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眼鏡越しに、ロッテンマイヤーさんの目が点になった珍しい光景と引き換えに、寒くも爽やかな朝は絹を裂くような悲鳴に打ち消された。
「わ、わか、若様っ!? そ、それ!?」
「ああ、昨夜氷輪様に頂いた奈落蜘蛛ですよ」
わなわなと震える指が枕元に置かれた虫籠を指し、ロッテンマイヤーさんらしからぬ様子で廊下まで遠ざかる。
「ロッテンマイヤーさん、蜘蛛苦手でしたか……」
「わ、私は、虫の類いが一切だめで……!」
「そうなの? ごめんね、知らなかった……。でもタラちゃん悪い子じゃないよ?」
「たっ、タラ、ちゃん、ですか?」
「そう。タランテラだからタラちゃん。魔力を吸わせると綺麗な糸を出してくれるんだ」
「……左様で御座いますか」
昨夜あれから、氷輪様とどのくらいの魔力を渡したら、どれだけの糸を作ってくれるか、試してみたんだよね。
結果、極小さな火の玉一つ作るくらいの少量の魔力で、糸巻き一つ分の糸を生成してくれた。低燃費、万歳。
その過程で分かったんだけど、タラちゃんは犬と同じくらいの知性があるらしく、こちらの言葉をある程度理解出来るようだし、表現も出来るみたい。
そんなことを説明すると、ロッテンマイヤーさんは距離を取りながらも理解してくれたようで。
「飼育場所を限定していただければ、そこでは放し飼いになさっても大丈夫かと……」
「うん、虫籠の中ばっかりじゃ辛いだろうしね」
「使用していないサンルームが別棟に御座いますので、そちらを掃除するように致しましょう」
「サンルームなんかあるの?」
「はい。若様の亡くなられたお祖母様の稀世様が使っておられたのですが、奥様はそこを余り良くは思われていないので閉鎖しておりましたが……」
「そうですか。掃除は手伝いますから、そこを使わせて貰いますね」
「承知いたしました」
そんなわけで、サンルームの掃除をすることになったのと、タラちゃんの事、姫君やイゴール様、次男坊さんからのプレゼントの話を、朝食が終わってからお茶を飲みつつ伝えると、エルフ三人衆が天を仰いだ。
「異世界の道具に仕立屋蜘蛛ですか……」
「モンスターを飼うって……ねぇ?」
「もうやだー! あーたんのステータスが怖くて観られないー!」
ロマノフ先生とラーラさんは概ね遠い目で、ヴィクトルさんはげっそりした感じ。
ここでおずおずと宇都宮さんが手を挙げた。
「どうしました、宇都宮さん?」
「や、実は……あの……朝起きたらレグルス様の枕元にも妙な物がありまして」
促されてレグルスくんが差し出したのは、前世の時代劇っていうのに出てきた巻物みたいなのと、虹色の羽根で作られた羽根ペンで。
「巻物の中身は確かめましたか?」
「うちゅのみやがさわろうとすると、びりびりするの」
「そうなんです、宇都宮が触ろうとすると手がビリビリして痛くて!」
おやまあ。
兎に角その巻物を受けとると、はらりと封をしていた紐がほどける。中には流麗な文字が短く書き付けられていた。
「『ひよこよ、兄を助けて勉学と棒振に励め』ですって」
文章の終わりに墨で、蓮の花の、丁度私やレグルスくんの額にあるような模様が描かれていて、自ずと手紙の差出人が知れた。
姫君が氷輪様に託して、託された氷輪様はレグルスくんが寝てるのを見計らって、枕元にも置いてくれたのだろう。
宇都宮さんにそう告げると、しゃらんと涼しい音を立てて巻物が消えた。
残った羽根ペンをレグルスくんに渡すと、嬉しそうに見慣れないポシェットにしまおうとする。
首からかかったそれは、ひよこの形の小銭入れに紐が付いたもので、どう見ても羽根ペンが入る大きさじゃない。止めようとすると、ひよこの頭についたがま口から、するすると羽根ペンが中に入っていって。
「レグルスくん、それ……?」
「おたんじょうびに、ちぇんちぇにもらったのぉ!」
先生、沢山いるんですけど。
というか、私、自分の誕生日に気を取られて、レグルスくんが何を貰ったのかちゃんと聞いてもなければ、お礼も言ってない。
「先生方、ありがとうございます。父に成り代わりお礼を申し上げます」
「いえいえ。私からはひよこのマジックバック、ラーラからは……」
「ボクからは、そろそろ弓をちゃんと教えてあげようと思って、エルフの弓術セットだよ」
ヴィクトルさんからは、ドワーフの名工が作ったペーパーナイフを頂いたのは知ってたけど、お二人からもプレゼントを頂いたレグルスくんは、その場できちんとお礼が言えたらしく。
「『ありがとうございます、これからもがんばります』って、きちんと言えたよ」
「そうですね、ちゃんと噛まずに話せてましたし」
なんということでしょう、四歳になったばかりだと言うのに、レグルスくんときたら。
「天才かな?」
「この兄にしてこの弟ありってのが妥当だと思うよ、あーたん。れーたんのステータスも、僕は正直怖くて直視できないもん」
「やだなぁ、私が何かおかしな生き物みたいじゃないですか」
ヴィクトルさんの言葉がちょっと納得できなくて唇を尖らせる。なのにロマノフ先生もラーラさんもこくこく頷くし、ロッテンマイヤーさんに至っては目も合わせてくれない。なんでさ。
そんな調子で朝の一時を過ごして、お腹も落ち着いた辺りでロッテンマイヤーさんに案内されて、今は使用していない別棟のサンルームへと足を運んだ訳で。
埃が積もってるだろうからと、エリーゼや宇都宮さんはモップとバケツ、雑巾を、私は子供用の箒を用意しておいた。
で、長く閉めきっていた扉を、ロッテンマイヤーさんが持っていた鍵で開けると、中の淀んだ空気と埃が外へと流れる。
思わず咳き込むと、何故かついて来たエルフ三人衆のうち、同じく咳き込んだヴィクトルさんが指を良い音をさせて弾いた。途端に風が私達を避けながら、埃を吹き飛ばす。
箒を隅々までかけたように、埃っぽさがなくなると、それまで見えなかった床が。
タイルをモザイク模様に組み合わせたそれは、蝶々が舞い飛ぶ花畑になっていて、貴婦人が過ごすには相応しい空間を演出していた。
「とりあえず大まかに埃は吹き飛ばしたけど、拭いたり掃いたりはしないとダメかな」
「ありがとうございます、後は人力で頑張りましょう」
ヴィクトルさんにお礼を言うと、ロマノフ先生がエリーゼから受け取ったバケツに水を満たす。
それに雑巾を浸して絞ったものを受けとると、同じくレグルスくんも受け取ったようで、見回すとラーラさんたちも雑巾やモップを手にしていた。
新年早々大掃除をやるとは思わなかったけど、それなりの人数でやると、さくっと終わるもんで。
しばらくすると、何処もかしこも拭き清められて、ずいぶんと綺麗になった。
カーテンも外して洗濯に出すと、サンルームの名に相応しくステンドグラスになった天窓から、キラキラと虹色の光が部屋を照らす。
その光の暖かさに目を細めていると、ツンツンとシャツの裾が引かれて。何かと思うと、レグルスくんが空っぽの本棚に裏向きで立て掛けられた大きな額縁を指差した。
「にぃに、あれなぁに?」
「なんだろうねぇ」
とてとてと持ち前の好奇心で近付いていくレグルスくんと、一緒にその額縁に近付くと、持っていた雑巾で埃まみれの額縁を拭く。そしてその大きな額をレグルスくんと協力して、表向きにかえると、そこにはやっぱり埃は被っているけど貴婦人の肖像画があった。
「にぃにとおなじいろ……」
「ああ……そう、だね。髪とか目とか……」
凛とした佇まいに、意志の強さが滲み出る大きな眼、すきっとした眉と。流れるような黒髪に、薔薇の花弁のような唇が合わさると、相乗効果で輝かんばかりだ。
「『若い頃は麒凰帝国の誇るフェアレディなんて呼ばれたのよ』と、口癖のように仰ってましたが……お歳を召してからも、本当にお美しい方でいらっしゃいました……」
懐かしむようなロッテンマイヤーさんの声に、部屋中の視線が肖像画に集中する。
「確かに……」と、囁くような言葉が漏れたのは誰の口からだったろうか。
「では、この方が私の……?」
「はい、先代の伯爵夫人・菊乃井稀世様。若様のお祖母様でございます」
美形遺伝子、何処で断絶したんだろうか。
思わずジト目になったのは、私だけだったようだ。
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