口に出してないのに影が差す
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次回の更新は、10/6です。
レグルスくんがはにかみつつ、私を窺う。
「あにうえ、おれ、へんなとこない? だいじょうぶ?」
「大丈夫。レグルスくんはいつもカッコいいよ」
「よかった! おむかえにいっしょにいってくれる?」
「勿論」
そういうわけでもう一人、それもレディをお連れすることを告げて、ノアさんとアルマンさんに席を確保してもらう。
賑わう入口付近にレグルスくんと近付けば、気づいた人の波が左右に割れる。その真ん中に和嬢が穏やかに佇んでいた。
無礼講とはいえ、一応挨拶の順番がある。
和嬢は公爵家のご令嬢だけど、侯爵家の当主の私がここは最初に声をかけないと。
「お久しぶりです、梅渓公爵令嬢」
「お久しぶりでございます、菊乃井侯爵閣下」
はい、様式美様式美。
これで一通りのご挨拶は済んだので、レグルスくんの背中に触れる。するとレグルスくんが手を差し出して、和嬢に微笑んだ。
「おてをどうぞ」
「はい、れーさま」
ちょんと手を乗せた和嬢のほっぺがちょっと赤い。レグルスくんはしっかりと和嬢をエスコートしてるけど、ぴんっと正した姿勢ではりきってるのが解る。あー、かーわーいーいー!
ほわぁっと和んでいると、あちらこちらから視線が刺さる。すっと周囲を探れば好意的な物から敵意の混じるものまで様々。
子どもだけのお茶会って言っても社交界の縮図なんだから、それは致し方ないだろう。それより気になるのが、若干和嬢へ敵意を向けている人がいることなんだよなぁ。
彼女は敵を作るような性格ではないだろうから、家絡みかな……。それとなく梅渓家に連絡はしておこう。
私の前を行くレグルスくんが、和嬢をエスコートしてついたのはノアさんとアルマンさんの待つテーブルで。
和嬢が来たことを知った二人が立ち上がる。
家格が上の人が来ちゃうと立ってお迎えしないといけないの、面倒だよね。
それでもそんなことをおくびにも出さずに、ノアさんもアルマンさんも和嬢を迎える。
ここは私から和嬢をアルマンさんへ紹介。ノアさんは既に既知だから、和嬢から声をかけて席に着く。
レグルスくんがノアさんとアルマンさんとで話していたことを和嬢に説明すると、軽やかに「すてきです」という言葉が返って来た。
「わたくし、菊乃井歌劇団のファンなのです。それにノアさんのものがたりも、とてもたのしかったですし。ふたつがあわさるなんて、すごいですね!」
「はい、それをアルマン君が脚本にしてくれるかもしれない! こんなに嬉しいことはありません」
「まだ決まったわけでは……! でもそうなりたいものです」
話が弾んで何よりだ。
このテーブルもそうだけれど、集まった令嬢令息は思い思いのテーブルで会話やお茶を楽しんでいる。
まだ皇子殿下方は来られていないから、この間に人脈を拡げたりほしい情報を得るために、皆動いてるってわけだ。
そこかしこで色んな話がされている。その中になんだか甲高い笑い声が聞こえて。
子どもの声は総じて高いものなんだけれど、それでも金切声に近くて少し眉を顰める。そんな私に気付いたアルマンさんが、声のする方を見て、それからさっと顔色を青くした。
アルマンさんの悪くなった顔色に反応して、ノアさんも声のするほうに目をやろうとしてアルマンさんに止められる。
「うちの本家筋に当たる家のご令嬢なのですが、その……」
「本家筋というと、シュタウフェン公爵家の分家の?」
「はい。うちは分家の分家という感じで、距離を置こうとしているのですが上手く行かなくて……」
なるほど。彼に対してアラート的な物が出ないのは彼自身が自立の意志が高く、彼の家も親シュタウフェン派からの離脱を考えていたからか。
ともあれ、その甲高い声のお嬢さんを知っているアルマンさんが関わるなというならその方がいいだろう。
テーブルの上には紅茶の他に、どこかの領地の特産品であるリンゴのジュースや桃のジュースが並んでいた。
私は紅茶、レグルスくんと和嬢は桃のジュースを選ぶと、お菓子が運ばれてくる。
それに手に取ると、ノアさんが「そう言えば」と話し始めた。
「僕が閣下のお茶会にお呼ばれしたとき、お菓子を一緒に作らせていただいたんだ。アレもレクスの食卓に出ていた物だと聞いて、驚きました」
「そうなんですね。偉大なる魔導の王は料理も嗜むなんて、面白いですね」
「料理は薬学や錬金術に似てるという魔術師もいるからね。そういうことかと納得したよ」
「わたくしも、はじめてじぶんでケーキをやきましたの!」
「そうでしたか、楽しそうだな……!」
アルマンさんが声を弾ませる。
次のお茶会がいつになるかはちょっと不明だけど、来年もこのままならやることになるだろうな。
このまま良い関係を築けたなら、来年はアルマンさんも呼ぼうか。
そんなことを考えていると、レグルスくんが和嬢に話しかけているのに気が付いた。
「和じょう、シュシュをもってきました。よければ、おてに」
「まあ!」
そっとジャケットの内ポケットから、水色のシュシュを取り出すと和嬢の許可を受けてその手首にそっと付ける。
本日の和嬢のドレスは袖が透け感のあるシアー素材で、胸元は小さな花の刺繍が連なった、前の裾より後ろの裾の方が長い、所謂フィッシュテール。それもロングで、ふんだんにレースが使われている。水色とあらかじめ聞いていたとおりだけど、それにしてもゴージャス。
可愛く編み込みした髪にシュシュを付けるより、ブレスレットのようにした方がいい。そういうレグルスくんの判断は間違っていないだろう。
「あにうえにおそわりながら、つくったんだ」
「そうなんですね、うれしいです……!」
はにかむレグルスくんに、頬をリンゴのように赤くした和嬢が微笑む。
こういうの! こういうのがいいんだよ!
何処かの第一皇子とご婚約者様みたいに、岩塩が欲しくなるようなやり取りじゃなくて!
私には好いたの惚れたのは解んないよ。でも今見ている光景の尊さは解るんだよなー。
ほわぁっと和んでいると、ノアさんとアルマンさんも、凄く平和そうな表情で二人を眺めている。
そこに、ざっと影が三つ。
なんだと思う間もなく、背中がそわっとした。噂をすれば影って言うじゃん?
「まあまあ、レグルス様は器用ですのね?」
ばっと振り返ったそこには、ニコニコ笑うゾフィー嬢と存じ上げないご令嬢が二人。
公爵家のご令嬢でも、侯爵家の当主の私が上。だからゾフィー嬢はレグルスくんに声をかけたわけだ。
「これは、」
ロートリンゲン公爵家のご令嬢って言いかけて、ゾフィー嬢の目から温度が消えて背中が寒くなる。公の場だから畏まろうとするとこれだよ。ということは、私と親密アピールがいるんだな? OK、解った。
「ゾフィー嬢、久しぶりですね」
「お久しぶりでございます、鳳蝶様」
婚約者でもないけど、お互い名前で呼び合えるくらいには親密。
そういうアピールは多分、ゾフィー嬢が連れているご令嬢達向けって言うより、聞き耳を立てているギャラリー向けか。
さて、なんのためだ。
子ども同士のイザコザは今のところ耳にしていない。強いていうなら私とシュタウフェン公爵家の長男坊、或いは梅渓家の跡継ぎのボンボンの確執以前の何某かくらい。待って、私巻き込まれ過ぎでは?
ノアさんやアルマンさん、勿論レグルスくんや和嬢に気付かれないようため息を吐く。
それから立ち上がると、ゾフィー嬢の表情を探りつつ彼女の後ろのご令嬢に目を向けた。ゾフィー嬢に視線を戻すと、微かに頷く。
これは、アレだ。
「ゾフィー嬢、後ろのご令嬢方は? ゾフィー嬢のご友人でいらっしゃる?」
「ええ、そうです。鳳蝶様がもう会場にいらっしゃると聞いて、お連れしましたの」
「そうなのですか?」
「はい。彼女達も菊乃井歌劇団をとても好きでいらして」
きらっと光るゾフィー嬢の目に、背中がうすら寒くなった。
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