物差しや天秤は人それぞれ
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次回の更新は、11/17です。
誰の声だと誰何する前に、かき氷の屋台の前の道に人だかりが出来てて。
集まって来た人の隙間から見えたのは、真ん中で蹲る男の子か女の子か分かんないけど統理殿下くらいの子ども。それから子どもを自分にもたれかけさせる、白いカイゼルっぽい髭のお爺さんだ。
おそらく先ほどの「坊ちゃま!?」という叫びはこのお爺さんで、蹲ってるのが坊ちゃまか。
二人とも汗だく。なんというか、恰好がマルフィーザの気候に合っていない。何故なら長袖、長ズボン。
日焼けを避けるための長袖を羽織る人もいるにはいるんだけど、そういう人は大概風通しの良い長袖の服を着ている。翻って彼らはというと、良くて秋物って感じ。
何でまたこんなに暑いところで、そんな恰好をしているんだか。そしてそれで蹲っている。
あれか? 私の前世の死因か?
そんなことを考えている間に、坊ちゃまはドンドン具合が悪くなっていくようで。
でも傍観してる私が言うことじゃないけど、周りの人だかりはざわついているだけで動く様子がまるで見えない。
ふと奏くんと目が合う。頷くと、二人で席を立った。けどレグルスくんも紡くんも先生達も、同じタイミングで立ち上がる。
声をかけつつ人垣をかきわけると、中心の人物に声をかけた。
「もし、どうなさいました?」
びくっとお爺さんの肩が跳ねる。良くて秋物って言ったけど、訂正。秋物よりもぶ厚いシャツな気がする。それによくよく見ると、どうも菊乃井の執事見習いであるオブライエンの制服つまり執事のそれっぽい。ジャケットはなくベストとシャツだけど、糊がきちんと効いている。
やはりと言えばいいのか、坊ちゃまの服装も似たり寄ったり。どう考えても、シャツが夏を過ごすには厚手に見えた。
狼狽えるお爺さんは私や一緒に来たレグルスくんや奏くん紡くん、先生達に目を白黒させている。
突然のことだから驚いたんだろうけど、急病人なら対処を急いだ方が良い。まして「俺」の死因が原因なら。
ちょっと失礼しますよと、坊ちゃまに声をかける。
「どうしました? 気分が悪い? 吐き気がするとか、頭が痛いとか立ち眩みがするとか?」
「ぜ、全部……」
「うーん、今足が攣りそうだとかは?」
「少し、痛い」
「なるほど、一概には言えないけど暑さが原因でしょうね」
シャツの手首の釦を外して坊ちゃまの腕に触れてみる。熱い。念のために首筋とかも触ったけど、結構な熱さだ。オマケに凄く汗を掻いている。
ロマノフ先生に視線でお願いすると、先生はすぐにかき氷の屋台のお店の軒先、風通しが良く庇が影を作る場所を借りてくれた。
坊ちゃまを奏くんとレグルスくんと紡くんが支えて、そこに誘導。髭のお爺さんはヴィクトルさんとラーラさんが移動させた。
かき氷の屋台のオジサンが、ちょっと顔を顰めつつゴザのような敷物を貸してくれたので、そこに坊ちゃまを寝かせて。
「服を緩めて、それから手っ取り早いのは三点クーリングかな?」
「三点、なに?」
訊ねる奏くんに、魔術で氷を作ってもらう。それを見ていたレグルスくんと紡くんが、さっと奏くんと同じく魔術で氷を作ってくれた。
「あにうえ、どうするの?」
「どうしたらいいですか?」
「タラちゃんに氷嚢になる布袋を作ってもらうから、それに氷を入れてくれる? それを頸部……あぁっと首に当てて、腋窩、じゃない脇の下に挟む。鼠径部は……足の付け根に乗っけて。大きな血管の通っている場所を冷やすんだ」
言えばタラちゃんが物凄い速さで氷嚢になる布袋を作り出す。ござる丸はと言えば、腕を大きな団扇状の葉っぱに変えて、せっせと横にならせた坊ちゃまと彼の隣に座るお爺さんを扇ぐ。
でもこれだけじゃダメだ。
そう思っているとラーラさんが何処からか冷たいお水を持って来てくれる。
だけど汗を掻いているなら水だけじゃいけない。塩分も同時に補わないと。
それを伝える前に、何処からともなく颯爽と人垣をかき分けて茶褐色の肌のへそ出しお姉さんが、色んな布を組み合わせた色鮮やかなスカートの裾を翻して現れた。
「その水ん中にこの塩を入れて、飲ませておやり」
「はい!」
茶褐色の肌のお姉さんが手の平に乗せたピンク色のさらっとした塩を、ヴィクトルさんが受け取って、ラーラさんの持ってたコップにほんの少し入れる。
それをお爺さんにはロマノフ先生が、坊ちゃまには私がそれぞれ飲ませて。
「あ、ありがとう」
「いいえ、体調不良はお互い様です。とりあえず気分が少しマシになるまでは、冷やしてください」
坊ちゃまがほんの少し楽になったのか、首を僅かに持ち上げて頭を下げる動作をする。白い髭のお爺さんも「このお礼は必ず」と。
だけど私達旅人だし。こういうのは掻き捨てじゃん?
それよりも、塩を提供してくれたお姉さんだ。
鮮やかなパッチワークのスカートの人にお礼を言おうとすると、屋台のオジサンが小さな声で話しかけてくる。
軒先で休む坊ちゃま達には迷惑そうな目を向けた。
「悪インダケド、移動シテクレンカ? 店先デ病人トカチョット……」
「ああ、その、もう少し、気分が良くなるまででいいんですけど」
坊ちゃまとレグルスくん達が話してるのを聞くと、まだ眩暈や吐き気が治まらないそうだ。だけど商売する軒先で病人というのがあまりよろしくないのも理解できる。
どうしたもんだろうか?
困っていると、パッチワークのスカートのお姉さんが、赤い髪を翻して「おいでな」と。
「え?」
「いや、アタイは買い出しの途中でね。ここまで馬車で来てるんだ。アンタたちくらいなら、乗せてやれる。外にいるよりはましだろうさ」
「ありがとうございます」
ロマノフ先生がぺこっとお姉さんに頭を下げる。
するとお姉さんがスカートを翻して「こっち」と歩き出した。その後ろをラーラさんとヴィクトルさんがお爺さんを支え、奏くんと紡くんが坊ちゃまを支えて付いていく。
私とロマノフ先生とレグルスくんは、屋台のオジサンに迷惑料を些少支払う。
屋台のオジサンが、申し訳なさそうな顔をした。
「アンタ達、アンマリアノ坊チャン達ニ関ワラナイ方ガイイヨ?」
「え? あの人達のこと、ご存じなんです?」
訊ねればオジサンは頷き、それから教えてくれたんだけど。
あの坊ちゃま、ルマーニュ王国の貴族らしい。病が依然治まらないお国から疎開してきたとか。
なんでそれが解ったかっていうと、帝国から来たって嘘を吐いた豪商の娘が身元引受人として指名したのが坊ちゃま達だったそうな。
坊ちゃまのご実家からお金を預かって届けに来たとか云々。それでその豪商の娘と同じ穴の狢だという評判なんだって。
道を歩いていた人達が坊ちゃま達を助けなかったのは、その辺のことが関係してたみたい。
村八分ってやつだよ。
マルフィーザはマルフィーザ国内でも都会のはずなんだけどな。
理解はしたけど、納得は出来ない。
けれど一時の旅人である私達が、彼らの内面に口出ししたところでどうにもなりはしないだろう。
顔はにこやかに、「教えてくださってありがとう」と返しておく。
そういうわけで、足早にお姉さんの後を追いかける。
レグルスくんのほっぺが膨らんでるんだけど、屋台のオジサンの前ではそういう素振りは一切見せなかった。
「レグルスくん、大丈夫?」
「うん。あのひとはあのひと、おれはおれ。おれはじぶんがただしいとおもうことをする」
「そうだね、私もそうする」
レグルスくんの言葉に頷けば、ロマノフ先生がふっと口の端を上げる。
「君達は君達の正しさを、考えながら選んでいけばいいんですよ」
ロマノフ先生の目が、凄く優しく私達に向けられていた。
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