文系よ、野心を灯せ
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次回の更新は、7/18です。
改めて招待状をお出しすることを決めて梅渓邸を辞去した後、私の仕事には招待状書きが加わった。
お食事会の招待状は、パンフレットの印刷を受けてくれた業者さんに同じ文言――テンプレの印刷だけ幻灯奇術を仕込んだ上質な用紙に頼んで、個人用に一筆入れていく方式に。
手書きが喜ばれるのはどこの世界もそうなのかも知れないけど、菊乃井の技術を見せるための仕様だ。
そういう仕事と並行して領内の色々。
産休育休もだけど、父親経験者・母親経験者からの体験・経験談の収集も開始された。その事業のための部署も立ち上がったので、役所は今凄く忙しい。
いずれその部署は前世でいうところの保健所的な役割を担うことになるんだろけど、今は対人保健……領民への病気予防的な助言や指導を行うのをメイン業務としている。対人だから出産、妊娠、幼児検診、発達相談、親子教室なんかも扱うし、件の病を中心としたあらゆる感染症もここの対応だ。
私の主治医のパトリック先生が中心になって、協力してくれるお医者さんと頑張ってくれている。
その間に菊乃井歌劇団のゲネプロがあった。
今年もご招待した芸術家や文化人の皆さんにおかれては、感涙するほどの出来だったみたい。
歌劇団のオーナーとして挨拶に回ったんだけど、どの人も情熱的に歌劇団の良かったところを語ってくれた。
感想の中には「ここ残念だった」というのも、多少。
でもそれも「こんなに良かったんだから、ここが良ければもっと良かった」という感じなので、ありがたく改善のために参考にさせてもらうこととしよう。
そのついでといっては何だけど、お食事会の招待状をお配りさせてもらった。今回のゲネプロにご招待した方は、ヴィクトルさんが食事会の日時の予定の有無を聞いておいてくれた方々だからお断りされることはない。それでも形式は必要なのがお貴族ってやつなんだ。
去年のゲネプロには統理殿下に突撃されたけど、今年はそんなこともなく平和に終了……ということもなく。
「来ちゃった!」
「今年も凄く良かったぞ」
座席の最前列に、レグルスくんと見覚えがあるも何もない二人と見覚えのない人が一人。
ひくっと口元を引き攣らせたら、見覚えのない人がビクッと肩を撥ねさせた。
「何故、いらっしゃるんです?」
「え? お忍び? ロマノフ卿は知ってるぞ?」
「僕は去年見られなかったしね。あとお茶会? 出席するから、招待状貰いにきたよ」
おのれ、ロマノフ先生! 今年は謀ったな!?
ぐぬぐぬしていると、席から立ったレグルスくんがちょんと私の袖を引く。どうしたのかと顔を向けると、そっとレグルスくんはシオン殿下の隣で青褪めて小さくなってる人に視線を向けた。
「えぇっとね、シシャクケ? のひとなんだって」
「シシャク……えぇっと、子爵かな?」
本人の目の前でお行儀的には良くないんだけど、ぽしょぽしょとレグルスくんから耳打ちされる。
子爵家の子どもが皇子殿下にとっ捕まって、更に侯爵家の人間にいきなり会わされるって怖いだろうな。
現に話しかけるのが可哀想なくらい青褪めて、全身を縮ませている。けど、結構背が高いみたいで、あまり小さくはなってない。
年の頃はシオン殿下と同じくらいだろうか?
レグルスくんと顔を見合わせて、そっと声をかけた。
「お顔の色が悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ひぇ!? だ、だだ、大丈夫です、閣下!」
「そうです? えぇっと、申し訳ないのですが、どちらのお家の……」
そこまで言うと、統理殿下が「お?」という顔でこちらを見る。
「ああ、ベルナール子爵家の嫡男ノアだ」
「この城の前でため息を吐いていたから、連れて来たんだよ」
「それはそれは。大変な目に遭われましたね。さぞ強引に手を引っ張られたことでしょう。怪我とかしてません?」
シオン殿下の説明に、心底同情するように言えばお二方から「言い方!」と抗議の声があがる。それにジト目を返すと、ベルナール家の御子息が青褪めた顔のまま、ブンブンと首を横に振った。
「あ、いえ、そんな!? あの、このお城で通し稽古が開かれると聞いて、見てみたくて。でも招待状を持ってないので……!」
「そういう事情だったらって、連れて来たんだ」
あっけらかんと言ってるけど、今日来ること自体は実はソーニャさん経由で三先生に伝わってたらしい。城の外にはちゃんと護衛のために、近衛隊が配備されているとか。
大きくため息を吐く。
そういえば第三者がいるというのに、皇子殿下方にとんでもない態度を取っていた。謝罪しようとすると、統理殿下が手をひらひらと振る。
「この城内は無礼講だ。友人と気安く話せる場所が、皇居以外にもほしいからな」
「然様で」
「うん。だからたまにアポなしで来ても大目に見てよ」
「それは近衛の隊長や副隊長の胃が心配なのでご遠慮申し上げます」
シオン殿下は笑顔だけど、私の脳裏にはお腹を押さえている近衛の隊長・副隊長コンビの姿が浮かぶ。
統理殿下もなんかにこやかに。
「ああ、二人には俺のマンドラゴラの葉っぱを定期的に渡してるから大丈夫だと思うぞ」
「せめて加工してから差し上げてください。胃痛に苦すぎる青汁とか可哀想じゃないですか」
何にも大丈夫じゃない。とんでもなく苦いんだ、マンドラゴラの葉っぱの擦り流し。
そんなやり取りをキョトンとしてベルナール子爵家のご子息が見ていて、ほんの少し笑顔になった。
すかさずレグルスくんが「おけいこたのしかったですか?」と話しかける。驚いた様子だったのは一瞬。ベルナール子爵家の御子息は、もげそうな勢いで首を上下させた。
「凄く楽しかったです! こんな華やかな舞台で、いつか私が書いた物語が劇として上演されればな……なんて思ってしまうほどです!」
「おお、物語をお書きになるんですか。それは素敵な!」
「すごいですね、あにうえ!」
レグルスくんと手を合わせてそう言えば、子爵家の御子息が仄かに頬を染める。けどそれもすぐにしゅんと萎れてしまった。
こそっとシオン殿下が教えてくれる。
「ベルナール子爵家では『そんなもの何の足しになるんだ、無駄なことをするな』って叱責されるらしいよ」
「おや、まあ」
「なんでだめなんですか? なにかのやくにたたなきゃ、なにもかもだめなの?」
レグルスくんの言葉にベルナール子爵家の御子息の目が見開かれる。
まあ、文学だの芸術だのは、そこに価値を見出さない人にとっては無駄だろう。だけどそれは文学だの芸術だのだけでなく、何かに関心を持たない人にとっては何であろうと無駄なのだ。そんなことで傷付く必要はない。
とはいえ、彼は子爵家の跡取り息子なんだろう。そうなると、利益を生み出さない物に熱中してると当りは強かろうなぁ。
またしょんぼりしてしまった御嫡男に、レグルスくんまでしょんぼりだ。
私はレグルスくんのしょんぼり顔なんか見たくないんだよねー……。
はふっとため息を再度。それから懐に手を入れて招待状を取り出した。三人分。
一枚は統理殿下に、もう一枚をシオン殿下へ。残った最後の一枚をそっとベルナール子爵家御嫡男に差し出す。
「あの、これは……?」
「私が私的に催すお茶会の招待状です。本当に私的な会なので平民の友人も来ますが、高位貴族の友人も来ます。貴方もいらして、その書いている物語をご披露ください」
「え!? や、でも、これは皇子殿下方もいらっしゃるのでは……!?」
目を白黒させるベルナール子爵家の御子息に、統理殿下もシオン殿下も「是」と頷く。
「本当に私的な会です。お菓子を自分達で作ったり、古楽の演奏をしたり、お茶を楽しんだり。友人を友人に紹介する会でもありますから、まあ、そのあたりはね? 自分の物語を無駄だと言わせないために何でもする覚悟があるなら、私のお茶会においでなさい」
ここまで言えば解るだろう。
息を呑んだ子爵家の御嫡男の目に、野心の光が灯った。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




