未完の蜜柑というわけじゃない
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次回の更新は、6/20です。
天上の世界には「満ちれば欠ける」という考え方があるそうな。
これは物事は完成してしまえば、後はそこから成長することなく崩壊に向かうだけってことらしい。
なので天上では物をわざと未完成の部分を残して、建物を建てたりするとか。
それは食べ物の効果にもあって、全部一度に食べてしまうと、何らかの効果がそれで完結してしまう。けれど丸一個食べずに少し残すとか他人に分けるとかすれば、効果は延々と持続されて完結しないのだそうな。
完結させないことによって、崩壊もさせない。そういうことで。
「『いやー、百華がそこまでお前に詳しく説明してやってるとは思ってなかったけどよ……! マジで何も考えずに分けてたのか、お前!』って思いきり笑われました」
脳裏に昨夜のロスマリウス様のお姿が浮かぶ。
ひぃひぃとお腹抱えてラグをゴロゴロ転がって、それだけじゃなく大笑いしながらバンバン氷輪様やイゴール様の背中叩いてたっけ。
最後には氷輪様にコブラツイストかけられてたけど、あれは次男坊さんがイゴール様に教えて、それがイゴール様から氷輪様に伝わったものだそうな。
死んだ魚の目になった私を、お二人とも慰めてくださって。
「どれだけ天上の物を地上の者が食したところで、地上の生き物に与えられた器の範囲を逸脱することはない。お二人がそう仰ってました」
「……はぁ、なるほど」
「あー……そっかー……」
「リアクションが取り難いね……」
ロマノフ先生が眉間を痛そうに押さえ、ヴィクトルさんが天を仰ぎ、ラーラさんが肩をすくめる。
大根先生はちょっと違ってて、顎を擦って難しいお顔。
「仙桃に纏わるお伽噺や民話には、英雄が出て来るんだろう?」
「ああ、そう言えば」
ちょっと考えてみる。
異世界の物語は知ってるくせに、こっちの神話とかお伽噺を知らないのも変だ。
だから先生達にお勉強の合間に教わったり、祖母の書斎の本をひっくり返したり。最近では空飛ぶ城の図書室で、面白そうな本を司書のメンダコ・メンちゃんに探して貸し出してもらってる。
仙桃が出て来る話って、大抵英雄譚なんだよね。
異郷に訪問した英雄が妖精が管理する果物園から桃を勝手にもいだり、イシュト様やロスマリウス様の意を受けて怪物退治に行く英雄がその褒美に貰ったり。
イシュト様やロスマリウス様に桃を貰うのは解るけど、なんで勝手に持ってくの? それ泥棒って言わない?
物語に突っ込むって無粋だとは思うけどさ。
大根先生もそのあたりは突っ込み属性の人だったらしく、気になったから英雄譚を色々集めてみたそうだ。
すると仙桃に関係する英雄は、ほぼ全て悲劇的な終りを迎えるらしい。
「桃の効果が慢心を招き、武芸の腕を錆びさせて敵に討たれる。かと思えば、無双の力ゆえに傲慢になり、恨みを買って身内に裏切られた……というのもあったな。桃を独り占めにして逆恨みされ、なんていうのも」
「うわぁ」
「姉と妹で仲良く分けあって、幸せに暮らしたというのもあるにはあるが……。あれは英雄譚でなくて、知恵はあるけど醜く生まれついた心優しい姉と、容姿は美しいが知恵が少し足りない思い遣り深い妹が、それぞれの長所を生かして協力し、悪政を敷いていた領主を退ける話だったな」
なるほど。
というか、その姉妹の話は多分本当にあったことなんだろう。
初めて桃を貰ったときのこと。姫君様は私がレグルスくんに桃を分けたことには、驚いておられなかった。
それって桃を分け合った姉妹がいたんだから、兄弟でも桃を分け合うだろうって思われたからのはず。
隣のレグルスくんに視線を向けると、朝ご飯の最中だからむぐむぐと元気よくご飯を食べている。
私の視線に気が付いたレグルスくんが、にぱっと笑った。
「きょうもごはんおいしいね!」
「そうだねぇ」
「おれ、ひめさまのももすきだけど、ひとりでぜんぶたべたいとはおもわないなぁ」
話をしっかり聞いていたようで、お箸を箸置きに置くとレグルスくんが真っ直ぐに私を見上げる。
少し首を傾げて話の続きを促す。
「おいしいものはひとりでたべるより、みんなでたべるほうがもっとおいしいもん」
「なるほど」
この子はそういえば、桃を初めて食べたとき。丸一個食べられるほどお腹が空いていたろうに、残りの一切れを私にくれた子だ。優しいんだよね。
ほわっとそのときのことを思い出して心が温まる。
和んでいるとレグルスくんが突然「あ」と声をだした。その顔は何かを急に思い出したという感じで。
「どうしたの?」
「あのね、ひみつきちのもものきなんだけど」
そういえば林の方にレグルスくんと皆で桃の木を育ててるんだ。
年末にレグルスくんに秘密基地に招かれて、歌を歌って木に魔力を注いでたけど、春になってもう魔力があんまり要らなくなった。
それでピヨちゃんに「俺らが整備すっから、ちょっと時間くれ」って、秘密基地の出禁を言い渡されたんだよね。私だけじゃなく、レグルスくんや奏くん達も。
昨夜、それが解けたらしい。
「せいびおわったんだって。それでことしのなつにはみがつくからって、ピヨちゃんが」
「えぇ……桃って実がつくまでに三年はかかるんじゃなかったっけ?」
この世界にも、たしか桃栗三年柿八年的な言い伝えがあったはずだ。
植物の生育に詳しい大根先生にお尋ねしても、普通は三年かかるって仰る。
やっぱりアレ、普通の桃じゃないんでは……?
悪寒でも嫌な予感でもないんだけど、なんか背中がぞわぞわする。
そんな違和感を先生達も感じ取っておられるのか、実に微妙な雰囲気が部屋に満ちて。
心なしいつも背後に控えてくれてるロッテンマイヤーさんも、給仕を手伝っている宇都宮さんも凄く複雑なお顔だ。
そこにレグルスくんの首から下げられたポーチが。ぴよっと顔を出す。
『でぇじょうぶだよ。単なる桃だから心配すんな。姫君様のお膝元だから成長が速いだけでぃ』
ピヨピヨと可愛いポーチが話すんだけど、喋り方とのギャップが酷い。
まあ、でも、そうか。
植物は皆、姫君様の眷属。そして姫君様のことが好きなんだ。早く成長して、花や実をお見せしたいとか思っても不思議じゃないな。
それならそれでいいか。
というわけで、ご飯を再開……しようと思ったんだけど、ひよこちゃんがじっと私を見ていて。
「あにうえは、なんでもものおはなしをかみさまにきくことになったの?」
こてんと鋭いところを突いてくる。じっと見てくる目は、真っすぐだ。別に疚しいことがあるわけではないんだけど、回避できたとはいえロッテンマイヤーさんの赤さんに危機が迫ってたなんて聞かせるのは戸惑う。
けれど先生達もロッテンマイヤーさんも、レグルスくんの言葉に何か思うことがあったのか私を注視していて。
話せること、話さなくていいだろうこと。そういうことを考えながら口を開く。
「えぇっと、ロッテンマイヤーさん。お腹の赤さんのこと、お医者の先生は何か言ってなかったかな?」
「赤さんのこと、ですか?」
ロッテンマイヤーさんの眉間にシワが寄る。不安にさせるような言い方になってしまって、胸がキュッとしたんだけど、すぐロッテンマイヤーさんの顔がハッとなった。
「そういえば、心音が二つ聞こえるかもしれない、と。自分は経験不足だから一つを二重に聞いているだけなのか、判断がまだつかないと仰っておられました」
ナイス、先生!
心の中のパトリック先生にサムズアップして、こくっとロッテンマイヤーさんに頷いてみせる。
「産着作ってたんだけど、イゴール様に『それ、男女二枚いるよ』って言われて……」
「まあ!」
ロッテンマイヤーさんだけじゃなく、レグルスくんもだし、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんや大根先生、宇都宮さんも驚きに目を見開いた。
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