情勢と歴史の狭間
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次回の更新は、10/24です。
帝都での記念祭が終わって、普段の菊乃井が戻って来た。
嘘です。戻ってない。
アルスター地方が丸々菊乃井の領地になるというので、かなり忙しいです。お役人さん達が。
そんな中で始動したのが、子どもと両親を支える保健部局的部署だ。
ただねー……早速上がって来た陳情が、平たく言うと産科と小児科作ってくださいって言うね。
菊乃井にはお医者さんが足りていない。中でも小児科と産科はマジでいない。
辛うじて私とレグルスくんの主治医であるパトリック先生が、小児科にも産科にも意欲を示してくれてるんだけど、それでも質も量も追いつかないんだよね。
はー、困った困った。
記念祭の最中も政務は滞らせることなくやってたけど、その結果の渦に対応する日々がまた始まる。
希望の配達人パーティーの望み通り、帝国内外に止まらず色々な国の様々な都市の冒険者ギルドから、初心者冒険者講座に関して問い合わせがくるようになった。
だって菊乃井からの出場者が三年連続で帝都の武闘会で優勝している。それもジャイアントキリングを果たして、だ。
前の二年と菊乃井冒険者頂上決戦で注目が上がって来たところに、希望の配達人パーティーの活躍で実りがついに来たって感じ。
この話は訪ねて来てくれた希望の配達人パーティーにしたんだけど、三人とも喜んでたな。ついでに三人からナジェズダさんに採寸してもらった話が聞けた。
優勝と皇帝陛下や妃殿下のお褒めの言葉をナジェズダさんに早速報告に行ったら、巻き尺を片手にEffet・Papillonの職人さん達と待ち構えてくれてたそうな。
ナジェズダさんは推し活の布教にも熱心で才能があったらしく、彼女と同じ寮に入っている職人さん全員を希望の配達人パーティーのファンにしたらしい。ワロタ。
口々に褒めてくれる職人さん達の前に、希望の配達人パーティーは思ったそうな。
皆、守るし助けるって。
Effet・Papillonの職人さんでナジェズダさんと同じ寮に入ってる人達って、訳ありなんだ。
他所の領地から、子どもを抱えて逃げて来たお母さん達なんだよ。もっと言えば、飲んだくれや暴力を振るうろくでもない夫から、命からがら子供を抱えて逃げて来た勇気あるお母さん達。
ナジェズダさんに同じ寮に入ってもらったのは、その母子達を守るためなんだよね。
菊乃井は悪意ある人間を弾くけど、念には念を入れて。
あとね、全くの善意でいらんことをする人間もいなくはない。その対策のためだ。
そういうわけで、守るものが増えた希望の配達人パーティーはこれからも精進して、世界に名前を轟かせることに決めたとか。
彼らがいる限り、菊乃井に悪人が来たくなくなるように。良い人達だよ、本当に。
だからこそ、彼らの善意をあまりに利用しないよう、こっちが気を引き締めないとね。
それで次の案件、皇子殿下方の護衛なんだけど。
手紙を出した次の日、識さんとノエくんは私の執務室兼書斎に来てくれた。
「じゃあ、私達、臨時に近衛兵に入隊ということですか?」
「ではなくて、菊乃井からの人材派遣事業の最初の一歩にしようかと」
菊乃井家からの人材派遣にすれば、彼らの身元は保証できるし、お国からもお金を引っ張れる。何より人材派遣業を本格的に行うにあたって、最初の利用者が皇子殿下方って箔が付くじゃないか。
識さんの疑問に答えると、ノエくんが頷く。
二人とも派遣されることに異存はないらしい。それどころか識さんの方はかなり乗り気。
ノエくんが虐げられたことを、識さんは本人以上に怒っている。そういえば彼女はかつて神だったエラトマやアレティの力を借りて、ノエくんを差し出した村に結界を敷いてやったそうな。
後ろめたいことがある人間は、悔い改めるまで悪夢に魘される結界だそうだけど、それはどうなったのか。
何なら時間があればその結界がどうなったか見に行きたいくらいだそうで。
「では、承諾の返事をしても?」
「はい、私は大丈夫です」
「オレも大丈夫です。それに破壊神の情報も集めに行きたいし」
「そうですね。情報は必要なので、それはこちらからも皇子殿下方にお願いしておきましょう」
話はまとまったけど、だったらあと一人大人の引率が問題か。
感謝祭のときに菊乃井にいて、ノエくんや識さんと同じくらい戦える大人。
初夏の日差しが窓の外でキラキラと眩しく光る。
そろそろ熱くなってくるからと、本日のお茶はロッテンマイヤーさんのブレンドにレモンを沈めたアイスレモンティーだ。
グラスに口を付ければ、からりと氷が回る。
識さんが「は!?」と突然顔を上げた。
「そう言えば師匠が『調査に行く時は誘いなさい』って言ってました!」
「え?」
「ついでだから引率してもらうの、どうでしょう?」
どうでしょうと言われても。
私の方はそれで構わないけれど、果たして大根先生がそれを引き受けてくれるかどうか。
でも適任は適任なんだよな……。
大根先生はそもそも古いエルフだから人間の病なんかものともしない。厄除けもそれに上乗せされていれば、更に強い。
そして重要なのが個人の強さ。魔術においてヴィクトルさんに勝る人の一人なのだ。
けどエルフの里と距離を置いている人を、帝国の中枢に近付けるってどうなのかね?
迷わないでもない。
聞くだけは聞いてみようか。
そういうわけで、大人の引率は一旦保留。
日程は本格的に決まり次第連絡するということで、ノエくんや識さんとの話は付いた。
でもその日は大根先生、お出かけだったみたい。
夕飯のときに姿がなくて、ロマノフ先生が「シェヘラザードに住んでるお弟子さんに会いに行くって言ってました」って。
因みにロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんは大根先生に引率を頼むことに反対はなし。
理由としてはやっぱり強いから。それはそれとして、引き受けてくれるかは謎って感じ。
それにしても片付けないといけないことが、次から次からよくも湧く。
「……その苦労が報われるかは分かんないけど、良いことを一つ教えてあげる」
「はい?」
料理長特製ほくほく塩バターポテトを食べつつ、イゴール様が何かつまらなそうに仰る。
料理長は最近、じゃばらのベイクドポテトに凝っている。レクスの伴侶の料理ノートに載ってたから作ってみると、汎用性があることに気が付いたんだってさ。
本日の男子会、参加者はイゴール様とロスマリウス様、そして今日はトレーロ、マタドールという名称の方が有名かな? 華やかな装飾を施されたボレロのようなジャケットが目を引く。アレ、あの衣装を総称してトラヘ・デ・ルーセスというそうな。光の衣装って言う意味。今日も氷輪様は眼福です。
というのは置いておいて。
イゴール様がつまらなそうというか、ちょいと不機嫌なのって珍しい。
戸惑っていると、イゴール様が溜息を吐いた。
「マルフィーザ辺りにはあまり良い印象がないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、昔の話と言えばそうなんだけど……」
むっすりしながらイゴール様が教えてくれたんだけど、海の向こうの魔女・魔術師狩りはマルフィーザのある辺りから始まったそうだ。
切っ掛けは毒草と野草を間違えて食べた王族が、それに対して「毒を盛られた!」と騒いだからだそうで。
最初に犠牲になったのはマルフィーザあたりに住んでいた魔女と呼ばれた女性達だった。
「彼女達は単に薬草を使って人を癒してただけ。今の産婆とか薬師と同じだよ。でも今より医学が発達していなかったために、彼女達が薬草で病を癒しているのを呪いと勘違いされた。それだって彼女達の一族はちゃんと、薬草と毒草は似ているから勝手な判断で食べてはいけないって警告してやってたのに」
「暗殺されそうだったとか、そういう風にとったんですか?」
「そう。そこから最初は魔女と呼ばれた女性達を狩り、それだけに飽き足らず魔術師を狩り始めたんだ」
「そういやそうだったな。あんまり度を越したことしやがったから、その辺り一帯豪雨で流してやったんだがな」
ロスマリウス様は「人間はしぶとい」と嗤われる。
うーん、ノーコメントで。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。