ザマァってこういうことだろ?
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次回の更新は、10/20です。
「実はな。この夏、海の向こうに行く。ついては護衛がほしい。誰か信頼できる者を紹介してもらえないか?」
うん?
おかしなことを言う。
皇族の護衛なんて皇宮を守る近衛の仕事じゃないか。
そういう私の疑問を見越してか、統理殿下が眉を八の字にしつつ首をゆるゆる振った。
「本来は近衛の仕事なんだ。だけど近衛をやるだけあって、魔力もそれなりにある。でも俺達ほどの加護を持つものは一人もいない。海の向こうは件の病が蔓延しつつある。病に罹りやすいと分かっている者を連れて行くのはな……」
「そこでえんちゃん様にご相談申し上げたら、菊乃井に祭りの日にいた者であれば病に太刀打ちできると教えてくださったんだよ」
シオン殿下がえんちゃん様にお聞きした話では、あの日、菊乃井は一種の神域になったのだそうで。
そこに神様の飼い古龍による直接の厄払いを受けたから、今年一年くらいはどんな厄介事も跳ね返せるそうな。ただし加護ゆえの試練は考慮しないものとする。
なのであの祭りの日に菊乃井にいて、それでいて近衛と同じくらいかそれ以上に頼りになる護衛が出来る人を紹介してほしいとか。
「リートベルクだけでは流石に間に合わないからな」
「一番良いのは君が一緒に来てくれることだけど、『加護による試練は考慮しないものとする』って聞くと、ね」
「そもそもそれ以上に鳳蝶様は菊乃井領の領主ですもの。護衛という扱いは出来かねますわ」
三人揃って難しい顔だ。
つられて難しい顔をしていると、ひよこちゃんと和嬢が揃って首を傾げた。
「どうしてうみのむこうにいくんですか?」
「やまいがおさまっていないのに、おうじでんかがおいでにならねばならないりゆうがあるのです?」
至極尤も。
護衛の前に、まずはそこだよ。
宰相閣下からは、海の向こうは一先ず楼蘭に任せると聞いている。
そして私や歌劇団を出さない理由は、変質した病に私達が罹患することの方が帝国にはデメリットだから。
そういう話をすれば、シオン殿下が「ああ」と零す。
「そもそも今年の夏に海の向こうに行くことは、大分前から決まっていたんだ。僕らが行く国であるマルフィーザは、今年で女王が即位して十年になる。その記念式典に出席することになっているんだ」
「マルフィーザ……」
ちょっと国名に引っ掛かる。
聞いたことがあるんだ。
先生達の授業で最近は国際地理とかもやるようになったから、その話の中だったはずだけど。
それ以外にも何か。
顔を窺い見れば、ひよこちゃんも「なんか聞いたことある」というお顔。
別にその国に何かされたわけじゃなく、周辺でたしか何かあった……ような?
外交的にはマルフィーザと帝国の仲は良好。
今回の流行り病に関しても、帝国の忠告を忠実に守ってきちんと対策をしていたそうな。しかし如何せん小国。
周りの国に入ってくれば流通の関係上、どう頑張っても限界があった。
結果、感染爆発にはまだ至っていないけれど、危ういらしい。
そこで帝国は仲立ちとなり、楼蘭教皇国からマルフィーザが支援を受けられるよう手配する。これが今回の皇子殿下方が式典に参加する理由に加わった。
式典には陛下の代理として統理殿下が行くはずだったんだけど、マルフィーザの信用性を保証するのにシオン殿下も加わったそうな。
偏にマルフィーザが楼蘭教皇国から派遣される巫女、司祭の安全を担保するという連帯保証人として。
それも国同士の信用というより、えんちゃん様からのお話だそうで。
「なんでそんなにマルフィーザには信用がないんです……?」
「いやー……大分昔の話が原因らしくて。えんちゃん様的にはそこまでは要らないとは思うけど、ちょっと天界の内部の話だからとかなんとか」
「はあ……?」
外交上の配慮が必要なのは、帝国の信用で以て楼蘭教皇国はマルフィーザに巫女さん・司祭さんをほぼボランティア価格で送り出すからというもの。
国際社会に、帝国の話を聞いていた国はきちんとそれなりの対応を受けられると示すのも目的。
でも天界内部の事情に関しては、えんちゃん様の口が重い。
ともあれ、既に帝国から式典に参加する旨は伝えてある。彼の国からも懇願があった。行かないわけにはいかない。
しかし護衛の問題が……。集約するとそういう相談なのだ。
「うーん。護衛としてというか、戦闘力的に思い当たる人はいますけどね」
エストレージャやそれこそ希望の配達人もいるし、ベルジュラックさんや威龍さんもいいだろう。他にもウォークライだってありだ。
だけど「行かせられる」という確信はあっても、なんかしっくりこない。多分これも【千里眼】からの「そっちじゃない」という注意なんだろうな。
だとして。
眉間を揉みつつ、記憶からあの祭りの日に菊乃井にいた人を引っ張り出す。
そりゃ私やレグルスくん、奏くん紡くん。菊乃井の屋敷の皆もそうだし、大根先生やお弟子さん達もいた。
誰だ、誰が適任だ?
脳裏を探っていると、ひよこちゃんと和嬢がお菓子を交換しているのが見える。和むぅ。
だけどいつもなら隙あらばイチャイチャする統理殿下とゾフィー嬢が、大人しく私の言葉を待っている。シオン殿下も神妙な態度だ。
そんな中で、ひよこちゃんが「あ」と口を開く。
「あにうえ、マルフィーザってノエくんと識さんがくらしてたくにだよ!」
「それだ!」
ポンっと手を打つと、レグルスくんも「すっきりしたー」と笑った。その口元にチョコレートが付いてたんだけど、和嬢がすっとハンカチで拭ってくれる。出遅れた。和嬢のアシスト力が凄い。
いや、そうじゃなく。
レグルスくんと和嬢の尊いやり取りに一瞬思考が流されかけたけど、思い出した。
マルフィーザはノエくん達ドラゴニュートがひっそり隠れるように暮らしていた村のあるお国だ。
ノエくんに対してドラゴニュートの村の住人達の当りがあまりにもよくないから、お金をためて同じマルフィーザ内の大きな町に引っ越そうと考えていた。その矢先に村長によってノエくんが奴隷商に売られたという経緯があって。
大きな町だってドラゴニュートには住みにくいだろうけど、村にいるよりはまだマシとかなんとか。
聞いたのは丁度一年くらい前の話だから、思い切り記憶の底だった。
そしてピキンッと来るものがあって。
「護衛ですが、ノエくんと識さんではいかがです?」
「ノエシスと識嬢か……。俺は構わんよ。実力は菊乃井冒険者頂上決戦で知っているし、リートベルクも納得するだろう」
ただ二人ともまだ子どもって言って良い歳だから、誰か大人がもう一人くらいいてくれた方がいいだろう。
そう話せば皇子殿下方もゾフィー嬢も頷く。
それに私が推薦したところで、本人達が引き受けてくれるかどうかはまた別だ。それも話せば、勿論断る自由はあるという。
断られた場合の護衛の人選があるから、答えは早くもらえれば。
そういうことで皇子殿下方の相談は終わった。
「それで、ノエ君と識さんを推薦した理由とは?」
皇居でのお茶会からの皇子殿下方の相談を経て、ようやく帰宅の途。
レグルスくんはまた和嬢とお手紙のやり取りを約束してお別れしたんだけど、ちょっと寂しそう。久々に私のお膝にちょんっと座って、先生達とのお話を聞いている。
空飛ぶ城のサロン、窓の外の景色は茜色。時折外から鳥がこっちを見てたりするから面白い。
ロマノフ先生の問いに、ほんの少し考える。
閃くものがあったんだからなんだけど、明確な答えはないんだよね。
疫病という災難は菊乃井からは一応去った。だから次に抱える災難を何とかということなのか、それとも他に何かあるのか。
色々それらしく理由を付けることは出来るだろうけども。
「故郷に錦を飾るって、追い出した側としては一番されたくないことですよね」
これが一番しっくりだ。
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