平和よ、さらば
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次回の更新は、10/10です。
ゾフィー嬢の背後にいたご令嬢は、彼女の学友だそうな。
二人とも、凄く緊張した面持ち。
それにつられてこちらのノアさんもアルマンさんも、緊張状態で固まった。
なんだこれ?
微妙な空気だったけど、これを打開してくれたのは私と一緒にご令嬢達の挨拶を受ける立場の和嬢だった。
「おねえさまがた、どうぞおすわりになって? おかしをいただきませんか?」
朗らかに席を勧めるとゾフィー嬢がお礼を告げて、静々と席に。ご令嬢二人もゾフィー嬢に倣って席に着く。
それぞれ紅茶を頼むと、ほっと息を吐く。
私の側の男性陣も詰めていた息を吐いたんだけど、これはアレよ。ゾフィー嬢のせい。
別にゾフィー嬢が何か居丈高に振舞うとかそういうのじゃなくて、一挙手一投足に試されているという感じがあるというか。
この将来の国母の見透かすような視線に耐えられたら、一先ずは合格。何にか? 統理殿下の近くにいるには、という。
ご愁傷様、アルマンさんとノアさん。逃げられないよ、多分。
ぴよぴよちいちいと小鳥が長閑に鳴く初夏の庭。
ひよこちゃんと和嬢は次のお茶会のときには何をしたいか話し合っている。その声を聞きつつぼんやりしていると、急にゾフィー嬢が微笑んだ。
「こちら、ヴァイツマン子爵家のレーア嬢と御園生男爵家の小春嬢ですわ。幼年学校で同じ学年なのですけれど、お二人とも素晴らしい才媛でいらっしゃいますの」
「そうなんですね」
初めまして。
当り障りなく自己紹介と、こちらからもノアさんやアルマンさんを紹介しておく。
ゾフィー嬢の学友ということは、ノアさんやアルマンさんより少し年上ってとこかな。
丁度男女比四対四。
何故か私の隣にゾフィー嬢、ノアさんやアルマンさんの正面にレーア嬢と小春嬢。当然レグルスくんと和嬢はお隣同士で、ケーキを分けっこしている。可愛い。
薄ぼんやりと現実から目を逸らしていると、凄く微妙な沈黙が落ちる。
なんだこれは?
異様な雰囲気に耐えかねてゾフィー嬢に視線をやると、心得ているとばかりにゾフィー嬢が口を開いた。
「お二人ともとても学業優秀でいらして、第二クラスで首席をお二人で競い合っておられますのよ」
「おお、それは凄い」
帝国では皇族や高位貴族の跡継ぎと、高位貴族でも跡継ぎにならない次男以下と下位貴族は決して同じクラスにはならない。
皇族や高位貴族の跡継ぎは必ず第一クラス、それ以外は第二クラスとなる。
何故かというと、皇族や高位貴族の跡継ぎに求められる優秀さと、跡継ぎにならない者と下位貴族に求められる優秀さは必ずしも合致しないから分けておく。建前的には。
結局皇族なり跡継ぎなりは、優秀な者を使いこなせれば、自身が必ずしも学業優秀でなくてもいいんだよ。
それでも人の上に立つ者が学問の一つも出来ないでは規範にならないっていうのがあるから、一応評価はある。それだって学業の優秀さが関係するかと言えば、厳密にはしない。なので第一クラスの首席は必ずしも学業が優秀でなくてもなれる。
翻って、学業の優秀さが卒業後の生活に関わってくる第二クラスの首席ってのは、マジで優秀じゃないと務まらない。
だって下位貴族や跡継ぎにならない者は、生活のために働かなきゃいけないわけだよ。
卒業後に良いところに就職するには、幼年学校で良い成績を修めるのが手っ取り早い。就活時のアピールポイントになるんだもん。解りやすい基準は大事。
そんなわけで、第二クラスで主席を争うって言うのは本当に凄いってわけ。
因みにレグルスくんが幼年学校に通う場合、彼のクラスは第一クラスになる。
私が結婚でもして跡継ぎを作らない限り、レグルスくんが菊乃井の跡継ぎだからだけど、結婚して子どもが出来たとしても、分家を興してそこの当主になってもらう予定だから。
和嬢もこのままレグルスくんとの婚約が続けば第一クラスになる。彼女は菊乃井侯爵家の女主人になるかもしれないし、ならなくても分家の女主人だからだ。
それはさて置き。
問題はその二人の才媛を、ゾフィー嬢が私に紹介するってことなんだよなー……。
今のところ【千里眼】からアラート的なものはこない。というか、多分これは歓迎すべきことなんだろうっていう予感がひしひしと。
でもそれを拒むのは、この将来の国母様に借りを作るのがちょっと……という。
絶対後で何かさせられるんだ。
このお茶会の後で統理殿下に相談事があるって言われているし。
そんな懊悩をおくびにも出さずに、にこやかに。
近くにいたメイドさんに紅茶のお代わりを頼むと、穏やかにゾフィー嬢が話を続ける。
「実はお二人から相談を受けまして」
「はあ」
ほら来た。
ちょっと身構えたのに気付いたのか、ゾフィー嬢が目をレーア嬢と小春嬢に向ける。
その目に少し戸惑ったように二人で顔を見合わせた後、レーア嬢が口を開いた。
「あの、菊乃井家の政策についてお尋ねしたいことが」
「領民全てが安価で安心できる医療を受けられる制度を考えておられるとか。その辺りを詳しくお伺いしたいのです」
あとに続いた小春嬢の言葉に、レグルスくんと顔を見合わせる。
色んな話をする機会があったけど、そう言えば貴族の人と領地の政策の話を聞かれたのは初めてだ。ちょっと戸惑う。
自分の家の領地でやるつもりなんだろうか?
そういうことを尋ねれば、二人は揃って首を振った。
「我がヴァイツマン子爵家は兄が継ぐことになっていて、私は他所に嫁ぐかそれが嫌なら家を出るように言われております。ですのでそう言ったことではなく」
「御園生男爵家も似たような状況で、私も外に出るように言われているのです」
彼女達の境遇にノアさんとアルマンさんが眉を顰めた。
「女性に対して家を出ろと言うのは、些か酷いのでは?」
「女性が市井で働くことは珍しくなくなりましたが、それでも貴族の女性では中々難しい話ではありませんか……」
帝国は別段男尊女卑ってわけじゃなく、市井では女性も大事な労働力となっている。
だけど貴族は女性が外で働くことを必ずしも歓迎しない。落ちぶれた印象を持たれるからだ。
なので貴族女性の働き口って家庭教師か、位の高い女性の侍女か。内職はあるけど、それで生活できるかといえば……ってとこ。
経済状況が思わしくないのかも知れない。
それはそれとして、その彼女達の状況と菊乃井家の政策。なるほど、そういう……。
ご令嬢二人とノアさんやアルマンさんに気付かれないよう、そっとゾフィー嬢に視線を送る。気付いた彼女が小さく頷いた。
ゾフィー嬢的に、二人を手放したくない。だけど何かがあって手元には置けないんだろう。ならば中央から遠いけれど、二人を安全におけてその優秀さを遺憾なく発揮できる場所に行かせたい。そんなところだろう。
だけど借りを作るのはなぜか私って予感がするせいで、素直に頷くことが出来ない。
人材、それも優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいんだけど。
懊悩が煩悶に変わろうとする中、それまでレグルスくんと静かに話を聞いていた和嬢が首を傾げた。
そして可愛らしく問いかける。
「おねえさまがた、およめにいくのはいやなのですか?」
レグルスくんという暫定婚約者がいる和嬢には、純粋な疑問だったのだろう。
でも二人にとっては意識したくないことだったようで、そっと目を伏せた。そんな彼女達の状況にちょっと察するものがあって。
何やら複雑そうな顔でノアさんがご令嬢方に声をかける。
「問題があるんですね?」
こくりとご令嬢方の首が上下する。すかさず、防音と遮音の魔術を発動させた。
ああ、短い平穏だったな……。
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ぎっくり背中につき、本日の活動報告はお休みです。