ジュニア文庫6巻発売記念SS・鬼のかく乱と言わば言え
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、6/6のいつもの時間です。
本編へ戻ります。
「若様はお優しいけど、甘い人じゃないですよ」
俺の問いに、ロミオが答え、残りのティボルトやマキューシオが頷く。
つい先日、冒険者から志願して砦の衛兵に加わった奴らは、穏やかなナリだけど強さは間違いなく何年も訓練を受けて来た兵士の俺より上だった。
冒険者っていうのは素人あがりで、基礎の訓練を積んだヤツの方が珍しい。
だから大抵きっちり訓練を積んだ兵士の方が強いんだ。
けれど御大が連れて来たこいつらは、基礎をみっちりやらされたらしく、兵士の訓練にも平気でついてこれている。
それだけじゃなく、帝都の武闘会、つまりモンスターじゃなく人間と戦うからと対人戦の基礎も仕込まれていた。それも帝国の誇るエルフの英雄三人に、だ。
どういう経緯でそうなったか聞けば、呆れるよりも驚きが勝った。
俺らが主と仰ぐ、七つの御大将がこいつらを死なせないための苦肉の策だったらしい。
こいつらは騙されて巨大ゴキブリの卵を掴まされたけれど、一方で菊乃井のダンジョン内での魔物の大発生の引き金を引こうとした。
騙されたこいつらは哀れだけど、魔物の大発生を引き起こしていたら、少なくない数の冒険者や兵士、悪ければ領民に被害が出ることになる。
それは未然に防がれたとはいえ、簡単に赦されるような軽い罪でもない。
御大はこいつらを鍛えて、復讐戦に臨ませること、その一生を菊乃井に捧げさせることで、その罪を生きて贖えるレベルに落として見せた。
こいつらを騙した奴らも、終生犯罪奴隷として過ごすことにはなるだろう。だが死一等を減じられているのだから、真面目に勤めれば恩赦もあり得るのだ。死ぬよりは随分とましな扱いと言えよう。
これでこの後にエストレージャや彼らを騙した奴らと同等の罪を犯した人間がいても、この判例を元に死を一方的に命じられることはなくなった。
御大のほうは、どちらかと言えばこっちが本命で、バラス男爵とやらはついでにやってしまえという感じだったらしい。
貴族って舐められたら終わりだもんな。
伝え聞く話では、貴族ってのは自分の名誉のために命を懸けるところがあるらしい。俺は根っからの庶民だから、その感覚はよく解らない。
ただ、俺らの主になった御大将はそういうタイプじゃないらしい。
いや、そういうタイプなんだけど、それは立場の弱い者には向けられないというか。
バラス男爵に対する仕返しは結構苛烈だったと、シャトレ隊長から聞いたことがある。
シャトレ隊長は幼馴染で、この砦に御大と一緒に来たとき、俺らの顔面をお掃除したメイドのエリーゼさんから聞いた話だそうで。
徴税権を含む身代を取り上げただけじゃなく、社交界での面子も貴族としての体面も、ズタボロにしてやったらしい。
もうこの先バラス男爵は御大が生きてる限り、いや、菊乃井の血脈が続く限り社交界で物笑いの種だそうな。
そしてその事態をバラス男爵の親類で、本家筋のロートリンゲン公爵も黙認してるとか。
バラス男爵家は恐らく近いうちになくなるだろう。その当主が亡くなるか、首根っこ押さえられて庶民になるのかは知らんが。
間接的とはいえ、伯爵家に喧嘩を売ったんだから致し方ない終わりってやつなんだろう。
バラス男爵はやりすぎた。
そして菊乃井家を侮りすぎた。
シャトレ隊長はそう言ってた。
けど、同じくらい御大を侮っていた俺らは首がまだつながってる。
同じ貴族に対してそうまでしたのに、御大は牙を剥いた俺らを生かしているのだ。
他所の家に知られたら、要らぬ侮りを受けるかもしれない。
シャトレ隊長は暗い顔で言ってたか。
砦に乗り込んで来た御大は、そりゃあ色々厳しい態度もあった。でもそれは誤解からで、それが解ければシャトレ隊長にも俺達にも、随分丁寧に接してくれて。
その人が、その優しさゆえに、俺らを処分しないんだってのは解る。
でもそれで他所から侮られるんなら、それってどうよ?
処分されたい訳じゃないが、俺はあの御大の足を引っ張る存在にはなりたくない。
この矛盾するような気持ちを「御大は甘い人なのか?」という言葉に混ぜて出してみたのだ。
その答えがコレ。
「どういうこったよ?」
「そのままっす。若様はたしかにお優しいけど、甘くはないっす。将来に関しては寧ろ俺らド庶民に対して、すげぇ厳しいこと考えてらっしゃるし」
「な?」と振り返って、ロミオはティボルトやマキューシオに話を振る。
水を向けられた二人も、顔を見合わせて頷いてから、俺に「甘くねぇっす」「厳しいとこもありますよ」と返してきた。
再びロミオが口を開く。
「俺も上手く説明できないんすけど、若様は学ばないヤツに未来はないって感じのこと考えてらっしゃるみたいで」
「学ばないヤツに未来はない?」
「はい」
御大は将来のために菊乃井に学問を敷きたいと考えているそうだ。
それは御大が砦に来たときに聞いた。
領民が豊かでないと芸術は育たない。領民を豊かにするために、学問を領地に遍く敷く。
そういう望みを持っている、と。
領民を豊かに、領地を平和に。
そのためにモンスターの大発生があったなら、前線で俺らと同じように命懸けで戦うとまで仰った。
領民も兵士も自身の財産、一人も魔物ごときにくれてやるものか。
あのセリフに、正直ぐらっと来てしまったのだ。
菊乃井家の人間には裏切られてきたのに、それなのに信じてみようって思うぐらいに。
これが他人の話だったら「チョロい」って嗤ったろう。
でも「信じたい、信じよう」と思ってしまうほどの熱量が、御大の言葉にはあったのだ。
だから、学問を敷く話も御大のお優しさにしか思えない。
そう俺が言えば、ロミオもティボルトもマキューシオも頷く。
でも、と、ロミオが続けた。
「若様のお望みは領民が豊かになることばかりじゃなくて、自分の頭で考えて未来を拓くことでもあるから」
「今だって皆、自分の頭で考えてるじゃねぇか」
「いや、そうじゃなく。なんていうか、教えられることだけでなく、疑問を持ったら自分で何が正しいのか調べにいくとか、情報を集めて自分で判断するとか。今まで領主とか上の人の言ったことをなんの根拠もなく信じてればよかったのが、これからは本当にそうなのか自分の目と耳と心と頭で判断しないといけなくなるっていうか」
「そりゃあ、めんどうな……」
「はい。でもそれが出来ないでは、菊乃井ではきっと生き難くなるんですよ」
ロミオは一言一言考えて、答えを返しているようだ。
領主がいるっていうのは、簡単に言えばその命令に逆らっちゃ駄目って人間がいることだ。
その代わり、命令に従っただけなんだから責任は俺にはない。
でもそうじゃなくて、自分で考えて選びとるようになれば、今まで他人が背負ってた責任が全部俺に伸し掛かるってことで。
自分の行動に、自分で責任を取らなきゃいけない。
例えばロミオ達がやったようなことを、許すか許さないか、許さないならどんな罰を与えるのか、許すのであればどういう形で許すのか。
それを今まで御大が決めていたのを、俺達自身で考えないといけなくなるとか、そういう?
そんなことを聞けば、ロミオは「そこまでじゃないかもしれないけど」と言いつつ、少し考えて。
「政治に領民を参加させたいって。それで税の使い道を話し合って決めたり、そもそも税の取り方を考えたり、そういう揉め事が起きそうなことを揉めないようにしながら決めていかなきゃいけない。何に税を使うのかを知らないといけないし、知らなきゃ考えることも出来ない。考えるためには知識や情報が必要。だからそこまでは領主の責任で学べるようにするけど、学んだ後のその使い道は自分で責任もって選べ。そういうことかなって。自分でした選択には自分で責任を取らないといけないし、その選んだ事柄が他人に影響するなら、その辺りも考えないといけない。今まで領主におっ被せて文句言ってりゃ良かったのが、これらから文句言われる側に領民の一人一人が回る。そういう政治にするんだって、若様は仰ってたんです」
それって弱い立場にある人間に、ただただ優しくて甘いだけの人が考えることっすかね?
ロミオの言葉に、俺はそっと目を泳がせる。
なんか解らん。でも大変なことを考える人がいたもんだ。
そして俺はその大変なことを考える人にお仕えしてるわけで。
そんな大変な人に仕えるんだったら、もっとこう……。
「俺もリッターシュラークしてもらえねぇかな?」
「え? 無理でしょ、若様重い剣持つのもうヤダって言ってたし、鬼平さんレグルス様に『め!』ってされたし」
エストレージャの三人がにこやかに笑う。
まず禁酒から始めようか、あのお人を理解するために。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。




