立つ鳥、お見送りまできっちりと
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次回の更新は、9/19です。
鳴りやまない拍手を背に、マリアさんと共に舞台の袖にはける。
急いで玄関に向かわないといけない。
時間はカーテンコールでシエルさんやマリアさんが稼いでくれる。
走るためにレクスの衣装の裾を端折ると、うさこがヴィクトルさんと共にやって来た。
「それではお二方とも、参りましょう」
って言ったと同時に、ぐんっと身体が引っ張られて。
足が地面に付いた感触に顔を上げると、ロマノフ先生とラーラさん、エリックさんとユウリさんが既に正装して並んでいた。
なので私も列に並ぶ。
やるのはお迎えのときと一緒でお辞儀なんだけど、これも時間がかかる。
去年はここで思わぬ再会があった。
鷹司佳仁様、即ち皇帝陛下との再会が。
アレには驚いたけど、今年はもうないだろう。
一番最初は去年と同じく宰相閣下が出て来られた。艶子夫人もご一緒なんだけど、後がつかえるから「この公演も見事だった」とのお言葉で退場。夫人は周りに見えないようにウィンクしてくれたな。
次が国賓の方々がそれぞれお出でになる。当り障りなく歌劇団の公演が見事だったという感想を言いつつ、何か話したそうに私の様子を窺って。
それでも何も言わないのは、宰相閣下がお見送りする私の横に佇んでいるから。
これも前もって言われてたんだけど、私に直でコンタクトを取ってくる国賓の方がいるかもしれない。それを防ぐために宰相閣下がいてくださる。
私は帝国貴族、臣民なのだ。そこに国を通さずに交渉ってちょっとな。
それをさせないために宰相閣下の出番なわけだ。
こちらの様子を窺っていた国賓の方々が宰相閣下の笑顔の前に撃沈していく。
お互い笑顔でサヨウナラ。
それを繰り返しているうちに、ひたりとこちらに近付いて来る気配が二つ。
やがて頭を下げる私の前にやって来て、「面を……」と一声。応じて曲げていた腰を戻せば、そこには北アマルナの国王陛下と王妃殿下がいらした。
「菊乃井侯爵、今年も素晴らしいものを見せてもらった」
「は、恐悦至極に存じます。団員に成り代わり御礼申し上げます」
胸に手を当てて再度お辞儀しようとすると、国王陛下がゆるりと手を振られた。
「そのままで。帝国と貴殿に礼を尽くさねばならぬのはこちらだ」
「私ども北アマルナの民は、皆帝国と貴方に恩義を感じています」
お二人して「感謝している」と頭を下げようとなさるから、慌てて止める。こんなことでこの人達の頭を下げさせてはいけない。私にだって階級社会のアレコレくらいあるんだから!
そう思って止めようとすると、宰相閣下が首を横に振られた。
「菊乃井侯爵、あくまで非公式。かつ卿の友人のご令嬢のご両親としての話と受け止めよ」
「は、承知いたしました」
そりゃそうだよ。
一国の王に頭を下げさせるなんてあっちゃいけない。その礼を受けるのはお国だし、皇帝陛下でなくては。
北アマルナの国王陛下は皇帝陛下にお会いして開口一番、此度の病の対処についてお礼をお伝えになったと聞いている。
これは私の友人のネフェル嬢の親御さんの気持ちだ。公式な物じゃない。
それなら私の返答は「どういたしまして」だ。それから――。
「ネフェル嬢はお元気でいらっしゃいますか?」
「ああ、勿論だとも。君と祭りの折に再会できたのが嬉しかったのだろう。いつかの日のために学問や他のことにも励んでいる」
「此度は手紙ではなく伝言を預かって来ました。『お花をありがとう』と。保存の魔術をかけて、お部屋に飾っています」
「然様ですか。私が言うまでもないでしょうが、決して無理なく焦らないでほしい、周りの人を頼ってください。そうお伝え願えましょうか?」
「勿論です」
「娘も喜ぶよ」
白い髪に碧眼、羊角の国王陛下を見ているとネフェル嬢を思い出す。
それからお二人は笑顔で宰相閣下に一声かけると「では」と共に去って行かれた。
ふぅっと大きく息を吐く。
去年はルマーニュ王国の王太子に難癖をつけられたけど、今年はいない。それはちょっと楽。
だけどここからは皇子殿下方と皇帝陛下と皇妃殿下のお見送りがあってだな。
遠いところに飛びそうな視線を引き戻して、人の気配に頭を下げる。
「やあ、今公演も凄かったな!」
「本当に素晴らしかったですわ。特にあのシエル様とレジーナ様のダンス……!」
「どのダンスも息ぴったりだよね! マリアも凄くのびのび歌ってたし」
ニコニコの統理殿下にゾフィー嬢、そしてシオン殿下だ。皆興奮冷めやらぬって感じで、ちょっとほっぺが赤い。
口々に感想を言ってくれるので、私としては首を激しく上下させたいところ。でもホスト側だから出来ないんだよねー……。
見たいだけで出たい訳じゃないし、舞台のことを語りたい。
そんな私の顔を見つつ、統理殿下が周りを見回した。
「レグルスや奏達は?」
「レグルスくんは今日は主の間で、奏君達は菊乃井で舞台を見てます」
「そうか、会いたかったけど次の機会だね。奏達は菊乃井でだけど、レグルスにはお茶会で会える」
シオン殿下がそう言いつつ、懐から手紙を取り出す。
それには皇室の印である麒麟と鳳凰の透かしが入っていて。
「じゃあ、待っているぞ」
ぐいっと招待状を押し付けつつ、統理殿下が私の耳に唇を寄せた。
「茶会のあと、少し話がしたい。残ってくれ」
「え? どういう……?」
「ちょっと相談したいことがあるんだ」
どういうことかと思って統理殿下の表情を見ると、なんか苦い顔だ。シオン殿下もそうだし、ゾフィー嬢もそう。
これは頷くよりないだろう、面倒くさい予感がするけど。
「解りました」
「そうか、助かる」
頷くと皇子殿下方もゾフィー嬢も、晴れやかな笑顔に表情を変えた。外に出るのに苦い顔をしていれば、それが菊乃井への攻撃の材料になる。
私も笑顔に切り替えてお見送り。
次の方がお見送りの大トリだ。
ゆったりと遅くもなく早くもなく。
皇妃殿下をエスコートして、皇帝陛下が威風堂々とこちらに。
形式に従って最敬礼をすれば、威厳と深みを備えた声が頭上から聞こえてくる。
それに従って姿勢を正せば、妃殿下が大映しになった。
「鳳蝶さん、今回も素敵だったわ!」
「ありがたきお言葉、臣は……」
そこまで言って、陛下のお手に止められた。
「よいよい。この間は友人としてレクスの食卓に招いてくれただろ? ちょっと遠いところに住んでる兄弟子のオジサンでいいさ」
「そうそう。お友達のお母様でよいのですよ?」
そんなわけにいくかい!
笑顔が引き攣りかけて、持ち直す。駄目だ、ペースに呑まれたら不敬一直線だよ。
静かに息を吐くと、自称兄弟子のオジサンがジト目で私の隣にいたロマノフ先生を指差した。
「なにせ師匠が師匠だ。この男、私の私室に無断で入って秘蔵の酒を勝手に持っていく時があるんだぞ?」
「は!? ロマノフ先生!?」
ぎょっとしてロマノフ先生を、私だけでなくユウリさんやエリックさんも見る。流石というかヴィクトルさんもラーラさんも涼しいお顔。
ロマノフ先生が悪戯を仕掛けるときの顔で、にやっと笑う。
「嫌な言い方をしますねぇ? 皇居の警備の点検に、陛下の私室に入れるか否かを抜き打ちでやってるんですよ。警備に就いている誰かが、忍び込んだ私に気付けばお酒は持っていきませんが、気づかなかったら持っていきます。そういう約束なんですよ」
「持っていかなかったことは?」
「今のところありませんね」
ダメじゃん。
内心で白目を剥く私の傍で「アリスでもアリョーシャが玄関に立てば気付くのに」「菊乃井のメイドさん達は勘が良いからねー」なんてラーラさんとヴィクトルさんの会話があったのは、聞こえないふりをしておいた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




