社交もまた一つの戦い
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次回の更新は、6/30です。
一朝一夕に帝国全土の流通問題を何とかするっていうのは、ちょっと無理。
でもその状況が菊乃井には有利に働く。
文化面でも技術面でも、菊乃井は最先端であること。
それを宣伝するのに、当代一の芸術家や文化人の皆さんにご協力いただく。
こっちの世界の芸術家や文化人は、前世で言うところのインフルエンサーだ。彼らを満足させることが出来れば、菊乃井の大きな力になってくれるだろう。
他では出来ないことが菊乃井では出来る。夢が菊乃井では叶うのだ。それを彼等の手や作品、言葉で広めてもらう。
壮行会の翌日は先生方と会議。
菊乃井でお食事会を開く真意を話せば、先生方は「なるほど」と頷いてくれた。
「私を題材にしても別にいいですけど、それよりも流通の問題で現地でしか食べられない・見られない食材が菊乃井では手に入る。それだけの技術と人材が菊乃井にはある。それを喧伝してもらう。それが本命ですね」
「そうだろうね。でもまんまるちゃんが釣り餌であれば、色々引っかかるのは多そうだ」
「そりゃねぇ。ちょっと思い浮かべただけでも、大物が結構釣れるよ」
「社交界であればゾフィー嬢や梅渓家の艶子夫人にもご出席していただければいいかも知れませんね」
正直、苦痛はある。
私に会いたいというのは、純粋に興味があるということだろうけれど、それってこちらからすれば値踏みされるってことだから。
けれど私は領主、領の顔だ。領を良いほうに向かわせる責任がある。
笑顔だのなんだの一つで、これからしようとしていることが潤滑になるのであれば、使わない手はないんだよなー……。
とはいえ、芸術家や文化人を侮ってはいけない。
彼等の相手をするっていうのは、老獪な政治家を相手にするのと変わらないだろう。ゾフィー嬢やシオン殿下みたいな癖つよがうじゃうじゃしてるとみて間違いない。
私自身の価値を、彼らに示さないと。
差し当たりやらないといけないのは、お食事会のメニュー決めだ。
「どんな感じが良いですかね?」
「料理長の腕なら、正直何を出しても大丈夫とは思うけれどね」
「そうですね。帝都にもあのレベルの料理人は中々いないでしょうし」
ラーラさんやロマノフ先生の言葉は真実だよ。
だって皇子殿下達が感動するぐらいだもん。ゾフィー嬢も、苦手なお肉を美味しく食べられたっていってたし。
でもそれは、菊乃井の技術を見せつけるのとはちょっと違う。
目新しい物、目新しい技術。そういうものを見せられるものでなきゃ。
「そういえば、料理長って渡り人の料理研究してたじゃないか? あれは?」
「ユウリが自分で料理する人だったから、ある程度は聞いてるらしいけど」
「しかしそれが目新しいのは渡り人の技術だからです。菊乃井の発展と関りがあるかといえば、どうでしょうね?」
先生方も料理は正直専門外だから、この辺はどうにも。
ならば専門の人に意見を聞く方がいいだろう。
「菫子さんにも助力を願いましょう。彼女は食の歴史も研究しておられたそうだから」
そういうわけで、早速お手紙の出番だ。
サラサラと用件を認めると、天井からみょんっと降りて来たタラちゃんにお使いを頼む。
菊乃井の町中でタラちゃんが歩いていても悲鳴を挙げたり怖がる人はいない。その代わりに私の使い魔だって知ってる人から、お花もらったりするんだよね。
お菓子をくれる人もいたんだけど、申し訳ないけどタラちゃんはそういうの食べられないってお手紙をだしたら、次からお花を飾り付けてくれるように。
タラちゃんは女の子なだけあって、尻尾のリボンにお花を飾ってもらうのが嬉しいみたい。
ぴょんぴょんと機嫌よさげに尻尾を揺らして、タラちゃんが部屋を出ていく。
料理長にも菫子さんに助力を頼む旨を伝えなきゃだけど、こっちは他所からの手紙を届けに来たオブライエンに託した。
それでメニューは一先ずいいとして、材料なんだよ。
猩々酔わせの実や、マンゴーに似た果物は絶対に使ってもらう。あれは菊乃井の流通技術や他の印象付けになるから。
その他もインパクトがほしい。
でもリュウモドキ食べちゃったしな。
あと、屋敷の水差しのお水は使わないようにしないと。人間に用意できる限界を超えてるし。
そんな話をすると、ラーラさんがぽんっと手を打った。
「じゃあ、お水はボクが汲んで来てあげるよ」
「うん? なにかあるんですか、お水……」
そりゃ普通のお水よりも、美味しい湧き水とかの方がいいのかも知れないけど。
でもこっちの世界って渡り人のお蔭で、前世の中近世、或いは近代より上下水の整備が進んで、現代に近いんだよ。だからどこの地域も基本的に帝国はお水が美味しい。その分設備や色々にお金がかかってるから、帝国民が払う水にかかる利用料は諸外国よりちょっとお高め。安全が保障されてる分どうしても、ね。
閑話休題。
首を捻ってると、ヴィクトルさんが「ああ」と呟く。
「あーたんのお正月に使った糸を染めたときにも使ったっていってたっけ?」
「ああ。あれなら芸術や文学をやる人なら喜ぶんじゃないかな?」
「アレは冒険者ギルドで発注をかけても、中々持って来られないらしいから目玉になりますね」
話が三先生の間でドンドン決まっていく。
っていうか、私の正月の衣装に使われた水って何? 何が使われてたわけ? 冒険者ギルドで発注をかけても中々手に入らないってどういうお水なの?
聞きたいやら、主に値段的な意味で聞きたくないやら。
いや、お客さんに出すものなんだからビビってる場合じゃない。確認のために「なんのお水なんですか?」と声に疑問を乗せれば、ヴィクトルさんがにこっと笑った。
「あー、ちょっと芸術とか文学をやる人の間で験担ぎみたいなお水があってね?」
「ええ、昔から有名なんですよ」
「水をそのまま飲んでもいいし、染物とかに使ってもいいんだ」
「そうなんですね。それで、どういうお水なんですか?」
ロマノフ先生もラーラさんも、どんなお水かは話してくれるんだけど現物が何なのかは微妙にはぐらかされている気がする。
お食事会に使うんだから、特別な何かではあるんだろうけど。
だけど、だ。
考えてみれば変若水とか非時香菓ほどの物は地上にはないだろう。入手が困難だけど、人の手で何とかなるものに違いない。それなら、まあ、うん。
メインになるような食材にしても、人の手で手に入れられないことはないけど難しいものがいいだろう。
それを定めるのはメニューが決定してからの方がいいかな?
料理長や菫子さんの意見も欲しいところだ。
それならってことで、一旦この話は終了。あとは菫子さんのお手紙の返事を待つことに。
会議は解散。
オブライエンが持ってきた手紙に話題が移る。
差出人は皇子殿下方だった。先生達が見守る中、封を切って中を見れば。
「お茶会の招待状か」
「去年も今頃だったよね」
「和嬢やゾフィー嬢も交えて、別日にお茶会をしたいとも書いてますよ」
お茶会参加は決定なんだよなー……。
去年と違って問題は抱えていないから、その分は気楽でいい。
今年はシュタ何とか公爵家のボンボンも大人しくしてるだろうとも書いてあるし。
なんか正月の美談(笑)が未だに尾を引いているらしくて、どこでも結構クスクスされているそうな。
あそこは去年の子どもだけのお茶会から、うちに何かと関わって来てるから今年もやったら本当に目も当てられないことになる。
特に最初に私に吹っ掛けた長男はがけっぷちだ。だって弟の次男坊さんが竹林院の名跡を復活させたうえで、独立するんだから。
それって長男より次男にお国は期待してるって、公然に発表したようなもんだ。
もうこれ以上の恥の上塗りは出来ない。
「……と、理解しているといいですね?」
「先生、怖いこというのやめてもらっていいですか?」
ロマノフ先生の言葉にげっそりする。けど、目が泳ぐのは仕方ないと思うんだよな……。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




