絵日記を描かない代わりにダイレクトにマウント
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、11/10です。
なるほど。
イゴール様の仰ってた「敵意を持たずに探せば見つけられる」というのは、こういうことかって感じ。
あの後、イゴール様から持ち掛けられていた魔女の末裔達を説得する件をラナーさんに話せば、彼女はお母様の縄張りの手がかりを必死で思い出そうとしてくれて。
ラナーさんの記憶から出てきた情報と私が持ってた地図を照らし合わせて、恐らくラナーさんのお母様が根城にしていた洞窟は、マルフィーザの都市部から少し離れた彼の国で二番目に高い山にあるみたい。
近くに古代生物の化石が魔力を吸収して魔化石化したものがゴロゴロ落ちてる谷があるので、第一のキャンプ場所にしてもいいかな?
ラナーさんによればお母様がお亡くなりになったのが十年前で、薬草を採っていた人間の話を聞いたのがそれから数年程度前とのこと。
ドラゴンの魔力はその個体が死んでも、数十年は死んだ土地に遺る。だから彼らが必要とする変質した薬草は、まだその土地に生えていて、今年もその薬草を採りに山に入っている可能性は高い。
オマケに馬車で生活しているとなれば、山麓、或いは私達がキャンプ場所にしようとしている谷に同じく寝起きしていることも考えられる。
「という訳で、私達の最初の行先はルッジェーロ山にあるアルチーナの谷になりそうです」
『……アルチーナの谷か。あそこの化石地層、面白い化石が見られるそうだ』
『ムカデみたいな魚でしたっけ? イカみたいな貝とかもあるって聞きますね』
「らしいですねー。楽しみー!」
「おれも!」
レグルスくんとキャッキャウフフ。
顔の正面で拳を二つ並べた私史上最高あざといポーズを決めれば、スクリーンの中の統理殿下が苦笑し、シオン殿下が顔を引きつらせた。
マウントは、取れるときに取っておくべし。
ややこしい公務をさせられる両殿下にはお気の毒だけど、私は半分遊びでマルフィーザに行くんだ。
羨ましいでしょ?
普段アレでナニで難易度高い問題をぶち込んでくるんだから、これくらいやっても罰はあたるまい。
朝の定例会議でラナーさんにもらった情報を元に、皇子殿下方に夏休みのご報告だ。
イゴール様からいただいたお話も共有してるんだけど、これに関しては表向き帝国は知らないことになっている。
同盟国だからね、マルフィーザ。
今流行っている疫病に関しては海の向こう全域の問題な訳だけど、そういう地域から医者を引っこ抜くのはお国としては諸手を挙げて賛成しにくい。
だけど帝国のことを考えれば、お医者が増えるのは良いことだ。それに菊乃井は智の独占を考えてはいない。寧ろ逆。広めることを前提に、研究者もしくは実践者を集めている。
将来のことを考えれば、ここで菊乃井が医者の一族を押さえるのは望ましいことなのだ。
つまり夏休みで私が出かけた先に魔女と呼ばれた人々の末裔がいて、その方々がお困りだったから菊乃井にお連れした。医学? 薬学? はて、何のことやら……?
そういう小芝居をやれと言う。
やるともさ。私の望みがかかってるんだからな!
初夏の太陽の陽射しが、ゆらゆらと部屋のカーテンを照らす。
ロッテンマイヤーさんの赤さん達とご対面できるのは、多分晩秋から初冬にかけて。
ギリギリまで働くのがロッテンマイヤーさんの希望だけど、それを叶えるためにも、その後のロッテンマイヤーさんと赤さん達の無事を担保するためにも、魔女の末裔の皆さんには夏の終りには菊乃井にいていただく。
余裕があるようでないようなスケジュールだけど、三日くらいマルフィーザで儀式なんとかで缶詰にされる殿下達よりはきっと自由だ。
「そういうわけで、公務の終了後は識さんとノエくんはこちらに合流して、魔女の末裔さん達を探しつつ、破壊神の情報収集をするので」
「おふたりがていこくにかえるときは、だいこんせんせいがまじゅつでおくってくれるっていってました」
『宰相から聞いてるよ。行きも大賢者殿が運んでくれるお蔭で、ギリギリまで帝都にいられるからな』
『転移魔術で帰れるの良いことだよ。仰々しい船旅だったら、下手すると一か月くらい船に揺られてないといけないからね』
海を渡るって物理だと時間かかるもんね。
一応海の旅のために作られた豪華客船とかは、この世界にもある。というか、セレブの旅行って言えば大概船旅だ。
大きくて豪奢な帆船に不沈の魔術をかけたり、海路の護衛を人魚族に依頼したりで、わりに快適な旅だそうな。
旅するエルフのキリルさんからそう聞いてる。
そういえば今回の旅に際して、キリルさんからも向こうの大陸の情報を貰った。
彼はドラゴニュートの破壊神の話を小耳に挟んだことがあるらしい。
向こうのエルフも多少エルフ至上主義的らしいけれど、旅をして他の種族の情報を仕入れること自体は否定しないそうだ。
強者にはこの世のあらゆることを知る義務があるとかなんとか、そういう方針で。
ただキリルさん自身も詳しいことは定かでなく、破壊神と名乗ったドラゴニュートの成れの果てが何処かに封じられているという程度。
破壊神の全貌が掴めないんだよなー……。
スクリーンの向こうで統理殿下とシオン殿下が眉間にしわを寄せる。
『解っているのは賢者の石を体内に埋め込んで、不壊にして不死の身体を持つくらいか?』
『賢者の石は武器では壊せないんだよね? 壊す方法は考えてあるの?』
「董子さんが『まかせて!』っていってました」
にこっとレグルスくんが皇子殿下方に可愛く笑む。
董子さんは砦の感謝祭や帝都の記念祭の傍ら、ずっと打倒破壊神という目標を掲げた妹分とその婚約者の助けになるべく研究を続けていた。
いつか彼女に言ったけど、彼女の研究の成果物が世界を救う日が来る。あのときに言ったシチュエーションじゃないけど、間違いなくそういう場面なのだ。
「色んな人に協力してもらいましたが、目途は立ちました。一応実験もしてみましたけど、人類には早すぎるような物に仕上がってます」
『……なんだか色んな意味で不安になるな』
『それ、本当に武器じゃないんだよね?』
「使おうと思えば使えますけど、概念的には武器ではないですね」
視線がそっとスクリーンから逸れる。
嘘はついてない。ただ本来の用途よりも武器として使う方が人類を救いそうな気がするだけさ。
私とレグルスくん、対面する統理殿下とシオン殿下の視線がそれぞれ明後日を向く。何とも言い難い雰囲気に、ちょっと口が重くなった。
しばし沈黙。
取り繕うように統理殿下がひらひらと手を振った。
『えぇっと、マルフィーザに行くのはお前とレグルスとカナツムと、ロマノフ卿とショスタコーヴィッチ卿にルビンスキー卿か?』
「え、ええ、そうです」
『その間、領地の警備とかはどうするの?』
「えいへいさんたちががんばるっていってくれてます。あと、ぼうけんしゃのみんなも、みまわりがんばってくれるって!」
シオン殿下の質問に、レグルスくんがハキハキ返す。
先生方や大根先生がいないあいだ、魔術的な守りはナジェズダさんとブラダマンテさんとラシードさんが担当してくれるそうだ。
あとは紡くん経由で夏休みの海外行きを知った威龍さんと、威龍さんから情報が伝わったベルジュラックさんと晴さん、他にも希望の配達人やエストレージャ、バーバリアンやウォークライが冒険者としてダンジョン攻略に勤しみつつ見回りなどをすると申し出てくれている。
『まあ、なんだ。俺達もだが、くれぐれも気を付けてくれ。菊乃井より治安の良いところはないからな』
「はい、殿下方もお気をつけて」
爽やかな風がスクリーンを揺らす。
夏休みの扉は、開かれようとしていた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




