ばら色の舞台風景
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次回の更新は、9/15です。
せり上がりの板の上、マリアさんがすっと息を吸い込む。
それから最初の一音を唇から紡ぎ出した。
マリアさんには菊乃井歌劇団衣装部の職人さんが作った、ガラス玉と私が提供したビーズや色々で作られた星を連ねたようなデザインのイヤーカフが付いている。声を増幅して響かせる魔術を付与してるんだけど、それがマリアさんの華やかな歌声を過不足なく客席に届かせていた。
歌声を追いかけるようにヴィオロン……ヴァイオリンやピアノが調べを奏でる。
グスターヴ・ホルストの惑星組曲の第四章「木星」の第四主題。
この部分、色んな人に愛されていてイギリスでは「我は汝に誓う、我が祖国よ」という名前で愛されているそうな。
前世の「俺」も好きだったけど、そっちは「Jupiter」というそのままのタイトルだった。
ユウリさんもそっちの方が耳馴染みがあったそうで、こっちの歌詞を採用することに。
マリアさんが菊乃井歌劇団に客演してもらうことは既に決定事項だったから、菊乃井の感謝祭のすぐ後にイツァークさんとヴィクトルさんと協力して楽譜を起こして、それを元に練習を重ねてもらってたんだ。勿論レッスンはヴィクトルさん担当で。
リハーサルで聞いたときは鳥肌が立つくらい素晴らしかったんだよね……。そして今も鳥肌が立つくらい凄い。
その歌を背景にレジーナさんが男役さんを率いて舞台に。
同時にせり上がりでシエルさんとマリアさんが舞台に上がっていく。
沢山の男役さんがせり上がりで開いた穴を隠すように中央へステップを踏みながら集まる。燕尾服を纏った一団が、一塊に見えるようになった頃、せり上がりが終わった。そしてシエルさんの姿を見せるように散開。
マリアさんはその散開に紛れて、踊るレジーナさん達の後ろに用意された櫓のようなセットへ。
彼女がセットに立った瞬間に、その姿を観客に見せるためのスポットライトが注がれた。青いドレスがまるで星空のように煌めく。
しっとりと落ち着いた、それでいて艶やかな歌声がダンスと調和していく。
舞台中央奥から客席に近い主役が立つべき零番、つまりセンターへとシエルさんが立つ
「はっ!」
掛け声一つ。
それでざっと全員が燕尾服の袷を握り、背を伸ばして左足を斜め前へとだす。シエルさんも同じく。
組み込まれた一つ一つの仕草を、一番前のシエルさんから二番目のレジーナさんやその後の団員がとれば、まるで波のように動いていく。
曲に合わせてそういう動作が完璧に揃えられ、或いはわざとずらされ。
くるりとターンを決めたかと思えば、その場で高くジャンプを決めたり。
曲の終りに近づいて、マリアさんが櫓の上からしずしずと降りる。
彼女の姿が中央に来た頃、舞っていた男役さん達がマリアさんを挟んで左右に割れた。まるで海を割って進むモーゼの如く、出来た道を進んでマリアさんがセンターへ。
その隙にシエルさんが舞台から大急ぎではけて来た。
舞台袖でステラさんがシエルさんを受け止めて、タオルを渡す。
「お疲れ様、着替え手伝うね!」
「ありがとう、ステラ!」
ステラさんにお礼をいうシエルさんのもとに、出番が終わったリュンヌさんや凛花さん、美空さんがやってくる。
シュネーさんは反対側の舞台袖で、レジーナさん達が終わったときのフォローに回ってくれているそうな。
「次がラストダンスだからね! 頑張って!」
「お水いる!?」
「カフスボタンとイヤーカフ、こっちにあるから!」
「皆、ありがとう!」
和気藹々と準備が進むんだけど、そうなると私も準備に行かなくちゃ。
ユウリさんが舞台袖に私を呼びにやって来た。
「オーナー準備よろしく」
「はい」
頷けば、シエルさんやステラさんが「お願いします」とぺこっと頭を下げる。こちらも「頑張ります」とお辞儀をすれば、ガッツポーズが返って来た。頼もしい。
舞台に背を向けて影ソロブースに向かうんだけど、こういう時が辛い。
見たいんだってば! 出たいんじゃなくて。
最初は皆舞台で活躍してもらうために影ソロを引き受けたけど、そろそろ私が歌わなくても大丈夫じゃないかな?
だってこの千穐楽に至るまで、私は歌ってないわけだし。
オーケストラピットの中にある影ソロ用の小部屋に入ると、楽団員の皆さんがにこっと笑いかけてくる。楽しそうで何より。
いずれ彼等だけのコンサートも開きたいんだよね。
そうこうしているうちにマリアさんの歌声が終わり、音楽がそれに続いて終わる。
いよいよ最後のシエルさんとステラさんのデュエットダンスだ。
せり上がりからステラさんがピンクの光沢あるドレスでせり上がってくる。首にはバラの花を模した、これも歌劇団衣装部の人達が作ったコスチュームジュエリー。
朝露に濡れるバラをイメージして作られていて、手首にもおなじパーツを使ったブレスが付けられている。
ピアノが先行。
ドレスの裾を摘まんで右手をほんの少し上げたステラさんが、一人舞い始める。それに合わせて私が歌うのはシャンソンの名曲。
エディット・ピアフの名曲「La Vie En Rose」だ。
歌詞からの振り付けだからか、恋する乙女が優しい恋人を探してひらりひらりとドレスの裾を翻す。
目が合えば照れてしまう、でも一目見れば口元に笑みが浮かぶ。
私が気になってしまうあの人。
その歌詞と共にステラさんと同じ色のジャケットを着たシエルさんが、舞台袖から現れた。
ステラさんの細い手を取って、引き寄せる。
左手でステラさんの手を取り、右手は彼女の肩甲骨へ。ステラさんは左手をシエルさんの右腕へ。
流れるように美しく優雅に二人の身体が揺れた。
ピアノのしっとりとした優しいメロディーに合わせて、恋人達は穏やかに愛を伝えあう。
彼に抱きしめられたなら、私の人生はばら色なの。
乙女の心境に合わせて、ステラさんのドレスの裾が大きく花開く。
抱き合ったステラさんの腰を両腕で支えるように抱き寄せ、ステラさんは逆手でシエルさんの腰に突っ張るように手を当てた。そしてシエルさんがステラさんを持ち上げると、ステラさんは両足を開く。ドレスの裾がふわりと揺れて、風をはらんで揺れて。
シエルさんがくるりとそのまま一回転。ステラさんが足をかけるように動かせば、さらに優雅に裾が翻る。
その見事なリフトに観客が万雷の拍手を降らせた。
最後のワンフレーズを歌い終わると同時に、シエルさんとステラさんが固く抱き合う。両手を握り合い、未来を夢見るように客席を向く。音の終りに合わせ、再び観客から割れんばかりの拍手が送られた。
終わったー!
というわけで急いで影ソロブースから抜け出すと、待っていたユウリさんとエリックさんの 元へ。
お見送りのために玄関に並ばないといけない。
だから彼らと共に劇場の扉の前に行こうとしたんだけど、ユウリさんにサイリウムを仕込んだ大振りのダリアの花束と、それに結ばれた長いリボンを渡された。
「というわけでオーナー、マリア嬢とエトワールよろしく」
「え!? お見送りは!?」
「大丈夫。舞台が暗転したら、うさこがヴィクトルさんと一緒に転移で玄関に出してくれるって」
「このために大階段を設置したんです。フィナーレにもご参加ください」
「あ、はい」
いきおいで受け取っちゃった私の背を、ユウリさんが舞台袖へと押し出す。
そこにはマリアさんが待っていて。
「歌うのは帝都ブギウギですわ。ちゃんと練習してきましたのよ」
「私も練習を見ながら歌ってました」
と言っても私が歌ってたのは東京ブギウギの方だけどね。
こういう時はエスコートが必要だろう。
大階段の端に立つと、マリアさんに手を差し出す。
「参りましょうか」
「はい! フィナーレも華やかに飾りましょうね!」
独特な前奏を背に、私は大階段を一歩踏み出した。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




