後に菊乃井ティーパーティー社交と呼ばれる……か、どうかは定かじゃない Deux
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次回の更新は、8/1です。
アツアツの鉄板の上に、お玉でとろっと生地を流して丸くして。
お菓子っていうのは分量通りにしないと、中々思ったような成果にならないんだよね。
人数分用意したエプロンは、私の手作り。ミシンが唸れば大人用も子ども用も、そう時間をかけずに作れちゃうんだよね。
刺繍はナジェズダさんにも手伝ってもらって、耐熱・耐火を付与している。
流した生地に火が通り始めると、クリーム色の表面にふつふつと穴が開き始め。
段々と生地が固まって来たら、ていっとフライ返しで引っ繰り返す。裏はこんがり美味しそうな焼き色だ。
引っ繰り返した面も同じくらいの色が付くまで焼きまして。
いい具合に焼けたらお皿に乗せてバターと蜂蜜をたっぷりかける。
「ホットケーキの出来上がり!」
お手本がわりの完成形に、わっと皆が湧きたつ。
レグルスくんのリクエストはホットケーキだったのだ。たしかにこれならフルーツをデコレーションすることもできるし、自分で簡単に焼いてあげられる。
焦げ付きにくい鉄板は、奏くんと紡くんがこの日のために、モトおじいさんと一緒に作ってくれた物。ホットプレート的に持ち歩きも出来れば、タコ焼き用のプレートとの互換性もある。そのタコ焼きプレートも持ってきているから、ベビーカステラっぽいのも作れるよ!
上手く焼けたから、まずは妃殿下に。
鉄板は広いから、料理長やテディが補助につきながら、まずはレグルスくんと統理殿下、識さんとノアさんがホットケーキを焼く係をやって、和嬢やゾフィー嬢、ノエくんや乙女閣下がデコレーション係をする。
奏くんと紡くん、シオン殿下とアンジェちゃんにラシードさんは、ホットケーキを焼く前に引っ繰り返したバケツプリンをデコっていた。こっちは艶子夫人とエマさんが監督。
巨大プリンを崩さずに引っ繰り返したときには、皆「きゃー!!」って大興奮したよね。
そしてシシィさんはお味見係で、私のホットケーキを食べつつメアリーさんにお茶の給仕をうけていた。
「れーさま、れーさまのケーキにイチゴをのせてみましたの!」
「わぁ、かわいいね! なごちゃんみたい!」
「ゾフィーはチョコレートをかけたのか? この猩々酔わせの実も合うそうだぞ?」
「まあ、統理様ったら。そんなに色々食べたら、私太ってしまいますわ」
「ゾフィーが増えるんだな。大歓迎だ」
レグルスくんと和嬢の可愛いやり取りに紛れて、甘ったるい何かが聞こえてくる。その横ではノエくんが識さんにカスタードを付けたホットケーキの切れ端を「あーん」されている。
組分けをしくじったかも知れない。
バケツプリン組はアンジェちゃんがシオン殿下に「姫君の心得」なんてものを聞いたり、奏くんが紡くんから小さいプリンを容器から皿に移すときのコツを説明されて、すっごくニコニコしてるっていうのにさ。
その傍らで。
「ふむ、君は物語を作るのか。素晴らしいじゃないか」
「あ、いえ、そんな……」
「私は物語を作るということが出来ない人種でね。書けるということが想像もつかないんだよ」
「そうなんですか? 僕、あ、や、私にとって書くことは、息をするのと同じくらい自然なことですから」
乙女閣下とノアさんが、和気藹々とデコレーションされたホットケーキを分け合っている。
可愛い物が好きな乙女閣下は、芸術も愛する。その卵であるノアさんにも、好意的だ。
バケツプリンのデコレーションが終わると、テディがそれを切り分けてメアリーさんや宇都宮さん、スチュワード氏が配膳してくれる。
イチゴや蜜柑、ホイップクリーム、マンゴーやバナナが沢山盛られていて、お皿の中はプリン・ア・ラ・モードって感じ。バニラアイスがないから、厳密に言えば違うのかもだけど。
プリンのお皿が全員に渡るころ、ホットケーキの焼き手と飾り手も変化。
今度はシオン殿下が焼いたんだけど、ちょっと焦げた。それを何故か私に盛ってくる。
「なんです?」
「うん? 苦いの欲しいかと思って。僕も欲しいし」
「ああ……」
何となく、目線が遠くなる。
だって今度はゾフィー嬢が焼いて、ホイップクリームとチョコレートをかけたホットケーキを統理殿下に「統理様、あーん」とかやってるんだもん。
いくら私的な会だっていっても親御さんの前ですが?
そう思ってシシィさんの様子を見ると、こちらはノアさんを捕まえて「どんなお話を書いているの?」とか尋ねている。息子と将来の義理の娘の行状を見てない。
じゃあ艶子夫人はといえば、ノエくんの背中の羽に興味津々。識さんも交えて、二人の馴れ初めとか聞き出して「若いって素晴らしいわ~」だってさ。
ラシードさんとエマさん?
二人でマンドラゴラ談義やってるし、アンジェちゃんは乙女閣下と「騎士の心得」談義だよ。
ダメだ、突っ込みがいない。
そんな中、ゆっくりとヴァイオリンの優雅な曲が流れ始める。
ふと見れば、ヴィクトルさんがヴァイオリンを弾きに来てくれたみたい。
ロマノフ先生はお茶会に来られない、ご近所のオジサンや帝都住みの兄弟子や、将来親戚になるおじい様に呼び出されて、お酒の相手をさせられるそうな。
ラーラさんはお嬢さん方の引率。そしてヴィクトルさんが護衛兼音楽家として残ってくださったのだ。
美味しいお菓子とお茶に、優雅な音楽。実に風流。
穏やかな雰囲気に浸っていると、ちらっとヴィクトルさんから目配せがあって。
この会にノアさんを呼んだ理由は、先生方には話してある。それを果たすときなんだろう。
シシィさんと乙女閣下の間で多少緊張の面持ちのノアさんに、ゆっくり声をかけた。
「ところでノアさん」
「は、はひ!」
「貴方の書いている物語なんですが、ご披露くださいませんか?」
「え? あの」
ノアさんがちょっと戸惑う。でもお茶会に呼ばれた理由を思い出したのか、着ていたジャケットの内側から小さな手帳を取り出した。
そしてお辞儀を一つ。頭を上げたときには、その目には野心の灯。
「それでは、どうか私の作った物語をお聞きください」
静かな声で始まった朗読に、すっと観客の背筋が伸びる。
昔々で始まったその物語は、ありていに言ってしまえば恋と冒険の話だ。
この世界ではない何処かの、神様が去ってしまい魔術だけが地上に神様の名残として残された土地のとある国。
その国で敵対する家の息子と娘が恋に落ちた。
けれど家同士が敵対している以上、二人が結ばれるなど夢のまた夢。
二人は家同士の争いの根を断つべく、敵対の理由を探り始める。しかし二つの家に和睦されては困る魔女が、恋人達に呪いをかけた。
女には夜、黒い猫になってしまう呪いを。男には昼間に銀の狼になってしまう呪いを。
ともにありながら、けれど言葉も交わせないような状態にされた恋人達。
「けれど、ヨハンナは言うのです。『昼間、私が人の身であるときには貴方への愛と信頼を連ねた手紙を書きましょう。どうか貴方も夜のうちに、私への手紙をお書きになって? その手紙を貴方のお心と信じ、苦難の道をともに行きましょう』と」
すっと手帳から、ノアさんが顔を上げる。
ヒロインの健気さに心を打たれつつ、ヒーローの返事を待つ。
しかし、無情にもノアさんがにこっと笑った。
「本日はここまでと致しましょう」
「え!?」
ざわっと部屋の中の空気が揺れる。
良いところじゃん、ここからだよ!?
そんな顔をしてたのは、私だけじゃないようで。
「まだお時間はあるのでしょう?」
「続きが気になるのですけれど?」
鷹司シシィさんと艶子夫人がやわりと「続きはよ!」という圧をかける。
ノアさんは苦笑いで頭を掻いた。
「鋭意製作中につき、しばしお待ちください」
なんてこったい、殺生な。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




