こんなこともあるさ(現実逃避)
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次回の更新は、11/21です。
パッチワークのスカートのお姉さんは「ロシニョールのエイル」と名乗った。私達も自己紹介はしたんだけど、何となく家名は名乗らずにおいた。
彼女の後ろを付いて行った先にあったのはルーロット……家屋式馬車で。
内部は結構涼しい。エアコン入ってるみたいな感じ。これ、魔術かな?
エイルさんはこれに乗って、集落から食品の買い出しにきたそうな。
「遠い町に買い出しに行くときもあるからさ。寝泊りできるようになってるんだよ。さ、寝台を出すから寝かせておやりな」
エイルさんは慣れた手つきで、収納式になっている椅子と寝台と出すと寝具を整える。
まずラーラさんとヴィクトルさんがお爺さんを椅子に座らせ、ロマノフ先生が坊ちゃまを寝台へと寝かせた。
ほっと一息ついたところで、エイルさんが皆にお水を出してくれる。タラちゃんやござる丸にも、だ。
病人の搬送って体力使うし、汗もかく。それでなんだろうけど、普通の水でない味がして「んん?」と首を傾げてしまった。
レモンの香りと味に塩気と甘み。覚えがあるんだ、今世でなく前世で。
「えぇっと、これ蜂蜜と塩とレモンが入ってます?」
「うん、そう。アタイんちに伝わる暑い日の飲み物でね」
「へぇ、若様のうちで似たようなの飲んだことあるけど、海の向こうでも同じようなこと考える人もいるんだなぁ」
奏くんが感心したように言う。
そう、菊乃井の屋敷でもたまに暑いときに出しているレシピににてるんだけど、それは私が前世の経口補水液を参考に作ったヤツだ。
マルフィーザは蒸し暑い地域だから、昔からの知恵として伝わっているんだろう。
エイルさんも驚いたように瞬きをしつつも「そうかい」と返す。
「アタイんちでは門外不出のレシピなんだけどね。昔々のそのまた昔、あたいの集落に来た賢人が教えてくれたんだってさ」
「けんじんって、けんじゃさまのことですか? エルフ?」
「いや? 人間のだよ。エルフなんかあたい、今日初めて見たよ」
紡くんがキラキラおめめでした質問に、エイルさんは苦笑を浮かべる。
なんでも彼女の集落に伝わる話では、貧しかった集落に迷い込んで来た人をなけなしの食料で手厚くもてなしたところ、このレシピを教えてくれたとか。他にも色々教えてくれて、結局その賢人は集落の男性と結ばれていついたんだってさ。めでたしめでたし。
「ああ。それでお水に塩を入れるように、塩を下さったんですね」
「そうだよ。アタイんとこじゃ、あんまり大汗を掻いたら、水を飲むだけじゃなく塩も摂れって言われててね。レモン水に塩が入ってるのはその人の教えさ。人間の身体には水だけじゃなく塩だって大事で、その大事なもんが汗に混じって沢山出ていっちまってるんだから、補ってやらないといけないんだ」
「そうなんだ! おべんきょうになったね!」
「はい!」
レグルスくんの笑顔に、紡くんがもげそうな勢いで首をブンブン上下に動かす。勿論私も奏くんもだし、先生方も「良いことを聞きました」とか「一つもの知りになったね」とか、そういうリアクション。
でもエイルさんはちょっと苦笑い。
「アタイはそれよりも、そっちの鳳蝶様? が、坊ちゃまにやってたことの方が気になるよ。首を冷やすのはまだ分かるけど、脇の下と足の付け根なんて冷やしてどうするんだい?」
「ああ、それは……」
どう説明したもんか。
菊乃井だって夏は暑いけど、湿気が少ない分カラッとしてて過ごしやすく熱中症についてはとんと聞かない。
私達兄弟の主治医のパトリック先生にしても「噂はかねがね」程度の知識だったもんね。
そういう環境下で不自然じゃないのは、やっぱり神様から教わった……なんだけど、今回だけは逃げ道がちゃんとあって。
「私の曾祖父、渡り人の知り合いがいたそうで、曾祖父がその人から聞いた話として、祖母が日記に残してたんです。熱病のとき首・脇の下・足の付け根の大きな血管を冷やせば、熱を下げることが出来るって」
「へぇ……」
正確にいえば、渡り人の知り合いから曽祖父が聞いた話として、祖母が書き留めていたんだ。もっと言えば、ロッテンマイヤーさんが風邪をひいて高熱を出したときに、曾祖父が三点クーリングを渡り人から聞いたと話したのを、祖母が思い出したというだけの話なんだけど。
それと私が三点クーリングを知ってるのは別の話ではあるけど、丁度良いエピソードだから引用させてもらう。
エイルさんはこの話に納得しつつ、それとは別のことで肩をすくめた。
「若様って呼ばれてるからイイトコの坊ちゃんだとは思ったけど。渡り人に関する記録を見られる立場ならお貴族様、それも相当上のお方かい?」
「上と言えば上ですけど、外国でそんな物を持ち出しても……」
正式に何か外交的なことで訪問しているわけじゃなく、夏休みのお忍びで来ているわけだから寧ろ身分は一応封印しているつもりだ。逆に招かれてもない貴族が、他所の国で身分を盾に振舞えば顰蹙ものだし、最悪国際問題になる。
そういうのはちょっと。
だから身分とかそういう物は出来れば気にしないでほしい。
私の申し出に、エイルさんはにっと口の端を上げた。
「ふぅん? アタイが隣町で聞いた外国のお貴族様の話と随分違うねぇ?」
「うん? なんのことです?」
面白そうなエイルさんの表情に、こっちは困惑しか浮かばない。でも私達以外の人が顔色を変えた。
大人しく椅子で休んでいたお爺さんだ。
気付かないのかエイルさんは話を続ける。
隣の町できいた噂というのは、今マルフィーザの町に海の向こうから来た貴族が滞在しているらしいという話だ。
もっと詳しくいうと、ルマーニュ王国から来た貴族で流行り病の隔離政策を無視して、付き合いのある商人を入国させろと立場を振りかざしてお役人を困らせているとかなんとか。
おまけに待機所の食事が口に合わないだの、ベッドが粗末だとか、物凄く文句をいって憚らなかったとも。
「あー……いや、私達じゃないですね。私達、本日麒凰帝国から来たもので」
「ああ。帝国は待機免除だったね、そういや」
寝台の上で休む坊ちゃまと椅子に腰かけていたたまれない様子のお爺さんに、少しだけ視線を向けてからそっと逸らす。
それだけでエイルさんには伝わったようで、彼女も一瞬坊ちゃまとお爺さんに視線を向けてすぐさま外した。
それにお爺さんが「違うのです!」と声を張る。
「それらは全て出入りの商人のしたことで、坊ちゃまはきちんとマルフィーザの皆様に迷惑になる振舞いは慎むようにと注意はなさったのです! なさったのですが……!」
「聞き入れられなかったどころか、家名を使われてしまったんですね?」
「駄目じゃん。どんだけ足元見られてるのさ」
「本当にね? 舐められているなんてもんじゃないけど、その商人に借金でもしてるの?」
弁明というかお爺さんの現状報告に、ロマノフ先生が鋭く切り込む。ヴィクトルさんとラーラさんは真剣に「どうしてそうなる?」ってお顔。私もそう思う。
貴族は体面を重んじるし、何より家名を重要視する。その家名に泥を塗るようなことをしたらどうなるか、それが解らないような商人は貴族とは本来付き合えない。最悪物理的に店が消し飛んだり、主人の首が飛ぶからだ。
けれどそれを考慮に入れないどころか、威光を笠に着る振舞いをされるとなると、そうされるだけの弱みが貴族側にあるということ。
ラーラさんが借金があるのか聞いたのは、そういうことだ。
キョトンとするエイルさんへ説明すると、彼女はお手上げポーズで。
「なるほど。そういうことかい。貴族も色々あるんだねぇ」
「本来あっては駄目なことですけどね……」
目を逸らしたまま呟く。
ルマーニュ王国から来た、か。
参ったな、こりゃ。
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