眠ってた熊を起こすこと
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次回の更新は、7/11です。
司書のめんちゃんは料理長や菫子さんが英雄の食卓についての資料を探しているのを知っていた。
だけどめんちゃんはこのノートを出してこなかった。
何故か?
答えは簡単。
めんちゃんにとってレクスとその伴侶は英雄ではなく、愛すべきポンコツ主人とその大らかで優しい伴侶でしかなく。料理もまた、一般家庭のそれだったのだ。
つまり灯台下暗し。
めんちゃん曰く「言ってくれたら出しましたのに~」だそうな。
これに関してはうさおもうさこも「あの人が英雄……?」という感じだったので、偉大な魔術師という認識はあっても、彼らにとっては愛すべきポンコツ主の印象が強いようだ。
夢幻の王から見せられたマグメルの守護者であるガーゴイルのゴイルさんの思い出を鑑みるに、然もあらん。
というわけで、レクスの伴侶のレシピノートのお蔭でお食事会の方は何とかなりそう。
材料の方も大半は普通に手に入るものではあったんだけど、肉・魚類がちょっと。
野菜は屋敷の菜園で収穫したものを使うのでいいんだけど、一般家庭の食卓にワイバーンやシーサーペントは並ばないんだよなー……。
でもこれに関してはうちは強い。
ワイバーンは先生達が用意してくれるそうだし、シーサーペントに関しては手紙で相談した次男坊さんが「お安い御用」ってさ。
丁度良くレクスの伴侶のレシピノートのデザートには、猩々酔わせの実を使った物もあった。
食材の心配はない。
あるとするなら、設備を使いこなせるか。
空飛ぶ城の調理場ってレクスの伴侶仕様になってるから、そこに慣れないといけないわけだ。
大体は屋敷の調理場と同じなんだけど、レクスの城だけあって精霊がそこかしこに宿っててですね。
何やらお手伝いしてくれようとするんだけど、ピヨちゃんや夢幻の王の中にいるのほど強くない彼らの声を、料理長も菫子さんもアンナさんもカイくんも聞けないんだよ。
そこで。
「そうですね、調理場のお手伝いを起こしましょう」
「それが良いですね。ではではご案内いたしましょう」
そっくりなウサギが二匹、ぴこぴこと耳を揺らして調理場を先導する。
私の横にはレグルスくん、その少し後ろを料理長と董子さん、アンナさんとカイくんがついて来ていた。
二匹のウサギが調理場の一番奥のガラス戸の棚の前で止まる。棚には何やらコックコートとコック帽を身に付けた熊の縫いぐるみがあって。
「レクスの伴侶の料理助手、テディです」
「どうか、魔力を込めて触ってあげてください。それで目を覚まします」
戸棚のガラス戸がひとりでに開く。棚からふよふよと飛んで出て来た子熊の縫いぐるみをしっかり捕まえた。抱っこしてそっと魔力を注ぐと、黒いガラスの瞳に光が宿る。
そしてふぁっと欠伸。布の両手を空に向けてぐっと伸びをすると、熊の縫いぐるみは自身を抱いている私を見た。
「おはようございます?」
小さな子どものような声が縫いぐるみから出る。
その声に同じく「おはよう」と返すと、縫いぐるみは周りを見回す。そしてうさおとうさこを見つけると、機械的な響きで「状況説明を」と声をかけた。
うさおとうさこの目が光る。
いつだったか、めんちゃんを起こすときにもやったように、うさおが耳をぷるぷるさせて「情報を転送します」と告げた。受け取る熊の縫いぐるみも、熊耳をぴこぴこさせる。待つこと数秒。
「情報解析終了。テディです、よろしくお願いいたします」
縫いぐるみだから表情は固定のはずなんだけど、笑った気がする。レクスの魔術人形達は皆、表情豊かだ。
うさおからある程度状況を教えられたテディは、私の腕から飛び降りると料理長や菫子さんにも「よろしくお願いいたします」と頭を下げる。アンナさんやカイくんには少し砕けた様子で「よろしくね」と声をかけた。
人間関係の情報も解析できるというのは、実に有能だ。レクス、マジで怖いな。こんな魔術人形達をゴロゴロ準備してるんだもん。
そんなことを思っていると、テディがくるっとターンした。
「テディはずっとあのお方の助手をしていました。それがテディのお役目ですから。調理場の器具の使い方、精霊へのお願い。そういったことはテディに全てお任せください!」
両腕を拡げてアピールするテディに、料理長が手を差し出す。
「これからよろしく頼むよ、テディ」
「はい!」
「うちもよろしくね、テディちん」
「勿論ですとも!」
菫子さんとも握手、アンナさんやカイくんとはヨロシクのハグだ。人懐っこい。
それから私とレグルスくんに向き直ると、テディは恭しくコック帽を取って、右足を引き、右腕を胸に添えて、左手を横に水平に――ボウアンドスクレープ、最上級の礼を取って見せた。
「新しいご主人様方にご挨拶申し上げます。それからお願いを一つ」
「はい、聞きましょう」
「レクスの伴侶のあの方は、自分がレクスを置いて逝くことを知っていました。自分がいなくともレクスに変らぬ食事を出せるように、レシピを遺してくださったのです」
でもその伴侶の気持ちを分かっていながら、レクスは伴侶亡き後テディを封印したそうだ。
彼のいない食卓で、彼の作った物と同じものを食べることは出来ないから、と。何をどうしたところで、彼の作った物と同じ物は誰にも作れない。それを思い知らされるのが辛いとして。
レクスはもうその頃にはほぼ妖精のような性質になっていたから、食事をする必要もなかったというのも大きい。
けれどレクスへの伴侶の愛を託されたテディは、レクスに食事を作ってあげられなかったことが無念で仕方ないのだそうだ。
だからどうか、普段の私の食卓にも時々レクスのレシピを出させてほしいのだという。
「んん? それでいいの?」
「はい。そしてご主人様方のためのレシピも、テディに与えてほしいのです。あ、お願い二つです」
二つだろうが三つだろうが、叶えられる限りは叶えるけども。
ちらっと料理長を見ると、彼がにかっと笑った。いいってことだな。
それだったら私の返事は決まっている。
「解りました。食卓にレクスのレシピが加わるのは大歓迎だし、私のためのレシピは料理長から教わってもらったら」
「はい!」
嬉しいのか、テディがピョンピョンと跳ねる。
それを見ていたレグルスくんがにこっと笑った。
「おれはねー、あにうえのさんかくおやまのたまごやきをおぼえてほしいな!」
「三角お山の玉子焼きですね! 他にはありますか?」
「えぇっと、スフレパンケーキでしょ? だしむしたまごにたこパでしょ?」
「ふむふむ、どんなものか説明していただけますか?」
こてんと首を傾げるテディに、レグルスくんがアレコレと説明する。
それを聞いているうちに、テディが何だか困惑した表情になって。
というか、縫いぐるみが困惑って本当にレクスの造形の腕がエグい。
感心していると、テディがぼそっと呟く。
「レクスのためのレシピノートに、たこパという物と出汁蒸し卵という物に似たレシピが載ってますよ?」
「へ?」
「異世界で彼が食べていた料理で、レクスが好んで食べていた物ですが……。何故ご存じなのですか? 他の渡り人から伝わったものですか?」
テディの言葉に、料理長や菫子さん、アンナさんやカイくんの目が一斉に私に向く。
そうだった。
レクスの伴侶って、夢で見た感じ日本人ぽかったんだよね。
今の今まで忘れてたけど、彼が茶碗蒸しやタコ焼きをレクスに作っていても何の不思議もない。それがレシピに遺ってても、だ。
ひぃ、ヤバい。
ダラダラと背中に汗が流れる感触がある。
「そ、それはですね……」
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