夢幻の王の食卓 Tre
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次回の更新は、8/18です。
レクスの伴侶のレシピノートには「この世界にも似たような材料があってよかった」とか、所々日記のように感想が書いてある。
シーザーサラダは野菜が得意でないレクスも、気に入ってよく食べたそうだ。
次は星茸のスープ。
これは個別のお皿で提供されるんだけど、スープっていいつつ土瓶蒸しなんだよね。
鱧の代りに何かそういう白身魚はないのかってレクスに尋ねたら、出てきたのがシーサーペントだったらしい。
シーサーペントの骨でとった出汁を使っていて、他にも銀杏っぽいものやら三つ葉に似たものが入っている。
まず土瓶蒸しっていうのが皆さんには珍しいものだったそうで、まず私が。
添えられたお猪口に出汁を注いで、星茸の香りを楽しんだ後でお猪口に口を付ける。それから添えられたスダチに似た柑橘を絞って味変してもいいし、具材を土瓶から取り出して食べてもいい。
スダチに似た柑橘は野生にあったもので、これはプラントハンターのアントニオさんが見つけて来てくれたものだ。
土瓶に入っていたシーサーペントの身に、ルイーザさんが「まぁ……」と感嘆の声。
「シーサーペントって骨が多いのに、あまり気にならないくらい刻まれてるのねぇ」
「骨切りという技法だそうです。その名のとおり、骨を刻むことで柔らかく食べやすくする技法だとか」
「渡り人の技法かの?」
「そのようです。こちらにも海辺の方に似た技法があるそうですよ」
「そうなのか、それは知らなかったな」
世界を隔てても、人間はそう変わらないのかも知れない。
食べたい物を食べるために、共通する技を編み出す。私がいなくても、もしかしたら歌劇団だって出来ていたかも知れない。そう考えると、少し面白いような、寂しいような。
梅渓家のお爺さんも、お隣のオジサンも、見知らぬ技と滅多に口に入らないシーサーペントの身を楽しんでいる。
この技もレクスに魚を食べさせる目的で、伴侶が頑張ったみたい。
ところで、と涙香さんが首を傾げた。
「レクスって普通にシーサーペントとか食べていたの? いつも?」
「はい。というか、高級食材だと知らなかったみたいですね。レクスにとってシーサーペントは海の長いの、ワイバーンは空の煩いの、ベヒーモスに至っては山にいる大きいのでしかなかったようです」
「それは……」
「えぇ、ビックリですね」
鷹司さんと朱火さんがちょっと引いてる。
私もレシピノートにそう書いてあるのを見て、ちょっと引いた。
でもロマノフ先生とかヴィクトルさん、ラーラさんは「ああ、解る」って感じだったんだよね。これって先生方がレクスに近いからなんだろう。簡単に獲って来れるっていう点で。
だって先生方、しれっと食事を楽しんでるし。
土瓶蒸しを楽しんでいる間に、またお皿が運ばれてきた。
野菜の炊き合わせ。
大根や人参、レンコンにこんにゃくで、ちょうどお肉が入ってない筑前煮って感じ。人参やレンコンは花の飾り切りだったり星形に抜いたり。可愛く目を楽しませてくれるものだ。
メアリーさんやオブライエンが手分けして、小鉢に煮物を取り分けて配膳していく。うさおとうさこによると、レクスの伴侶はこうやって大皿を囲むのが好きだったらしい。
家族で大皿を囲む。それはレクスの伴侶にとって、幸せの象徴のようなもので。
次に出てきたのはメインだけど、これは個別に配膳される。
その料理に「え?」という、戸惑う声が上がった。
皿に乗っているのは、帝国でもおなじみのハンバーグ。
「これは?」
鷹司さんがこてりと首を傾げる。
「ハンバーグです。レクスの伴侶はもしかしたら、麒凰帝国の初代皇妃様と同じ世界から来たのかも知れません」
渡り人は色んな時代、色んな国に現れる。彼らがこちらの世界にくる前にいた所もバラバラ、共通点は転移しなかったら死んでいただろう状況だけ。
そんな中でレクスの料理ノートには、帝国で初代皇妃が伝えたと言われている料理と同じレシピがあった。それが指すのは……。
とはいえ、断定も出来ないけどね。
でも確実に言えるのは、料理ノートにあったことだ。
「レクスの伴侶にとって、ハンバーグは初めて家族のために作った料理だそうです。そして先ほどお出しした、野菜の煮物。これはレクスの伴侶の母御の得意料理だったと、ノートにありました」
家族を知らないレクスのために、元の環境とは違うながらもどうにかこうにか家庭の味を作っていた。
レクスはレクスでたった一人の家族であった伴侶のために、数多の降りかかる火の粉を全力で払っていた。
カタチもやり方も違うけれど、彼らはただ愛する人のために生きていたのだ。
これが英雄と呼ばれた人の正体。
「でもベヒーモスとワイバーンの合いびき肉なんですよね、これ」
「は!?」
「凄く良い部位を二つ、ひき肉にして。見た目は完全に普通に皆知ってるハンバーグなんです。けれどそれだけじゃなく、野菜も細かく磨り潰されて入っているんです」
食べられる野菜が少ないレクスのために、野菜の風味を前面に出さないような工夫がなされている。これもまた愛のカタチか。
レクスの偏食の話をすると、誰からともなく顔を見合わせ、食卓に笑いが溢れた。
でね、再現は上手く行ったんだけど正直に言えば食材の味に助けられているところは大きい。
調味料の種類も味も、やはりレクスの頃のままのものを使うとちょっと今の私達には物足りないんだよね。そういう話もお土産話として、〆の炊き込みご飯に関してはレシピノートのやり方と材料で、調味料は現在の物を使って。
そっちは文句なしに美味しいって言われたんだけど、前世で言うところのとり飯だったわけ。
なので多めに作ってオニギリにしてお持ち帰りしてもらうことに。
そう告げると一番喜んだのが鷹司さんだ。
普段何も欲しがらないシシィさんだけど、うちのご飯の話題にはそわっとするらしい。
デザートには猩々酔わせの実を使ったタルトをお出ししたんだけど、ルイーザさんと涙香さんはなんかバタバタして美味しさを全身で表現してた。
これをお土産には出来なかったんだけど、ジュンタさんと菫子さんの出店で猩々酔わせの実のお菓子を出していることを伝えれば凄く喜んでいた。
今回のレクスの食卓の再現に携わってくれた料理長、菫子さん、カイくん、アンナさん、魔術人形のテディを紹介すると、皆さん口々に彼らの奮闘を讃えてくれたし。
食後はヴィクトルさんの演奏会、それから地下の神殿のチェンバロでアッシュベリーさんがミニコンサートを。 図書館にもご案内。
涙香も朱火さんも即興で詩を作ってくれたり、ルイーザさんはササっと私の似顔絵を描いてくれた。肖像画でなくて似顔絵というところが、非公式の趣味の集まりっぽい。
それぞれ皆、料理や城を満喫してくれたみたい。
そのうちフリートークみたいになって。
私は朱火さんの詩を聞いてたんだけど、彼の詩って一切愛の恋のが出てこない。
「居心地がいいです、そういうの」
ぽつっと零せば、朱火さんがブンブン首を上下させた。
「解ります! 愛とか恋とか言われても、それより僕は風景とかが好きなんだ……!」
「あたしもそうだなぁ。恋も愛もいいかもだけど、世の中それだけじゃないしぃ」
隣の涙香さんもそう思っている人らしい。
たしかにこれは気が合いそうだ。
そんな話をしていると、ルイーザさんが赤い唇を引き上げた。
「閣下、そろそろ私達にレクスの食卓を見せた、或いは数多の芸術家に見せたかった理由をお伺いしても?」
「ああ、それは……」
話を始めれば、皆が真面目な表情を作る。
レクスの食卓はその素材の貴重さを除けば、その時代や渡り人が元いた世界の標準的な家庭のそれに過ぎない。
レクスは結局のところ、その何処にでもありそうな幸せを守るためだけに振りかかる火の粉を払っていた。愛する人との穏やかなありふれた生活を望んでいただけなのだ。
そしてそれは私も同じことだし。
「皆さんもそうでしょう? おおよそ芸術を標榜する者に、平和と豊かさを望まぬ者はいない。私もそうです。降りかかる火の粉には怯みませんが、自ら争いを好むことはない。それを芸術家の皆さんならご理解いただけるかと思って」
「なるほど。我らの役目は、自らの音楽や筆、言葉でそれを世に知らしめることですな」
アッシュベリーさんが重々しく頷く。
「お願いしても?」
お願いを口に出せば、芸術家の皆さんは頷いてくれた。
代りにまた城で催しをすることになったけど、成果としては上々だろうか。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




