不格好でも寄せ集めでも、そこにある物は本物の
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、本日20時です。
ジュニア文庫6巻の発売記念SSを更新いたします。
話すっていっても何をどう話すんだよ、私の馬鹿。
何か焦ってるだけの私を見て、ロッテンマイヤーさんは驚いたみたい。
でもその私の慌てぶりに何かを察したのか、ロッテンマイヤーさんが私に近付いて来る。
「旦那様、どうなさいました? レグルス様やロマノフ先生は……?」
「えぇっと、置いて来た。あの、話があって」
目が泳ぐ。
泳がせている場合じゃないんだけど、正直どう切り出したものか。
衝動的に動くなんて基本的にしないからか、こう突発的なことをすると自分でも何をどうやっていいか迷ってしまう。
それでも、今、彼女と話さないといけない。
突き動かされるままに、ロッテンマイヤーさんの手を取った。
ロッテンマイヤーさんは困惑してるみたいだけど、私の手を振り払ったりはせず「旦那様?」と私を呼ぶ。
それには答えずに、ズンズン進んで応接間に。
ロッテンマイヤーさんにソファーに座ってもらうと、私もすとんとその横に腰を下ろした。
「旦那様、どうなさいました?」
「ロッテンマイヤーさん、その……」
喉が詰まる。
なんて言えばいいんだ?
不安がないか尋ねるとか、体調が悪いか尋ねるとか。
それはいつもやってることだ。それでもいつも「大丈夫」と返されて終わってる。
だけど、きっと本当は大丈夫じゃないんだ。
だって私だって大丈夫じゃない。
「あの、ロッテンマイヤーさん、赤さんのこと本当に大丈夫?」
私の言葉に、いつも通り首を横に振ろうとする彼女の、その手をぎゅっと握る。
「私は、実はちょっと不安」
「旦那様?」
「不安だよ。ロッテンマイヤーさんに大事にされてる赤さん見て、意地悪しないかなって。だって羨ましいもの」
するっと出て来た言葉に私もびっくりしたけど、ロッテンマイヤーさんも驚いた様子で。
大事にされなかったわけじゃない。
事実ロッテンマイヤーさんや屋敷の皆は、それぞれ出来る範囲で私を守り育て大事にしてくれてた。だから生きて来れたんだ。
これからだって皆、私を大事にしてくれるだろう。それは解ってるんだ。
それなのに、私はロッテンマイヤーさんがこれから大事に育てるだろう子どもを羨んでいる。
ない物ねだりなんて、浅ましい。
「だからもし、私が赤さんに意地悪したら、ちゃんと止めてね。叱ってね?」
笑おうと思って、口角が上手く上がらなかった。情けなくも、目の奥が熱くて歯を食いしばる。
私はロッテンマイヤーさんの中にあるだろう不安を聞きに来たのであって、私自身の不安や不満を聞いてほしかったわけじゃないんだ。しゃんとしろ。
情けなさに俯いていると、ロッテンマイヤーさんが私の手を握り返す。それからロッテンマイヤーさんのもう片方の手が伸びて来て、柔く頬に触れた。
顔を上げれば、泣きそうな顔のロッテンマイヤーさんがいて。
「旦那様……本当は私も不安なのです」
「え?」
「親にまともに育てられず、旦那様のこともきちんと御育て出来なかった私に、本当にこの子が育てられるのかと。私もこの子のことを、私の親のように虐げるのではないかと……」
ああ、やっぱり、そうだったのか。
ロッテンマイヤーさんの眼鏡の奥のアースカラーの瞳が揺れてる。
私にしてもロッテンマイヤーさんにしても、一番心を傾けてくれたのは肉親じゃなくて別の人だ。
だから正しい親の愛って一生分からないんだろう。
けれど正しくなくても、きちんとしてなくても、私を愛し育ててくれたのは紛れもなくロッテンマイヤーさんだ。
そしてロッテンマイヤーさんは、私が道を間違えたなら命懸けでも正すと言ってくれた。それなら、私だって――。
頬に添えられたロッテンマイヤーさんの手に、私も空いている手を重ねる。
「あのね、ロッテンマイヤーさん。もしもロッテンマイヤーさんが赤さんにひどいことしたら、そのときは私がロッテンマイヤーさんを止めるよ」
「旦那様……」
「私だけじゃない、ルイさんやロマノフ先生、レグルスくんやヴィクトルさんやラーラさんも、きっと止めてくれる。だって私達は家族だよ? 間違ったことをしたら止めるし、叱る。でもその前にお話を沢山しよう?」
何が不安なのか、何を恐れるのか。
本当に他人の心を完全に理解できることはないかもしれない。でも不安を抱いているのが自分だけじゃない、誰かが同じ想いを抱えている。それが救いになることがあるんだ。
これからロッテンマイヤーさんやルイさんにすくすく育まれる赤さんを羨むときが、何度も私にもあるかも知れない。でもきっとそれを口に出しても、ロッテンマイヤーさんは私を嫌ったりしないだろう。だって彼女はいつでも私を受け止めてくれた。
それなら私だって受け止めて見せる。だってロッテンマイヤーさんが何かいっても、私だってロッテンマイヤーさんを嫌いになったりしないもの。
きゅっと私とロッテンマイヤーさんは抱き合う。
まだロッテンマイヤーさんのお腹は目立つほどじゃないけど、触れていいか尋ねたらロッテンマイヤーさんはそっと私の手をお腹に持って行ってくれて。
「きっと生まれる前も生まれた後も、私もロッテンマイヤーさんも不安になると思うんだ。でもその度に話そう? 何が怖いとか何が嫌とか。羨ましいとかいうかも知れないけど、そのときは呆れないでね?」
「はい。勿論です。私も弱音を吐いてしまうかもしれません」
「その時は私がロッテンマイヤーさんを抱っこしてあげるね。それに多分大丈夫だよ。私、これでも世間では凄く良い子って言われてるんだもん。ロッテンマイヤーさんは自信もっていいよ、私はロッテンマイヤーさんに育てられたんだから」
「まあ……!」
ふっとロッテンマイヤーさんが笑う。
彼女の不安はこんなことでなくなったりしないだろう。それでも笑ってくれたなら、きっと未来は悪くならないはずだ。
それに、個人の内面の悩みはどうにも出来なくても、心理的な、或いは経済・物理の負担の軽減はしてやれる。そのための力が、私にはあるんだ。
「あのね、ロッテンマイヤーさん。私、色々考えるよ。これから生まれる赤さんが不安なく育てられる社会の仕組みや経済のこともだけど、これから親になる人達の不安が少しでもなくなるようなことを」
医学の発展や、助産師さんの育成も急務だし、父親教室母親教室だっているだろう。
産休・育休もそうだし、職場復帰のために子どもを預けられる場所、保育園や幼稚園、仕事を休めない人たちのための病児保育や、不慮の色々のせいで片親になってしまったときの政策、他にも必要な事は色々ある。
子育てを孤独な物にならない配慮だって必要だ。
私が皆に支えられてレグルスくんと一緒にいられるように、家族丸ごと支える仕組みがこれからの菊乃井には必要になる。
つらつらとそういうことを話せば、ロッテンマイヤーさんは頷き、それから頭を優しく撫でてくれた。
それと同時に、私をこの世に産んだ人のことを少しだけ思い出す。
あの人も、私と同じ不満や怒りを内心に飼っていたんだろう。
あの人はその怒りを憎しみにして私にぶつけ、私はそれをあの人に突き立て返した。他の終りは今でも考えられないし、あの終わりが間違っているとも思わない。
思わないけれど……。
そんなことを考えていると、走ってはいないけど精一杯の早足の気配が。
ロッテンマイヤーさんと顔を見合わせて笑うと、ひよこちゃんが物凄い早足で応接間へとやって来た。
「ただいまかえりました!」
「お帰りなさい。置いて行ってごめんね?」
僅かに頬っぺたを上気させるレグルスくんに謝ると、にこっとひよこちゃんが笑う。
「おはなしできたの?」
「うん。ちゃんとできたよ」
「そっか、よかった! でもおれさみしかったから、きょうはいっしょにねてね?」
笑顔から一転、ぺしょっと眉毛が下がる。レグルスくんは凄く良い子なんだ。
「わかったよ」
手招きすると、ひよこちゃんは私とロッテンマイヤーさんの間にすとっと座る。
応接間に注ぐ穏やかな陽ざしが、ひよこちゃんの髪をキラキラと輝かせていた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




