ゆりかごから墓場まで(行く直前で引き返せるように)暮らしに寄り添う菊乃井領
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「そんで、どうしたんです?」
コレ。
カエル型のモンスターから取られた防水の前掛けを身に付け、解体用の肉切り包丁っぽい刃物を前にして。
冒険者ギルドの解体室の主であるカタリナさんが、緑の髪をかき上げつつ聞いてくる。
「ぱっと見、あんまり皮に傷もないし頭蓋骨も割れてない……。窒息って言うには藻掻いた感じもないなぁ」
解剖台の上にロマノフ先生が置いたリュウモドキの、短い前脚を持ち上げたり、逆鱗部分を観察したり。
カタリナさんの目と身体は、きちんと今から腑分ける死体の状態を把握しようと忙しなく動く。
それに対して皆が私の顔を見た。こっち見んなし。
「私が駆け付けたときにはもうその状態だったので」
ロマノフ先生が遠くで私達がリュウモドキに接触したことを聞きつけて、駆け付けた来てくれたときには、たしかにリュウモドキはこと切れていた。
カタリナさんはロマノフ先生の説明に、笑って肩をすくめる。
「まあ、どういう倒し方にしたって、ギルドとしちゃ有難い話ですよ。また大半を売ってもらえるんでしょ? それに聞かなくても、解体したら判るし」
朗らか~。
というか、ギルドの解体って魔物の解剖学の一翼を担ってるんだよね。
冒険者と交戦して死ぬばかりが魔物の死に方ではない。時にはもう死んでいる魔物が冒険者ギルドに運ばれてきて、それが思わぬ疫病の原因の発見になったりも歴史上あった。冒険者ギルドの解体係さんは、魔物の検死官でもあるんだよ。
それはそうとして、黙ってても解るなら言っておこうか。
カタリナさんが以前大根先生から指南されたような方法で、リュウモドキの皮を頭部と胴体を外す準備を始める。
その後ろ姿に声をかけた。
「リュウモドキの口を猫の舌で塞いだんですけど、ちょっとした隙間から咥内へ触手を侵入させて、そこから触手を伸ばして心臓をぷすっと」
「へぇ。よく心臓の位置が解りましたね?」
「この間リュウモドキの解体をしたとき一応場所を見たのと、魔力を一番感知できるところだったので」
「なるほど。それでロマノフ卿のマジックバッグで保存して帰って来た、と」
「そうです」
頷けば、カタリナさんが「なるほどなるほど」と頷く。
だって窒息も溺死も可哀想って言うんだもん。一番苦しくないのがこれだったんだ。
皮や肉にも傷はつかない、心臓はぷすっとやった後即凍らせたから出血も少ない。
売ることを考えると、これが一番いい手だと思う。
そういう話をするとカタリナさんも、作業しながら同意してくれた。それから視線を私の後ろにいた希望の配達人メンバーに視線を向ける。
「相手を倒すのに必死なら、そんなこと考えないでいいけどね。でも商売とか仕事だって思うなら、獲物に無用な傷をつけない倒し方を考えるのはありだよ。無用な傷はつまり相手の苦痛を長引かせるものでもあるし」
だから、魔物の身体の構造を学んでおくと良い。
続けられたカタリナさんの言葉に、フォルティスと菊乃井万事屋春夏冬中のメンバーが同意する。
結局何にしても知っておくことは無駄にはならない。
希望の配達人メンバーがそれに対して、ちょっと難しい顔をする。
そしてカタリナさんに三人が解体の様子を見学したいと申し出て、じゃあってことで解剖してもらってる間に買い取りとかの相談を私やレグルスくん、奏くん、ロマノフ先生でやっておくことに。
「君のしてきたことが浸透しつつありますね」
「え? ああ、勉強は無駄にはならないってことです?」
「ええ。ベテランと呼ばれる冒険者も、菊乃井に来て初心者講座を受ける人達がいるそうですよ」
「はあ……」
初心者講座は誰でも受けられる。
でも菊乃井の冒険者ギルドの規約上、位階が中に達した冒険者にはEffet・Papillonの商品を安く提供するという特別待遇はない。
それでも受けていくそうで。
「まあ、ここはちょっと変わった講座もやってっからな」
「魔生物講座ですか?」
「おん。うちには今までご領主様が倒したやつとか、このじいさんが倒したやつとか、そういうのの弱点やら倒し方の資料が揃ってるからよ。それを知らないのと知ってるのじゃ、生存率が段違いだ。そういうのをベテラン冒険者って言われるまで生き残ったヤツぁ、身をもって知ってっからな」
私達をギルド長の執務室で迎えてくれたローランさんから、答えはすぐに聞けた。
魔生物学の講座は大根先生が主に教鞭をとってくださってるわけだけど、変わり種講師として時々エルフ三先生が受け持ってくれる。
これにこの間ラシードさんのお父さんのアスランさんが加わったんだけど、族長の補佐として戦闘でも副将を務めるだけあって、知識量はとんでもない。
ラシードさんのこさえた借金返済のために、その知識を吐き出させてるんだよ。勿論お給料は出してるけど、夫婦二人して教師業に忙しくしてるらしい。ザマァ。
それは置いといて。
今回のリュウモドキだけど、前回と同じく肉と内臓の一部、あれば魚卵なり白子なりはうちで買い取りという運び。
残った肉は前回と同様、領民に振舞うことにしたんだけど問題は骨。
先生が買い取りたいとかで。
「いい素材になりますからね」
「うん? じいさん、防具とか作り直すのかい?」
ローランさんに「じいさん」呼ばわりされたのに、ロマノフ先生はにこやかに笑う。
「まさか、違いますよ。曾孫のためにベッドやら乳母車やらゆりかごの発注をかけようかと」
思わぬ言葉に、ロマノフ先生を除いた全員の目が点になった。
曾孫のため。
それにローランさんが怪訝な顔をした。
「アンタ、奥方いた上に子持ち孫持ちだったのか?」
「え? 妻はいませんが?」
「じゃあ、曾孫ってなんだよ……?」
そのやり取りにハッとする。
「ロッテンマイヤーさん!?」
「はい。ハイジにおめでたですし、身内としてはベッドなり乳母車なりゆりかごなりと用意してあげたいじゃないですか」
「あー! ズルい! 先生、ズルい!!」
「あはは、こういうのは被らないように用意するのが基本ですしねぇ」
先生やヴィクトルさん、ラーラさん、大根先生には、私とロッテンマイヤーさんで報告したんだよね。
これからの屋敷の運営で迷惑をかけることもあるかもしれないし、何よりお三方はロッテンマイヤーさんのお身内だもの。
ソーニャさんやナジェズダさんには先生方から報告したそうな。
そこから皆さん実はウキウキだったらしい。気持ちは解る。私もレグルスくんもウキウキしてるし、奏くんや紡くんやアンジェちゃんもソワソワしてるもん。
勿論奏くんや紡くん・アンジェちゃんに知らせてもいいかの許可は取った。
それでエルフ三人衆と大根先生は、手分けしてロッテンマイヤーさんにお祝いを贈るつもりで探していたそうな。
私だって勿論探してたけど!
「おくるみとかスタイとかお布団とか作る気満々なのに!」
「君がその方向でくるだろうから、私達は調度品がいいかなぁと思いまして?」
「おれもてつだうよ! くつしたとか、あめるし!」
「おう、糸紬ぎならまかせとけよ!」
ひよこちゃんも奏くんも親指をぐっと立ててやる気を見せてくれる。
勿論材料はタラちゃんやござる丸に頼むけど、ロッテンマイヤーさんとルイさんの婚礼衣装に使った綿が収穫してあるからそれも使おう。
にしてもベッドとかゆりかごとか乳母車か、ぬかったわ。
社会制度を整えることに気がいっても、赤さんの生活環境には気が付かなかった。
それと同時に、速やかにベッドやゆりかご、乳母車、衣服を揃えてもらえる赤さんは、菊乃井にどのくらいいるんだろう。それも気になってきた。
前世の何処かの国には、赤ん坊が生まれるという手続きをすると、オムツやベッドや衣服をまる一年分配布する制度があったはずだ。
「やっぱお金足らないや……」
ちょっとお国からもぎ取って来ないと。
呟いた言葉に、ローランさんがそっと私から視線を逸らした。
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