今ある武器の使い方
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次回の更新は、10/13です。
昨今幼年学校では、貴族のご令嬢を題材にした物語が流行っているんだそうな。
何でも貧しい下級貴族の純真で心優しい令嬢が、高貴な身分の男性に出会い、惹かれ合い、秘密の恋人になり、その彼の婚約者である傲慢な高位貴族のご令嬢からの苛烈な嫌がらせにも負けずに愛を貫く話だそうで。
「……純真な娘なのでなく、世間知らずの尻軽娘の間違いでは? あと、登場人物の誰も彼も貴族としての自覚が欠けるのでは?」
「鳳蝶様、こういう物語にそういう発想は無粋でしてよ」
ちょっとした呟きに、ゾフィー嬢やノアさん、アルマンさんが苦笑いする。
だってー……。
下級貴族の娘っていうならそれなりの教育は受けているだろう。
貴族であろうとなかろうと、婚約者がいる男性が他の女性と親しく付き合うなんておかしいじゃないか。ましてや秘密の恋人? 愛人の間違いだろうに。
それで男性の方も婚約を解消するわけでなく、愛人に婚約者が嫌がらせするのを堪えさせる? 男性にしても婚約者の女性にしても、貴族にあるまじき間抜けさだ。
嫌がらせの犯人だってバレてどうする? そういうのは水面下でやって、決して表に出さぬもの。
それに婚約者の女性が高位貴族なら嫌がらせしたところでなんなんだ? 自身の婚約者に醜聞をまき散らす存在だ。公に始末を付けられるんだから、陰で嫌がらせする必要もない。
総論:阿呆の集まりか?
オマケに何処かの家庭の事情の前日譚ぽくて嫌なんだが?
そっちは割り込んだのが高位貴族のご令嬢だけどな。
思わずジト目になったけど、私の出した結論はレーア嬢や小春嬢には共感を得たのか、彼女達は凄い勢いで首を上下させる。
これって彼女達とこの話が結びつくんだろうな。
無意味な暇つぶしの会話を、ゾフィー嬢はもったいぶってするような人じゃない。
だとして。
思考を巡らせる。
さわさわと爽やかな風に、宮殿の庭で咲いている花の香りが混じる。いや、花の香りが些か強く混じるようになった。
そう言えば、その流行りの物語は惚れた腫れたの物語。姫君様は結構好きなヤツかも。天上で私達の話を聞いておられるかも。
もしもその物語の本が売っているモノならば、買って帰って姫君様にお捧げしようか。
頭の隅でそういうとこを考えつつ、ゾフィー嬢がこの物語を語って聞かせた意味を探る。
ご令嬢二人と物語の共通点は、二人が下位貴族のご令嬢というところだけだ。他には特になさげ。だって第二クラスの首席を争う才媛達、婚約者がいる子息に迂闊に近寄ることなどないだろう。
なら、なんだ?
まさかその物語を真に受けた高位貴族の令息に言い寄られ、挙句その婚約者のご令嬢に嫌がらせされているとか?
いや、そんな。
背中に嫌な汗が流れる。
けどこういう時の嫌な予感は【千里眼】からの「そういうこと」っていう合図なわけで。
「……言い寄ってくる令息と、嫌がらせしてくるご令嬢が問題なので?」
口に出した私は恐らく物凄い顔をしてたんだろう。ひよこちゃんが「あにうえ!? しわしわ!?」って小さく悲鳴を挙げた。 シワが眉間どころじゃないんだろうな。
そんな私にご令嬢二人が頷き、ゾフィー嬢が笑う。
「シュタ何とかの関わりですわ。おまけにその取り巻き、失礼、お友達も真に受けてしまって……」
「わぁ……」
微妙過ぎる空気がテーブルに満ちる。
その空気の中でアルマンさんが急に「あ」と呟いて、顔色を変えた。
「あの、もしかしてそれって私の主筋の……?」
「コルネイユ家はたしか、そうでしたわね」
アルマンさんが縋るような、どう見ても「違うと仰って!?」という表情でゾフィー嬢に尋ねる。けれど無情にもゾフィー嬢は凄く良い笑顔でバッサリと。
切られたアルマンさんが目に虚無を漂わせて、ご令嬢方に深々と頭を下げる。
慌てたのはご令嬢方だ。だってアルマンさんに謝られても仕方ない。もっと現実的なことを言えばそれで嫌がらせがなくなるわけでも、令息が言い寄って来なくなるわけでもないんだから。
とはいえ、救いはある。
彼女達の家族は、一応彼女達が一方的に言い寄られているだけというのを理解しているからだ。
それでも高位貴族の令息なんだから、嫁ぎ先としては悪くない。なので支度金も貰えそうだし、面倒なゴタゴタが片付けば娘にも悪い話ではないと考えているとか。
この面倒なゴタゴタというのは令息の婚約者の話だろう。円満に解消になればよし。
でも彼女達の意見は全く別。
言い寄ってくる令息のことを慕う気持ちは全くない。結婚よりも自分の力を試したいんだとか。
「できれば官吏として働きたいそうですの」
「はあ」
「それで、鳳蝶様の領地の取り組みも私は存じていますでしょう? そういう政策を私なりに理解したくて、才媛として名高い第二クラスの彼女達に意見を聞かせていただいていたのです。そのうちに、彼女達は菊乃井の政策にとても興味を持たれたそうで」
「……菊乃井で働きたいと?」
こくりとご令嬢二人の首が動く。
事情を訊いてしまった以上、何もしないというのは選べない。
ゾフィー嬢から持ち込まれた相談なら猶更だ。
落としどころを考えるために紅茶を口に含む。
皇室で使われるだけあっていい茶葉だし、香りだっていい。けれど私の好みは、やはりロッテンマイヤーさんのブレンドしたやつだ。それがほしい。
でも気分を少し変えるには十分美味しい紅茶だった。
姿勢を正すと、私はご令嬢二人に話しかける。
「まず、菊乃井で働きたいと仰ってくださることは嬉しいです。ありがとう。でも官吏として働く確約は出来ません。菊乃井の官吏は須く試験を受けて、それに須く合格しています。例外はない」
きっぱりとした言葉にご令嬢二人は少ししょげた様子。だけど、此処からなんだってば。
「しかし、推薦状を出して差し上げることは出来る。まだ卒業までに時間はあるんです。私に推薦状を出していいと思える結果を見せてくだされば、喜んで書きましょう。たとえば現状の政策への実現可能な提言とか」
そう言ったものがあれば、私もルイさんに推薦しやすいし助かる。まあ、インターンシップみたいなもんだよ。多分。
にこっと笑えば、張り詰めたご令嬢二人の顔が安堵に弛む。
ゾフィー嬢にも目をやれば、一応対応としては及第したのか満足げな微笑みが浮かんでいた。でも、目は「もう一声」って言ってる。解っておりますとも。
現状の打開に必要な人材も揃っていることだし、何とかなるだろう。
「現状の打破については、目には目を歯には歯で行きましょう」
にっこり笑ったままご令嬢二人に告げれば、彼女達もだけど、話を聞いていた和嬢も首を傾げる。ノアさんやアルマンさんも。
レグルスくんは何となく気付いたのか、微かに楽しそうな気配。じゃあ、正解はレグルスくんに話してもらおうかな?
レグルスくんに呼びかければ、彼は和嬢に微笑んだ。
「はんたいのものがたりをつくればいいとおもうんだ」
「はんたい? はんたいというのは……、おねえさまがたがごれいそくのことをおしたいしていない、それはかんちがいだということですか?」
聡いな。
和嬢はやっぱりあの梅渓宰相のお孫さんだ。多くを言わずとも、考えてくれる。
和嬢の回答に、ノアさんとアルマンさんがハッと肩を撥ねさせた。
「愛らしく聡明なご令嬢に好かれていると勘違いした貴族令息が、その勘違いゆえに空回りする……! 面白いかもしれないですね!」
「本当に。世の中にはそういう勘違いを起こした人が、それなりに痛い目に遭う物語はあります。広く好まれる物語のカタチではありますね」
「ええ。そこでノアさん、アルマンさんにはそういう話を書いていただいて。流行りの物語のカウンターにしてみては? 流行らせてくださる方はもういますし」
ちらっと眼を向けたゾフィー嬢が、意味ありげに微笑んでいた。
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