夏休みの扉、開く
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次回の更新は、11/14です。
出発当日、菊乃井は通り雨に見舞われてた。
識さんとノエくんを率いて、大根先生は朝早くに帝都へと転移。そこで皇子殿下方と合流して、護衛の任へ。
三人にはEffet・Papillon製の近衛隊の服に似たジャケットとスラックスを用意したんだよね。
ちょっと見、一緒に行く近衛のリートベルク隊長と同じような服なんだけど腕章に菊乃井家の紋が刺繍されている。
よく見ないと解らない程度だけど、こういうのって大事なんだ。
三人の指揮権は当然リートベルク隊長が持つけど、人材としては菊乃井家からの提供ですよっていうアピールです。
更にいえば、そのなんちゃって近衛服にはレクスの衣装と同じく、マンドラゴラから取った糸で織った布が使われている。
これはアレよ。
菊乃井家の兵団の制服にマンドラゴラの糸と蜘蛛族の糸を使って織った布を使うための布石だ。
その制服にプラス、手柄を立てたら私から貴重な素材で作った肩章とか飾りが贈られる。ええ、出所が言えなくもないけど、言ったが最後制服なのに触る度に緊張を強いられる某生き物の鱗とか牙とか髭とか爪とか鬣とかで作った物が。
因みに菊乃井の騎士団の隊長が一番最初に制服や飾りを受け取ることになってるんだけど、シャトレ隊長には材料を知らせる予定はない。
彼と親しいエリーゼも、この件に関しては黙っていてくれる約束だ。拒否されたら困るからな!
閑話休題。
私とレグルスくん、奏くん紡くん兄弟のフォルティス&毎度おなじみ可愛い使い魔コンビのタラちゃん・ござる丸は、先生達と共におやつ食べてから転移魔術でバビュンッとマルフィーザへやって来た。
「うわぁ、めっちゃ暑い! おまけに湿気がすげぇ!」
「菊乃井とぜんぜんちがーう!」
「あの、えっと、こうおんたしつ? そういうちいきって董子さんがいってました……」
まだ朝なのにビックリするくらい湿気が多くて暑い。
日差しが強くてじりじりするのに、風は湿気を多く含んで涼しいよりもじっとりべったり。
なんか、こう、前世の日本を思い出す気候に、ちょっとトラウマが。ヒント、死因:熱中症。
菊乃井も夏だから涼しい恰好はしてきたけれど、あそこはカラッとした乾燥した暑さでまた種類が違う。
事前に先生達や董子さん、ノエくんや識さんから気候の話を聞いてたけど、実際体験するのとでは大違いだよね。
一昨年の夏にコーサラで買って、手直したサルエルパンツやシャツが大活躍だ。
最初の日はマルフィーザの王都、そのままずばりマルフィーザに泊まる。お宿はキリルさんが手配してくれた気のいい女将さんが運営する隠れ家的お宿。
なんか帝国の有名芸術家御用達のお宿でもあるそうで、私達の他にはそういうお客さんが一組だけいらっしゃるそうな。
家の軒先から向かいや斜め向かいの家に紐を繋げて吊ったランタンが浮かぶ空、建物は隣国や帝国、更にはマルフィーザ以前の地域の歴史に根付いた様式と、わりとバラバラなんだけどそれが違和感なく並び立っていて面白い。
高床式の木造の民家の横に、帝国様式の石とレンガ造りのお店があったりするんだ。菊乃井もそう言うところあるけど、菊乃井はわりと前世で言うところの洋風の建築の方が多く、こちらはアジアンテイストと言うんだろうか。
色使いも目の覚めるような青や白、翠が多く、菊乃井の暖色的カラフルさとはまた違う。
でもやっぱり街路樹があったり、窓辺を花で飾ったりと、色々可愛い。
「にかいだてのたてものがおおいのは、すいがいたいさくのいっかんだそうです」
「へぇ? 菊乃井は雪がヤバいから二階から出られるようにしてるとこも多いけどな」
「ちいきでいろいろちがうんだねぇ」
「紡君は予習してきたんですね」
なるほどなぁ。
紡くんの解説に頷いていると、ロマノフ先生がにこにこと言う。
大根先生のお弟子さんはお師匠さんに学んで旅することが多く、行った地域の情報はお弟子さん達で共有されるそうな。紡くんも例外なく兄弟子さん・姉弟子さんお手製の地図を貰ったとか。
アルチーナの谷の化石地層の見どころなんかも書かれているそうで、皆ワクワクだよ。
あれだよ、図鑑で見たけどアノマロカリスとかハルキゲニア、カメロケアス、アクチラムスみたいな生き物の化石が載ってた。
足の多い虫は苦手だけど、古生物で化石となれば話は別だ。浪漫なのだよ!
マルフィーザの街中には屋台も多く出ていて、肉や魚の焼ける良い匂いや、香辛料を使った料理があるのか独特の匂いが鼻を擽っていく。
大通りは王城に続くからか、幅が広く取られていて、馬車も人間も馬も牛も一緒くたに歩いている。
そういう決まりになっているのか、急ぐ馬車は専用レーンみたいなところを通行料を払って走っていくみたい。
お宿へは観光しつつ向かってるんだけど、途中あまりの暑さにヴィクトルさんが屋台で氷菓子を買ってくれた。
お店の横に申し訳程度の出されたテーブルセットに皆で座ると、ちょっと周りからの視線に気が付く。
何だ?
首を捻ると、屋台のオジサンが私に「嬢チャン? 坊チャン?」と声をかけて来た。
「え? あ、坊ちゃんのほうです」
「アア、ソウ。ドコカラ来タネ?」
「あー……海の向こうの帝国からです」
「ソウカイ。ココラジャアンマリエルフト人間ガ一緒ニイルナンテミナイ光景ダカラサ」
だから皆さんの視線が集中してた訳だ。
納得したオジサンが私達にサービスでココナッツに似た果物のジュースを御馳走してくれて。
ついでに今のマルフィーザの状況を教えてくれた。
病はやっぱり流行りつつあるそうな。
帝国やその周辺、ありていに言えばルマーニュ王国以外は厄払いで病がほぼ根絶されたことをマルフィーザの上層部は知っているから、この国は海の向こうからの渡航者も積極的に受け入れていた。
ルマーニュ王国にしても隔離政策で対処しつつ、だ。
が、なんとルマーニュ王国から来たのに、帝国の方から来たと偽って隔離政策を潜り抜けた旅の商人の一団がいたらしい。
勿論その商人達はウソがばれて国外退去になったそうだけど、現実問題そこからマルフィーザに感染拡大が起こったという。
なんで商人の嘘がバレたか?
「何デモ、ソノ商人達ノ中ニイタ豪商ノ娘ッテノガ、菊乃井領ッテトコデ隔離ニ反発シテ大暴レシタノヲ目撃シテタ冒険者ガイタラシクテネ。『アイツ、ルマーニュノ商人ダゾ?』ッテ冒険者ギルドノ長ニ言ッタコトデバレタソウダヨ」
「うわぁ……」
「とんでもないことをするもんだね」
ヴィクトルさんとラーラさんがそろってドン引きだ。
私もレグルスくんも奏くんも紡くんも同じくドン引き。ロマノフ先生はというと「ああ、そういうことしそうなタイプですね」だってさ。
屋台のオジサンのいうことには、同じルマーニュの商人でもきちんと隔離政策を守って行動している人もいて、かなり迷惑を被っているそうだ。なにせルマーニュ人排斥運動が起こる寸前だったそうだし。
それが起こらなかったのは、帝国と楼蘭教皇国がこっちの大陸で一番最初に支援するのを選んだのがマルフィーザだったから。
マルフィーザの王家が「今排斥運動のような暴力的運動が起これば、支援がもらえなくなる可能性が高い」と、国民に訴えかけたんだって。
ただでさえ大きな隣国に挟まれたマルフィーザだ。病が流行って国力が落ちれば、外国に食い物のされかねないっていう危機感が国民を一つにした。お蔭でルマーニュ王国人排斥は運動になる前に立ち消えたとか。
コメントに困るな……。
しゃくっとかき氷の山にスプーンを入れる。私のかき氷は、柑橘っぽい味だ。爽やかな酸味と甘みと冷たさを楽しんでいると、ざわっと通行人の波が揺れる。
「坊ちゃま!?」
響く年輪を感じさせる声に、驚愕と緊張が滲んでいた。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




