真心を君に
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パーティーは和気あいあいとした雰囲気で進んで、用意した料理やデザートが全部無くなった時点でお開きにすることになっていた。
出た話題は様々で、例えばエルフの三人が参加した皇宮のパーティーの話とかは、結構盛り上がって。
「あーたんの献上した髪飾り。本当によく似合ってたし、淑女の皆さんの視線も釘付けだし、法律の対象になる技術としても注目の的だし」
「え? 法律の発布があったんですか!?」
「ええ、本日付けで発布して四の月から正式に施行だそうです。技術の登録は商人ギルド、既にある技術の取り扱いは職人ギルドが請け負ってくれるように調整が出来たそうですよ」
「まんまるちゃんの……って言うかEffet・Papillonの技術の公表も四の月になるらしいよ。それまでにつまみ細工は数を作って揃えておいた方がいい。妃殿下を問い詰めるわけにいかないから、同じような髪飾りを持つマリーに仲介して欲しいってお嬢さんたちが詰め寄ってたから」
「了解です、エリーゼにも伝えておきます」
こくりと頷くと、エルフ三人も頷く。
その次に出たのは大晦日から新年に起こった不思議現象の話。と言っても、菊乃井の住人は、私がやったと思い込んでるらしい。
「なんで私がやったと思うの?」
「だって若さまの歌きこえたし。空に花もようとか星ふらせるとか、せんせいたちに手伝ってもらったのかなって、じいちゃんが言ってたから」
「確かに歌ってたのは私だけど、魔術は神様に手伝って貰ったの」
「まじかー!? 神さま、すごいな!」
「うん、でも神様に手伝って貰ったのは内緒にしてね?」
「そんじゃあ、やっぱり若さまがせんせいたちに手伝ってもらってやったことにしたほうがいいんじゃないか?」
「あぁ、そうだねぇ」
うーむ、若干良心が咎めるけど、騒がれると神様方とお会いできなくなっちゃうかもだし。
折角ミュージカルや舞台の話が気兼ねなく出来るお方を減らしたくない。
先生方に相談しようか。
そう考えて先生方に声をかけると、「頃合いかと思ってました」とロマノフ先生が仰った。
「頃合いって……?」
「そりゃあ、事情聴取の、ですよ」
「そうだよ、いつの間に氷輪公主様とお近づきになったのさ。神様は大抵いきなり来られるけど、今回はまた特にいきなりだし」
肩を竦めるヴィクトルさんの言い分はごもっともだ。だって氷輪様、あの時どう考えてもいきなり横に現れた感じだったもの。
どう説明するかなって言葉を選んでいると、ロマノフ先生とヴィクトルさんが首を傾げた。
「しかし、そもそも本当にあの方は氷輪公主様なのですか? 公主とは女性につける尊称……あの方は、その……」
「どうみても姫君には見えないって言うか……?」
ああ、それは解る。
つか、私のイメージを実体化しちゃったらしく、あの時の氷輪様は凛々しくも怜悧な美貌の男性っぽかった。厳密に言えば、そう見えるようにメイクした菫の園の男役さんだけど。
すると、カッとラーラさんの目が見開かれた。
「アリョーシャ、ヴィーチャ、キミたちの目は節穴か!?」
「へ?」
「え?」
「ボクには解る! あの方はボクと同じだ! そうだろう、まんまるちゃん!?」
「ぼ、ボクと同じって……?」
「ボクと同じで、男性の格好を好きでしている女性だろ!? あの姿、かなりのこだわりがあると見た!」
「あー……そういう……」
そう言う解釈がありましたか。
いや、でも、あれは私の趣味に合わせた姿であって、氷輪様の趣味って訳ではないし。でも、それを説明すると菫の園の話をしないといけないから、墓穴を掘ってしまいそうな気がする。
ので、「ごめんなさい」と氷輪様には心の中で謝って。
「……そういうことです!」
「やっぱり! そうだと思ったんだよ! 目の辺りの化粧なんて最高だよね、切れ長で涼しくて!」
興奮ぎみに語るラーラさんに、「お、おう」と奏くん含めて男性陣がちょっと引く。
そんな中、ぶれないのがデザートのお皿を持ってとてちてと近づいて来ていたレグルスくんで。
「にぃには、いつおともらちがふえたの? れーにないしょでおでかけしたの?」
「お出かけなんかしてないよ。何処かに行くときはずっと一緒だったでしょ?」
「じゃあ、なんでおともらち?」
「うーん、姫君から私のことを聞いたから会いに来てくれたんですって」
「そーなの? ひめさまのおともらち……ひめさま、げんき?」
「元気でいらっしゃるみたいだよ」
八の字にしょんぼり落ちていた眉が上がる。
レグルスくんは姫君のお名前で何となく察したらしく、それ以上は何も言わずデザートのシュークリームを、私に渡してきた。
食べさせて欲しいのかと思って、それをレグルスくんの口許に持っていこうとすると「にぃに、たべて」と言われる。だからありがたく食べると、またシュークリームを取って私に渡した。
それを食べると、またレグルスくんはシュークリームに手を伸ばして、私に渡そうとする。でもそんなにシュークリームばっかり食べられないので、ロマノフ先生の手のひらに乗せた。
シュークリームを噛りながら、ロマノフ先生がまた首を傾げる。
「姫君のご紹介であの日初めてお会いしたんですか?」
「いいえ、実は初めてお会いしたのは妃殿下に献上した『シシィの星花』が完成した日なんです」
私の言葉にヴィクトルさんが、眉を寄せる。
何故かまたレグルスくんにシュークリームを渡されたけど、今度はヴィクトルさんに渡す。
「だいぶ前からだけど、なんで内緒にしてたの?」
「いや、他意はないんですけど、氷輪様がいらっしゃるのは夜だから、騒がれたくないのかしら……と。この間も花火が始まるずっと前からいらしたんですけど、皆さんに姿を見せないようになさってたから……」
「ああ、なるほど。まあ、神様がいきなりお出ましになって騒ぐなって方が無理だもんね」
こくこくと頷くと、それで納得してもらえたみたい。
ヴィクトルさんがシュークリームを食べるのをみて、レグルスくんが唇を尖らせていたけど、あれはいったい何だったんだろう。
それは兎も角、そのヴィクトルさんが食べたシュークリームが最後の一つだったらしく、パーティーも私への事情聴取もそれで終わったのだった。
そしてお風呂に入って、パジャマに着替えて、ベッドに入ろうとした時。
暗がりから人影が浮かび上がる。
『我は別に趣味で男装をしているわけではないのだが……?』
「ええ、はい、存じております。申し訳御座いませんでした」
素直に謝ると、氷輪様は緩やかに首を振る。怒ってはいらっしゃらないようで、単に困惑しておられるご様子。
どうしてか尋ねると。
『いや、ひとの口の端に我が男装を趣味にしていると語られるかと思うと、どんな風に我のイメージがつくのか楽しみなような、怖いような……』
「大丈夫ですよ、お美しくていらっしゃるから!」
『それはお前が我に投影した役者たちが美しいからだ。……ああ、ほら、また変化する……』
ふわりと氷輪様が淡い光に包まれて、実体を持つ。
大晦日は紺や黒に近い髪だったけれど、今度は銀髪に青銀の艶やかな流し目の麗人で。
『全く、安定せぬな』
「申し訳ありません」
『良い。これはこれで飽きぬ』
ひらひらと手を振ると、私のベッドにマントを翻して腰掛ける。長い脚を組むと、座れとばかりに氷輪様は隣をぽふぽふ叩いた。
ベッドに上がってお隣にお邪魔すると、突然氷輪様の前に魔力の渦が現れ、そこに迷いなくお手を突っ込まれる。
そして取り出したのは大人の腕で抱えても、まだ余るくらい大きな箱だった。
『イゴールと百華から預かってきた』
「姫君とイゴール様から……?」
開けるように促されて、かけられていたリボンをほどく。すると箱の中にもまた箱があって、それを開くと中には───
「こ、これはミシンじゃないですか!?」
ボディは漆を塗り重ねたような黒に、螺鈿のような花飾りが施され、それは筒状の物を縫う時に外すテーブルの面にもあって。
ボビンやミシン針もセットされていて、見れば見るほど前世で重宝した「ミシン」にしか見えない。
驚いていると、氷輪様が頷く。
『百華が言うには、イゴールが加護をやった異世界からの転生者がその仕組みをイゴールに教えたそうだ。裁縫が好きならきっと喜ぶだろう、とな。確かどこかの次男坊らしいが、世話になったからと。イゴールに言わせれば、誕生日の贈り物に迷っていた百華に教えたら、さっさと作れと言われたそうだ』
「姫君が……! それにイゴール様や次男坊さんまで……」
『で、我が使いを頼まれたのだが、魔力で動くらしい。詳しい使い方は説明書とやらが箱の中に入っているから、それを見るのだな』
「わかりました、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をすると、氷輪様が眉を少し寄せる。どうしたんだろうと思っていると、顎を一撫でして、氷輪様は魔力の渦にもう一度手を突っ込んだ。
『お前、蜘蛛は平気か? あの足の沢山ある虫だが』
「ええ、まあ。蜘蛛は益虫ですし、何もない限りは何もされないので」
『そうか。ならばこれをやろう』
魔力の渦から氷輪様が出してこられたのは虫籠で、なんと中には私の顔と同じくらい大きい蜘蛛が入っていた。
「大きいですね……」
『ああ。奈落蜘蛛と言って、冥府に住む蜘蛛だ。これの吐き出す糸は上質の糸で、織ると最高の布ができる』
「そうなんですか? でも蜘蛛の糸ってどうやって紡ぐのかしら……」
『蜘蛛に魔力を渡せば勝手に使える糸に仕立ててくれるし、何なら布状に巣を張ってくれる』
「便利な蜘蛛ですね!」
『ああ、だから仕立屋蜘蛛とも呼ばれている』
なんとまあ、便利な蜘蛛もいたもんだ。
冥府に住んでるってことは氷輪様の眷属なのかしら。
聞いてみると、否定系に首を振られる。
『魔物の一種だが、蜘蛛と同じで人間が攻撃せぬ限りはなにもしない。餌も禍雀蜂や大毒蛾のような魔物だ』
「なるほど……?」
でも、くれるって言ったよね。じゃあ、餌は私が用意しなきゃいけない訳で。
モンスターなんか、私捕まえられないんだけど。
「あの……餌は魔物じゃないと駄目なんですか? 私じゃ用意出来ないです……」
『この土地にはダンジョンがあっただろう。餌は月に一回でも構わん。魔物ゆえ、一年食わずとも生きられるからたまにギルドか何かに死骸の確保を頼めば良い』
「ああ、なるほど!」
それなら何とかなるかも。
頷いてお礼を言うと、虫籠を受けとる。
少しだけ氷輪様の頬に朱がさした気がしたけど、それよりも私には大事な事があって。
ベッドを降りるとタンスからロゼットを四つ取り出した。
牡丹のつまみ細工を中心に据えた緋色のロゼットは姫君に、水色と白のしましまのリボンで作ったロゼットはイゴール様、桜の花びらと似た色のリボンのロゼットは次男坊さん、それから三日月を刺繍したくるみ鈕を真ん中に据えた紺色のロゼットは氷輪様に。
「本当はお会いできた時にお渡ししようと思ってたんですが、お誕生日おめでとうございます」
『神に誕生日なぞないぞ』
「ないからってお祝いしちゃダメではないんですよね? こういうのは人間の心の持ちようだって仰ったじゃないですか」
『確かにな』
ふっと艶やかに唇を上げて、花の顔に笑みを浮かべられる。
美形が笑うと目が潰れそうだ。綺麗すぎ。
その眩しすぎる笑みに目をそらしつつ、私はもう一度タンスに行くと、紙袋を持ってベッドに戻る。
そして紙袋を氷輪様のお膝に乗せた。
開けると中から黒なんだけど四本の足先だけ白い、猫の編みぐるみがころんと飛び出す。
『これは……?』
「編みぐるみです。氷輪様、以前ロゼットを作ってるとき、凄く面白そうに見てらしたし、こう言うのお好きだといいなって思って」
『そうか……そうだな。ひとのすることは興味がつきない。それを好きと呼ぶなら、そうなのだろうな』
編みぐるみを見る氷輪様の瞳は、なんだかとても優しい色をしていた。
お読み頂いてありがとう御座いました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。