うっかり八兵衛と呼ばれても仕方ない状況
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、6/9です。
というわけで、その日はひよこちゃんと一緒にお風呂だったし、ベッドも一緒。歌も聞きたいというから、子守歌もご披露して。
目が覚めたときには昨日の揺らぎは、もうすっかり私の中から消えてた。寝るって凄いね。
ロッテンマイヤーさんもほんの少し気が楽になったのか、この間から感じてた【千里眼】の揺らめきがちょっと静かになった。
赤さんが生まれるまでは色々気を抜けないし、生まれてからもきっと色々あるんだろう。でもきっとそれは【千里眼】が蠢く危機感とは違うものじゃないかな?
私は私の出来ることをする。
そういうわけで、お仕事お仕事。
昨日突然の中座で話が途中だったんだけど、それは遠距離映像通信魔術でつないだルイさんに謝った。
中座の理由に関しても、人払いして説明したんだけど、かえって恐縮されちゃった。
ルイさんもロッテンマイヤーさんの不安定さには気が付いていて、話をしないとって言ってたもんね。先取りしちゃったけど、それでも私とする話とルイさんとする話は違うと思うから、また話し合ってほしい。
そういえば力強く頷いてくれた。
運河に関しては、気になるのが「厄介な骨」のことだ。
ルイさんも、大根先生が言ってた昔話的なものは聞いたことがあるそうな。
昔話にもバリエーションがあって、ルイさんが知ってるのはもう少しおどろおどろしいものだった。
「徳の高い司祭さんに?」
「はい。呪われた遺物を民のために封印するとして司祭に頼り、道中神聖魔術を重ねがけさせていたとか。その無理がたたって司祭はルマーニュ王国に着くなり死んでしまった……と」
「で、遺物は?」
「司祭の最後の力でかけられた魔術は強固で、真実呪われた遺物の封印に成功したそうです」
「あー……なるほど。命を対価に封印を強固にする禁呪を使ったんですね」
怖いなぁ。
嫌な予感が真実味を帯びていく。
なお、ルイさんが知る昔話の結末としては、その遺物は今もルマーニュ王国の王城の奥深くに封印されているそうな。
でもエリックさんの出身地域だと、王城に運び込む前にまた誰かに奪い去られたことになっているらしい。
ヴァーサさんだと、麒凰帝国が勝ったときに接収したとかなんとか。
結末が違い過ぎて面白いっていう話をしたことがあって、ルイさんも覚えてたっぽい。
ここで疑問なんだけど、どの話にしても川から厄介な骨を持ち去ったのはルマーニュ王国なわけだよ。
それで何する気だったわけ?
これもかなり嫌な感じがするから触れたくないんだけど、そういうわけにもいかないよね。答え合わせってことで聞いてみる。
「あの、ルマーニュ王国ってもしかして、その骨をネクロマンシーで何かに使おうとしてた、とか?」
「……恐らく。昔話の始まりは『ある強欲な王の時代に』ですから」
「うわぁ……」
けどルマーニュ王国は今や帝国の北の弱小国なわけだよ。
もしかしてルマーニュ王国がおかしいのって、その骨の呪いだったりして。
浮かんだ言葉を口にするほど無神経にはなれない。飲み込んだけど、画面のルイさんの顔を見てそっと目を逸らす。
ルイさん、もしかして調査したんだろうか?
何と無しに目線を上げて問えば、彼も凄く気まずそうな顔になって。
「王城にそういった痕跡は見つからず……」
「Oh……」
いやー……。
深く大きな息を吐く。
とはいえ、これも決めつけられないな。痕跡が見つからないだけであって、完全になかったとは言えないんだから。
これに関しては帝国の上の方にぶん投げよう。一地方の侯爵家の考えることじゃない。
保留だ。
あとは区画整理の進捗とか、音楽学校や基礎学校の設計やらなんやら。
学校に関してはカリキュラムを試験的に大根先生やお弟子さん達が組んでくれて、現行週三回の孤児院に間借りした学問所で施行してくれることに。
建物の準備が整うまでには、カリキュラムも整っているといいな。
そんな報告や政策の話を二三して、会議は終了。
これに加えて上がって来た数字を確認したり、サインのいる書類に目を通したり。
午前はそれで一杯一杯。
お昼はバスケットにお弁当を詰めて、お出かけだ。
何処へって?
「ようこそお出で下さいました、教主様!」
ずらっと左右に並んだ、縦襟の長袍の人たちが一斉に深々と腰を折る。
長いお山の階段をあまりにも長すぎるからタラちゃんに乗せてもらって、登り切ったその先。
瓦と木で作られた立派な、前世なら金剛力士像とかありそうな丹塗りの門があった。
その門を潜った先、武神山派の信徒たちが修行する道場に続く道でこれだよ。
現宗主の威龍さんのクソでかボイスを合図に、一斉に最敬礼とか超怖い。
若干目が死にそうになったけど、根性で盛り返すと威龍さんにひらひらと手を振る。
「皆さんのお邪魔に来たわけでないので、修行に戻っていただければ」
あと教主じゃないから、やめて。
口元が引き攣るのを何とか抑えつつそう言えば、威龍さんの目が輝いた。
「我らの教義を尊重くださるそのお姿、信徒の励みになります!」
「あ、そうですか……」
うーん、冷遇が過ぎてこういう些細なことでも感動しちゃう感じなのか。
威龍さんだけならともかく、信徒の皆さんが同じような目でこっちを見てるのが更に怖い。
ドン引きしてると、ロマノフ先生が笑う。
今日はロマノフ先生とレグルスくんとで、武神山派の本拠地である人工迷宮にお出かけ。
希望の配達人パーティーの修行の様子を見に来たんだよね。
奏くんや紡くん、ラシードさんや識さんやノエくんは、朝からこっちに来て希望の配達人パーティーの指導に入ってくれてる。
それで信徒の皆さんと希望の配達人パーティーへの差し入れがてら、私やレグルスくんや奏くん達の分のお昼ご飯を持ってきたわけだ。
料理長、朝から大忙しだったみたいで、マンドラゴラが総出でお手伝いしてた。そりゃそうだよね、武神山派の信徒の皆さんの数が結構多いもん。
去年の夏、一度ごそっと減った信徒の数が、現在盛り返しつつあるらしい。
元々火神教団は在家の信徒さんが多かったらしいけど、菊乃井冒険者頂上決戦があってから冒険者の皆さんがドンドコ加入してるそうな。
まあ、ご利益あったもんね。
それで一時期は人工迷宮の魔物討伐だけが収入源で、かつての教主さん達の木像を安置する場所の再建も怪しい感じだったのが、寄付とかが増えて立派な修行場を建てることが出来たんだそうな。良かった良かった。
持ってきた差し入れはおにぎりと具だくさんのお鍋。
威龍さんに手伝ってもらって炊き出しの準備を始めると、近くに来ていた奏くん達も手伝ってくれる。
そしてふと、奏くんが鍋の中身を覗いて首を捻った。
「なあ、これ、菊乃井のお屋敷で作ったヤツだよな? ご飯もお屋敷で炊いたヤツ?」
「うん? そうだよ」
「へぇ……」
にこって奏くんが笑う。
なんか、私、忘れてるような?
何だったかな?
首を捻っている前で、希望の配達人パーティーがむしゃむしゃと持ってきたおにぎりと具だくさんのお鍋に舌鼓を打っていた。
三人とも修行の毎日で、出会った頃より顔つきが精悍になっている気がする。
武神山派の人たちも、配ってるおにぎりとお鍋を食べて楽しそうだ。
レグルスくんも持ってきたお弁当を紡くんと楽しそうに食べているし、識さんやノエくん、ラシードさんも。
ほっこりしてると、ロマノフ先生と奏くんがおにぎりを見つつ目で会話していた。
それから私の方に二人して目を向けて、生温く笑う。
「えぇ、なに?」
「何って、若様マジで忘れてるじゃん」
「そうなんですよ、奏君は覚えてたのに。ラシード君のときもこれですよ」
「あーねー……」
え? 本当に、なによ?
不審な眼差しを二人に注いでいると、奏くんもロマノフ先生も肩をすくめる。
それから奏くんが、お弁当に付いたパウンドケーキを指差した。因みに蜜柑入りのやつ。
ロマノフ先生の紅茶には蜜柑のジャムが……って、あ!
「げ!? しまった! 水差しの水に蜜柑!?」
「今頃!?」
叫ぶ私を、奏くんが指差して大笑いしだした。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




