新しい年の初めとて
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新年初日だろうが何だろうが、朝は起きたら「おはようございます」だ。
いつも通り、鏡に向かって体型チェック。それから身支度を済ませると、ロッテンマイヤーさんを呼んで、おかしいところがないか見てもらう。
流行り病から回復して一年ほど、ずっと続けていた習慣だ。
そう、前世の記憶が生えてからざっと一年ほど。
大きな変化は沢山あって、その中でも一番大きな変化は屋敷にひとが増えたことだろう。
ロッテンマイヤーさんと朝の挨拶を交わして、その背中に続いて食堂に向かう途中で、宇都宮さんと手を繋いだレグルスくんと出会った。
「おはよう、ございます!」
「はい、おはようございます。今日も元気そうですね」
「あい! にぃにもげんきですか?」
「はい、元気ですよ」
こう言う挨拶は、貴族同士の交流のトレーニングになるらしい。なのでちょっと堅苦しくても、やっておいた方が良いとラーラさんから言われている。
メイド服のスカートの裾を少し摘まんでお辞儀すると、宇都宮さんは私とレグルスくんの後ろに。
私は宇都宮さんと代わってレグルスくんの手を引いて、再び歩き出したロッテンマイヤーさんについていく。
食堂に近づくと、それまで静かだったのが一気に賑やかになり、中に入るとその賑やかさに視覚的な華やかさが加わった。
ロマノフ先生にヴィクトルさん、ラーラさんが先に席についていたからだ。
三人が、入ってきた私に気づくと椅子から立ち上がる。
その姿は普段と違って、ロマノフ先生は白を基調とした詰襟型の、肋骨のような配置で横向きに飾緒が付けられた軍服──肋骨服で、スラックスは上着と同色。金モールの沢山付いた肩章には襟からつなげられた金の飾緒、胸には豪華な勲章が付けられ、右肩だけマントを羽織り、左半分は背中に流している。
これが大礼服らしく、ヴィクトルさんとラーラさんも、ロマノフ先生と似た格好だ。
特筆すべきは、その肋骨服の腕や袖、袖口に施された刺繍の細かさだろう。
「おはようございます、なんて素晴らしい刺繍!」
「おはようございます、刺繍より先に誉めるものがありますよね?」
「おはよう、あーたん。新年からブレないね」
「おはよう、まんまるちゃん。今年の課題が早速見つかったね」
「あ、失礼しました。お三方とも良くお似合いです」
だって、刺繍がびっちり細かく入ってて綺麗だったんだもん。
あれ、私にも出来るかな。
普段から美形だと思ってるけど、衣装が豪華だと更に際立って、まあ、皆さん美人ですこと。
目の保養をしていると、椅子から立ち上がったロマノフ先生が、私と視線を合わせるために目の前に来て屈む。
「今から皇宮での新年の参賀に行ってきます。挨拶するだけなので昼には戻ってきますが、鳳蝶くんにお願いがあるんです」
「私に、ですか?」
「はい。幻灯奇術を私やヴィーチャ、ラーラのマントに付与してもらえますか?」
「ああ、はい。それくらいならいくらでも」
頷くと、早速先生のマントに触れさせて貰う。何が良いかな。
魔術を使うのに別に歌う必要はなくて、付与を宣言すれば良いだけなんだけど、何か歌った方がイメージがつけやすい。
「先生は、どんな模様が良いですか?」
「そうですね、穏やかな春でしょうか……」
「春……」
それならばと選んだのは、隅田川の桜の美しさを詩に託した、「俺」と同郷の音楽家の歌で、マントにはピンク色の可憐な花が風に舞う様子が映る。
「僕は早春の風景が良いかな」
「早春ですね」
ヴィクトルさんのマントには、「早春に賦す」と言う意味をもつタイトルの、冬の寒さに僅かに感じる暖かさや、姿の見えぬ鴬の鳴き声に早春を想う歌を。
「ボクはね、可愛い女の子たちの目を引くようなのがいいな」
「えぇ……あー……」
何か解んないリクエストが来たぞ。
要は女の子に興味を持って誘いかける感じが良いのかしら。
それならばと、「俺」の少ない恋愛の戸棚にしまわれた曲を引っ張り出す。
モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」の中に、思春期の男の子が歌うアリアがあって、それは女性に「恋ってどんな感じ?」と自分の中の燃え立つ何かを問いかけるようなのなんだけど。
マントに触れながら歌えば、それぞれにスクリーンのように綺麗な光景を映す。
それを終えると準備万端と、エルフ三人衆は転移魔術で皇宮に。
残ったのは私とレグルスくんの二人。
広い食堂は二人だと寒々としていて、今日はなんだか二人で並んで朝食を取った。
その後はいつも通り朝のお散歩、それから生き物には新年なんて関係ないから、鶏や馬の世話に行く。これもレグルスくんと二人だ。
厩舎にはヨーゼフがいて、せっせと私の乗馬の練習用に飼っているポニーの世話をしていて。
「おはよう、ヨーゼフ。ポニ子さんは元気?」
「わ、わ、わか、若様、お、お、おはようございます。ポニ、ポニ子さんは、げげげ元気です!」
「おはよう、ございます! ぽにこさん、さわっていーい?」
「は、はは、はい」
ヨーゼフは昔から吃音気味らしい。
今年十九歳だけど、菊乃井家勤続年数七年のベテラン飼育係なのだ。
十二歳で菊乃井に来た時は、フットマンだったらしいけど、余りにも吃音が酷くて飼育係に回されたらしい。だけどヨーゼフ的には天職みたいなもので、楽しく働いているとか。宇都宮さん調べより。
厩舎に繋がれたポニ子さんは、ポニーというのを差し引いてもとても大人しい。
レグルスくんと一緒にポニ子さんにブラッシングして、飼い葉を換えたり、水を換えたり。
今日はロマノフ先生が留守だから、ポニ子さんには乗らない。
代わりに嫌がられない程度に触れあってから、ヨーゼフに夕方のパーティーに忘れないで来てくれるように声をかけると穏やかに笑う。
レグルスくんの手を引いて戻ると、折角のお正月だし、私達はお勉強はお休みにしてパーティーまで遊ぶことにしたのだった。
「遅いですね」
「だな。せんせいたち、どうしたんだろ」
「おそいねぇ」
パーティーは夕方からで、なるだけ屋敷にいる全員が参加できるように、あらかじめ料理を全部並べておく立食スタイルになっていて、冷えたら料理長が魔術で温めなおしてくれるような手筈になっていた。
源三さんも奏くんと一緒に来ていたし、エリーゼもヨーゼフ、料理長に宇都宮さん、ロッテンマイヤーさんもいるのに、エルフ三人衆が帰ってこない。
レグルスくんも奏くんも、お腹が空いてきたようで、八の字に眉を下げてお腹を押さえていて。
どうしようと思っていると、ロッテンマイヤーさんかこそりと耳打ちする。
「先生方には申し訳ないですが、先に始めては……」
「でも……」
躊躇っていると、ズズッと不穏な音がして、部屋の真ん中に魔力の渦が逆巻く。
段々と渦に光が集まって、かっと光った刹那、部屋の真ん中にはエルフ三人衆が立っていた。
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