人にも神様にも土地にも歴史あり
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次回の更新は、10/27です。
マルフィーザ自体は帝国が建国された後の時代に建った国だから、直接魔女・魔術師狩りに関係はない。
イゴール様のご不快が継続しているのは、魔女狩りにあった人々の末裔は未だに迫害を恐れ一つ所に留まれず、馬車で向こうの大陸を旅して身を隠すような生活をずっと続けているから。
それもあって、イゴール様はえんちゃん様の大事な楼蘭の民達を行かせることに難色を示し、皇族、それも将来の皇帝陛下である統理殿下と大公であられるシオン殿下に見張らせなさいと仰ったそうな。よもや、同盟国の皇族の前で楼蘭の司祭さんや巫女さんに手出しはしないだろう、と。
なお、この根深い不信は何もマルフィーザだけでなく海の向こうの大陸全土に向けられている。
いやー……こっちの大陸も大概だと思うけどなぁ。
人間の質に大陸によって優劣はないだろう。ただあちらでは起こり、こちらで起こらなかったというだけで。
「だが、それが全てだ」
「罰を与えた以上、それ以上は何もしない。けれど信じるか信じないかはまた別の話だからね」
私の内心のアレコレを聞かれたのだろ、ロスマリウス様もイゴール様も静かに断じる。
人の振り見て我が振り直せ。私も気を付けないと。
静まり返る部屋の中、氷輪様が私に視線を向けた。
『よその土地はともかく、お前の領地はどうなのだ? 医者が少ないのであろう?』
目下の悩みに鋭く切り込まれて、へにょっと眉が八の字になる。
「そうなんです。そもそも人の流れが増えることで予期せぬ病が齎されることを前提で準備してきたんですが、全く間に合っておらず……」
「今回の病は予期出来ぬ類だろうよ。お前はきちんと備えた方だと思うが?」
「それはそうなんですが、産婆さんや産科・小児科は人口増加を目指すなら、必要な医療ですし。その前に予防医療とかもやれることはあるはずなんですが……」
ロスマリウス様は慰めてくださるけど、如何せん人材が! 足りない!
私が留守の間に象牙の斜塔から人が流れて来たのだそうだけど、お医者さんは中々。皆菊乃井に来る途中で就職しちゃったりするんだよねー……。田舎、辛い。
しおしおと萎れていると、ふっとイゴール様がこちらを見ていい顔で笑われる。
一人で抱えていた塩バターベイクドポテトからフォークを離して、私にその先端を向ける。
「鳳蝶、口説いておいで」
「へ?」
「向こうの大陸の、未だに身を隠している魔女の裔達。口説いておいでよ。彼女達は凄いよ。身を隠しながらも先祖の志を継いで、医学も薬学も研鑽を続けている。菊乃井の医療の発展に必ず寄与してくれるはずだ。これが僕からの良い情報だよ」
「え? え? いや、でも……」
イゴール様は「僕が紹介状を書いてあげるから」と仰るけど、どうだろう?
そんな凄い人達なら、向こうの大陸に渡った件の病の対処を手伝ってもらったほうがいいような?
マルフィーザに留まらず、助けを待っている人達はいる。そういう人達を見殺しには出来ないから、帝国や楼蘭が動くんだ。
いくら医者がほしくても、病が蔓延しているところから引き抜くというのは人倫に反する。
きゅっと唇を噛む。それからお断り申し上げようとすると、イゴール様が柔らかい笑顔で首を横に振った。
「君が魔女達の末裔を口説き落とせたなら、次男坊を介して僕が件の病に対する解呪の祝福をしてもいいよ。アイツだって独立するにあたって、派手な手柄がいる。アイツの所の魔物使いを上手く使えば、まあ何とかなるよ。そうだな、アイツを出世させるための下準備と捉えてくれたらいい」
気遣われていると、素直に思う。
私の曲げられない部分に添う形で、イゴール様がこちらに色々与えてくださったのだ。
申し訳なくなって、目を伏せる。
「それは、イゴール様に何か、その、少しでも私がお返しできることがありますか?」
「うん? 医薬学が発展すればボクに対する信仰が上がるし、何より魔女達の先祖にちょっと思い入れがあるからそれが報われる。ついでにアイツ、独立したときに君とはかち合わないように領地を商業都市にする構想を練ってる。つまりアイツが出世すれば、僕の一大聖地がまた出来るってことだね」
ニコニコと言葉を続けるイゴール様に、ロスマリウス様もニヤニヤしてる。ちょっと氷輪様がムスっとしつつ、イゴール様を睨む。ついでに私に向けられたイゴール様のフォークを叩き落とされた。
『まだ告げていない情報があるだろう』
「え? 言っちゃう? それ言っちゃう? 言っちゃったら、鳳蝶益々断れないと思うなぁ」
柔らかい微笑みを一転させて、イゴール様が悪戯に成功したときの子どものような顔でにやけた。
脳裏に狸とか狐が浮かんだけど、一瞬で打ち消す。不敬。
しかしどう考えても、企みが成功しました的な表情に「何でしょう?」と尋ねると、イゴール様がぶふぉっととうとう噴き出した。
「えー? 彼女達、産婆? 産科? 小児科? 凄く強いよ? 君の所のメイド長、お腹に双子いるし絶対いてくれると助かると思うよぉ?」
「あ、はい。お任せ下さい、移住をご検討いただけるよう説得いたします!」
手のひらくるんくるん。
そりゃ菊乃井に是非来てもらわないと。
向こうの人達が大変かもだけど、こっちも色々大変なんだ。私はロッテンマイヤーさんにちょっとでも安全に子どもを産んで欲しい。
よその大陸? OK、任せろ。何とか次男坊さんへの道筋を立ててやるともさ!
「僕も『もう大丈夫だから』と何度か説得したんだけど、過去迫害されたって事実は根深いんだよね。受け継いだ技を棄てることは出来ないけれど、安住の地が何処なのか一歩外に踏み出せないでいる。菊乃井にはその痛みを分け合える人達がいるんだ、彼女達にも安心できる場所になるんじゃないかってさ」
「そう、ですね……」
そこまで言われたら、やらざるを得ない。説得が成功したら滅茶苦茶菊乃井にメリットあるしね。
イゴール様も菊乃井のこれからに期待してくれてるんだな。
納得したし、ちょっと胸が熱くなった。
けども。
「お前、それだけじゃねぇからな?」
ロスマリウス様と氷輪様が胡乱な目でイゴール様を見ていることに気が付く。なんぞ?
キョトンとしていると、ロスマリウス様がイゴール様の手から氷輪様が叩き落としたフォークを拾って、尖ってる方をイゴール様に向けた。
「こいつ、お前んところでその魔女の一族を保護させたあと、頃合いを見てこいつの囲ってる小僧のとこに何人か送り出してもらおうって魂胆だぞ?」
『まだ次男坊とやらの領地は影も形もないからな』
「だってぇ。備えてたはずの領地でも上手いこと行かないんじゃ、実家から分捕った領地で賄い切れるわけないしぃ……って、いひゃい!」
アヒル口で言うイゴール様のほっぺを、氷輪様が捻り上げた。結構ほっぺが伸びて痛そう。
いや、でも、そういう事情があった方が、善意だけで期待されるよりは気持ちが楽かな。
イゴール様にしても氷輪様にしてもロスマリウス様にしても、私のそういう難儀な性質を分かっていて「そういうこと」にしてくださってるんだろう。
それに次男坊さんとは盟友なんだ。彼の領地に関することなら、協力するのは吝かじゃない。だってこっちも色々協力してもらっているから。
私の内心が伝わったのか、氷輪様は摘まんでいたイゴール様の頬を離し、ロスマリウス様はイゴール様のお皿からベイクドポテトの最後の一切れを奪う。
そしてイゴール様は。
「頼んだよ、鳳蝶。あの子達にも安心して暮らしてもらいたいんだ」
「はい、頑張ります」
ぺこりと頭を下げると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
その手つきが優しかったのが、イゴール様のお心の表れなんだろうな。
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