第二回菊乃井歌劇団帝都記念祭特別公演千穐楽、開場!
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次回の更新は、9/8です。
開け放たれた扉から、夏の始まりを予感させるような眩しい光が劇場の廊下を明るくしていく。
菊乃井歌劇団帝都記念祭特別公演の大千穐楽の開場だ。
去年もやったけど、今年も大千穐楽の空飛ぶ城劇場における客席は国賓として招待された方々のための貸し切りになる。
お迎えする側としては、一直線に並んで頭を下げ続けるだけなんだけど。お客様のお顔を眺めるなんて無作法は許されない。
ただちょっと去年と違って国賓はそう多くないんだ。
件の病の対応が上手く行っていない国からの入国人数に制限をかけ、隔離期間を設けたから。
当然従う国ばかりじゃない。
ルマーニュ王国なんかは反発して、でも帝国の機嫌を損ねる訳にはいかないから、自ら招待を辞退した形をとった。
その他?
逆に帝国の方針に従ってるよ。だって帝国と地続きで国交のある国は、帝国が主導で行っている感染対策でほぼ何とかなってるもん。
そのノウハウを持って帰れって厳命されてやって来てるのだ。従うしかない。
っていう事前情報は、今朝の皇子殿下方との定例会議で教えてもらった話だ。
帝国としても助けることで国益があるのであれば何とかしてやりたい。いや、その前に疫病自体放っておけないっていう認識ではあるんだ。
それでも帝国式対処法が使えるかどうかは、向こうの事情が優先される。
この向こうの事情っていうのが難しくて、楼蘭教皇国のような宗教国やマグメルの大聖堂のような神聖魔術が乗っても違和感がない聖歌隊があるのか、もっと言えば強い神聖魔術の使い手がいるのかっていう。
他に考え得る方策はなんちゃってエリクサー飴の輸出だけど、これが……。
ようやく帝国臣民分が揃ったところで、じゃあ輸出ってわけにもいかない。同盟国、それも同大陸の方が優先度が高いんだよ。地続きはやっぱり優先される。
どうしたもんか……。
そんなことを考えている間に、国賓の方々が私の前を通りすぎていく。
言葉をかけてくださるかたもあるけども「今年も楽しみにしている」くらいかな。あとがつかえてるもんね。
一番最後に皇帝陛下、妃殿下が、その前に宰相閣下に皇子殿下方とゾフィー嬢、ロートリンゲン閣下という感じ。
次々にお入りになるお客様に見知った人が現れる。
ロートリンゲン公に宰相閣下は私を見れば、仄かに笑って私に見える低い位置で手を振ってくれた。
その次の皇子殿下方とゾフィー嬢は賑やかで。
「楽しみにしてたんだ。今年はどんなだろうって」
「マリーも出るんだろう? それも期待してるよ」
「シエル様も素敵ですけれど、レジーナ様も私気になっておりますのよ……!」
そんな言葉をかけて劇場へと消えていく。
でねー……陛下と妃殿下ですよ。
赤い絨毯をゆったりと歩いて来る姿は絵画のようなんだけど、私を見つけて二人揃って歩みを止められたときには……!
「今年の園遊会でも会えるのを楽しみにしておるぞ」
「本当に。その後のお茶会にもいらっしゃるのでしょう? 私のお茶会にもいつかいらしてね?」
「は、恐悦至極にぞんじます」
としか言えないじゃん?
この園遊会で菊乃井の領地が増えることが公になるんだ。
疫病対策は国の事業でもあるから成功しないといけないんだけど、それが外交上の武器になる程度かもというのは些か想定が甘かった。
違う。
疫病の質が悪すぎたんだ。
局地的な物で終わるはずのものが、世界規模になるなんて誰が予想できるんだっつーの。
これでなんの褒美もないってのはおかしい。他人だと思えば理解はできるよ。
悠然と皇帝陛下ご夫妻が去っていく。
妃殿下の衣装は銀の光沢も鮮やか、スパンコールの刺繍も見惚れるほど素晴らしいローブ・モンタント。
歩く度に袖と一体化したケープが揺れてため息がでそうだ。いいよね、ああいうの。
髪にはヘッドドレスの代りに私が献上した「シシィの星花」があって、物凄く配慮してくださっているのも解るし。
客席に国賓の方々が全員おつきになられたという連絡が、警備のために潜んでいるうさこから来た。
だから一緒に並んでいた先生方には客席へ、私とユウリさんとエリックさんは舞台の袖へ。
開始のアナウンスは、レジーナさんだ。
簡潔に「前のめりにならないで」「公演中はおしずかに」「客席内での飲食は控えて」「公演中は暗くなるので移動はなるべくやめてほしい」「非常時は係員の案内に従って」そういったことを、静かに語りかける。
これも観劇人数が増えて来たから専用カフェで始めたんだけど、こっちでも導入してみた。
ザワザワしていた客席が、レジーナさんのアナウンスに従って静かになる。
公演の開始を告げるブザーがなって、ふわっと暗くなった。
音もなく舞台を隠していた緞帳が上がる。
スポットライトが舞台を照らせば、軽快な音楽と共にカラフルなワンピースを纏った娘役や、同じくカラフルなベストにネクタイ、スラックスの男役たちが踊り出てきた。
伸びやかに伸ばされる指先につま先。リズムに乗って揺れる服の裾も鮮やか。
昔、前世の日本が大きな戦争に敗れ、その塗炭の苦しみから立ち上がろうとした時代に、ラジオから聞こえて来たこの曲に人々は随分励まされたと聞く。
ここは東京じゃないから帝都と歌詞を変えて、ブギウギが流れる。
帝国は戦火に包まれたわけじゃないけど、疫病との静かな戦いがあった。そこから立ち上がる強さと明るさを全臣民に。
そういう意味でこの曲が選ばれたらしい。
赤やピンク、黄色に青、他に様々な色の裾を翻し、手に手を取ってクルクルと。
ワルツほど厳密にしきたりのあるダンスではなく、どちらかといえばフォークダンスのような。それでいて心躍るステップに、観客達も楽し気に曲に合わせて手拍子を打つ。
この世界にはジャズなんてまだ根付いてないし、ブギーなんてもっとない。それでもユウリさんの歌や説明から、楽団の皆さんが才能と情熱を持って再現してくれた。それが観客に受け入れられるって嬉しいよね。
東京ならぬ帝都ブギウギの終りのピアノの音に、舞台の上では娘役も男役も揃って腕を客席に伸ばし、観客を舞台に招くようなポーズをとる。
お祭りの始まりにどっと観客席が揺れた。
そして暗転、静かに背景が宵闇に変る。
ダンスパーティーの夜を思わせるシャンデリアの映像や、賑やかなダンスホールの映像を幻灯奇術が浮かんだ。
この辺はちょっと小芝居が入って、賑やかな人の声が聞こえたり男女の笑い声が入る。
その舞台の中央に、タキシードを着たレジーナさん演じる青年が物憂げに舞台の袖からやって来た。
日々の貧しい暮らしを一時忘れるためにやって来たダンスホール、けれど自分とは身分も何もかも違う人達ばかり。気疲れした彼はそっとホールの灯りの届かぬ庭へ。
そこに同じく疲れた表情のシュネーさん演じる少女が、ラベンダー色のドレスを翻しやってくる。彼女もまた日々の生活を忘れたくてダンスホールに来たものの、あまりにも違う世界に疲れて……。
中庭ですれ違いざまにシュネーさんが転んでしまう。それを優しく受け止めた青年。彼と彼女は暫し呆然と見つめ合い、やがて二人は互いの手を取る。
恋の始まり。
少女は歌いだす。
貴方だけ、貴方だけしか見えない、と。
交わす言葉も見つめ合う瞳も、何もかも貴方のため。
青年も歌い始める。
君だけ、それ以外は何もない。心には君だけが……。
二人の声が合わさって「この世に貴方/君とただ二人だけ」と高らかに響く。
今宵、今夜。
日本語に訳せばそういう意味の単語がタイトルのその曲は、恋人たちの始まりと幸せの曲だ。
始まったばかりの恋にときめく少女は、青年の頬に愛し気に触れる。青年もまた、恋人となった少女の腰を抱きそっと頬を寄せた。
二人の手が離れ、ほんの少し距離をとってシンクロするようにつま先を跳ね上げる。足を大きく回せば、シュネーさんのドレスの裾が、大きく華麗に広がった。
それに邪魔されることなく、軽やかなステップで、離れたはずの青年の手を取って、少女は踊る。
踊りながら歌うってしんどいんだけど、二人とも息一つ乱さない。
見つめ合った二人の唇から最後の一音が紡がれる。その終り、固く抱き合った二人の前途を祝うように、光が柔らかく舞台に落ちた。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




