花も実もあるお方のために
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次回の更新は、6/23です。
母体が摂った栄養が、赤さんの栄養になるのはこの世界でも一般教養。
じゃあ変若水や非時香菓を日常的とまでは言わないけど、わりと頻繁に口にしている菊乃井ではどうなるのか?
アンサー、別にどうもならない。
母親が丸一個食べたとしても、母親というフィルターを通してるから子どもは丸一個食べたことにならない。それは母親にもいえること。親子で半分こって概念になるそうな。
能力開花に関しては下駄は履かせてもらえるかもしれないけど、成長過程でその開花した才能方面の研鑽に繋がらなきゃそれまで。神童も二十歳過ぎたらただの人、ということになるとか。
恩恵といえば栄養がよく回るから、生命力は強くなるかも……くらい。
ロスマリウス様やイゴール様、氷輪様に教えてもらった話、本当は私にとってこっちが本命だったんだけど、それを告げればロマノフ先生が笑う。
「なるほど、それで仙桃や非時香菓を丸一個食べたら……という話になったわけですか」
「そうです」
まあ、ちょっと違うんだけど。
とりあえずもっともらしい説明は出来たようで、ほっと一息。
成り行きとはいえ、赤さんが双子とか性別がどうって話はセンシティブなもの。本当はルイさんと一緒に聞きたかったろうに、先に聞いてしまったことには罪悪感が湧く。
なので「先に言っちゃってごめんね?」と謝れば、ロッテンマイヤーさんが首を横に振った。
「いいえ、実は本日健診をしていただく予定だったのです。ですので今日きっと解っていたでしょうから」
「そうなんだ」
とはいえ、先生の診断が正しかったって話をどうするかだよね?
そこを気にしていると、ラーラさんがヴィクトルさんを指差した。
「ヴィーチャが見ちゃったことにしたらいいじゃないか」
「ああ。最近は目を遮断してるけど、オープンにすれば見えるからね」
「あ、じゃあ、それでお願いします」
「はいはい、心得ました」
ヴィクトルさんにぺこっと頭を下げると、ひらひらと手を振り返してくれる。
ご飯も美味しかったんだけど、別の意味でお腹いっぱいになった朝食を終えて、レグルスくんと庭へ。
今日は姫君様とお会いする日。
いつものように奥庭に行けば、大輪の牡丹が綻んだ。
中から立ち上る香気と、人形を作る光に「おはようございます」と声をかければ、「大儀」とお返事が。
しゃらりと涼やかな衣擦れに顔を上げれば、姫君様が何やら呆れたようなお顔。
「今更そなたが水にしても桃にしても橘にしても、他人に分けることを叱ろうとも思わぬわ。旨いとなれば神にも地上の物を食させる者に、企みも何もなかろうよ。そなた、妙なところで抜けておるゆえな」
「う゛」
返す言葉もございません。
だって根が食いしん坊なんだもん。じゃなかったら、五歳児であんな真ん丸なわけないんだよ。
バツが悪くてそっと目を逸らそうとすると、姫君様の手の中で団扇がひらりと翻った。
「そのくせ、この妾に何も饗さぬことには些か腹が立つがの」
「え!? 姫君様、そういうのご興味がおありだったんですか!?」
びっくり。
ついつい声を上げてしまったけれど、姫君様はふいっと横を向いておしまいになる。
姫君様は歌舞音曲やお洒落の話には分かりやすく乗ってくださったけど、食べ物の話にはそうでもなかった。だからご興味が薄いと思ってたんだけど、実はそうでもないんだろうか?
ちょっと考えていると、姫君様が恥ずかしそうにお顔を団扇で隠されて。
「興味はなかった。なかったが……何やらイゴールや海や山のが楽し気にしておるし、氷輪もそれに混じっておる。気になってくるではないか!? おまけにひよこの許婚も日記に、そなたの家の菓子が美味であったと書いてくるし!」
照れておられるのか、普段よりも大きなお声。
それを受けて、レグルスくんがぽんっと手を打った。
「あー、そういえば。あにうえ、なごちゃんはくだものならなんでもすきなんだって。こんどくだもののおかし、つくってほしいな!」
「あ、そうなの? 解った、料理長にお願いしてみるね」
可愛いお願いに心がぴょんぴょんする。
帝都の記念祭には料理長にも出張してもらって、知ってる人だけ招いてお茶会を開くのも悪くないかな?
そんなことを考えていると、姫君様がむすっと頬を膨らませる。
「妾も! 妾にも何か饗せよ!」
「あ、はい」
となると、材料からきちんと選ばないと。
少し考えて、ふとレグルスくんに声をかける。
「レグルスくん、お庭の桃なんだけど」
それだけでレグルスくんにどうしたいのか伝わったようで、にぱっと笑って「いいよ!」と言ってくれる。
了解も取れたことだし、改めて私は姫君様に跪いた。
「姫君様、当家の庭に桃の木が育っております」
「知っておるとも」
「その桃、今年早くも実をつけるそうです。今からより丹精込めて育てますので、実の出来が良ければそれで姫君様のお為に菓子を作りたく」
「許すぞえ。ただし艶陽の分も用意せよ」
「は!」
「はい!」
元気よくレグルスくんも一緒にお返事してくれて、姫君様も柔らかに微笑んでくださる。
お菓子か、頑張ろう!
そんなわけで今日もお歌を歌って、楽しい奥庭の一時を過ごした。
お蔭で色々チャージ出来たので、山積みの仕事もちょっとは捗るかと思いきや。
「……なんですって?」
「は、海の向こうの大陸で件の病が流行の兆しを見せています」
オブライエンの淡々とした報告は、実にあっさりしていた。今日のお昼ご飯のメニューでも読み上げてんのかってくらい、無感動。
こっちの大陸ではルマーニュ王国以外、ほぼ件の病は終息したとみていい。それでなんで海の向こうの大陸なのか。
これはオブライエンが掴んだ情報によると、あっち側の国とルマーニュ王国の経済活動の末のことらしい。
今、こっちの大陸はルマーニュ王国からの入国をどこの国も制限してる。だって件の病が治まってないの、ルマーニュ王国だけなんだもん。
隔離政策の対象になってるから、自然ルマーニュ王国の商人が何処の国からも締め出される感じになってる。正確にいえば、隔離政策に従わない商人は、だけど。
きちんと隔離に応じる商人はちゃんとした扱いだし、そういう人はさっさとルマーニュ王国から脱出してるんだよね。
で、その行き場のなくなったルマーニュ王国の商人が新天地を求めた結果、海の向こうと取引を始めたんだそうな。
なんでだよ? 件の病の情報自体は海の向こうにも行ってたはずなんだけどな……。
近場で件の病に対処した訳じゃないから、危機感が薄かったのかも知れない。結果、病は向こうでも大流行しそうだとか。
一応、帝国としては病の対処法に関しては開示するつもりでいるみたい。ただし、向こうから聞いてきたら。
だって病に関しては危ないもんだっていう発信はしてたんだもん。忠告というか、水際対策で隔離をやることも国としては通達している。
にもかかわらず、これだ。「舐めてんのか? お?」って感じだよね。
今のところ国からも皇子殿下方からも何もない。だからこの件は沈黙だ。他国、それも海の向こうのことであれば、私の分を超えてるからね。
ただ頭の隅には残しておこう。海の向こうと浅からぬ因縁を持つ人が、菊乃井にはいるから。それくらいのことだ。
オブライエンには引き続き情報収集を行うように指示すると、彼は一礼して書斎兼執務室を出ていく。
あの病には梃子摺らされるな。
そっとため息を吐いて部屋の窓から外を見れば、緑葉が鮮やかに木々に萌えていた。
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