守ってくれる殻を破って巣から離れる
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次回の更新は、5/2です。
リュウモドキの稀少特殊個体が吼えたところで戦闘開始。
セオリー通りにシェリーさんがグレイさんやビリーさんに能力向上の付与魔術をかける。
この辺って実は初心者冒険者講座の初心者戦闘教本に載ってるんだって。
魔術師がいるパーティーは、付与魔術を魔術師がかけ終わるまではまず魔術師を守れ。でもガチガチに防御を固めるんじゃなく、誰かが魔術師を守り、誰かが敵をけん制する。そういう役割分担を推奨してる。
それってつまり、初心者は多対少で戦いに臨めってことだ。少なくても三人くらい。だからって多ければ多いほどいいってことじゃない。
そのあたりはバランスを考えて編成しなさいっていうのも教えられるそうだ。
例えば希望の配達人パーティーであれば、グレイさんかビリーさんの何方かが敵をけん制、残った一人がシェリーさんを守る。
役割を固定しないのは彼らが臨機応変に事態に対応できるだけの経験を積んだからだ。慣れるまでは役割を固定させるのもあり。
因みに識さん・ノエくん・ラシードさんの菊乃井万事屋春夏冬中パーティーの役割は、識さんが付与魔術をかけてる間、ラシードさんが彼女のガードを担当することになっているそうな。
でもこれも武闘会みたいに制限がある状況でなく、自由自在にラシードさんが使い魔を使役できる状況だと話が変わる。
使える手が増えるわけだ。
フォルティスだともっと変わる。
基本的に私は付与魔術を使いながら攻撃魔術を使うことも可能なので、パーティー全員が攻撃に回れるのだ。超攻撃特化パーティーだよね。
そんなことを考えている間に、シェリーさんが付与魔術をかけ終わったようで、今回はシェリーさんのガードに回っていたビリーさんがグレイさんに加勢する。
シェリーさんががら空きになるところなんだけど、事前にブレスに気を付けるようにっていう情報を手に入れているからか、彼女はリュウモドキの正面からはズレるように動く。
動きながらの魔術の集中って難しくはあるんだよ。
けどそれを補うための詠唱でもあるわけだ。
遍く精霊に助けを請う。
そのための言葉が詠唱なわけで、気が多少散ってても、詠唱を聞いて何が必要か精霊が聞き届けてくれれば魔術は発動する。
ただしこれは下級魔術の話ね。上級になるとまた話は違ってくる。
目の前ではビリーさんやグレイさんを避けて、氷柱がリュウモドキめがけて降っていた。
脳天を狙ってるんだろうか?
ピンポイントで弱点を狙うって、まあ出来なくはない。でも動き回るやつ相手には、奇襲とかそういう感じじゃないと狙いにくいんだよ。
事実、シェリーさんの氷柱はリュウモドキに避けられている。
だけど、だ。
シェリーさんの顔には焦りとかそういうものはない。
落ちる氷柱の軌道は頭を狙っているけれど、落ちるところを見ていると、確実にリュウモドキの動ける範囲を狭めているようで。
「頭を狙っている振りで、動きを狭めている……?」
識さんがボソッと呟く。
そう、徐々にではあるけどリュウモドキが動きにくそうに、巨体を波打たせている。とはいえ尻尾があるから。
鞭のようにしなう尻尾で氷柱を破壊しては、動線を確保している。砕かれた氷に足を置いたリュウモドキが煩わしそうに吼えた。砕氷の尖ってる面が、足裏に刺さって地味に痛かったみたいだ。
リュウモドキの尻尾がどすどすと地面に打ち付けられる様子に、奏くんが笑う。
「相当イラついてるな」
「ブレスを吐いたら氷柱の陰に逃げられるし、攻撃をしようにも氷柱が邪魔で上手く動けないからね。あの二人もシェリーさんをリュウモドキの視線から上手く隠すように動いているし」
「シェリーの考えをあの二人が共有出来てるんだな。凄いじゃん」
ノエくんの補足にラシードさんも頷く。
実際、地面に刺さっている氷柱はリュウモドキの脳天をかち割れるくらいの大きさだから結構大きい。
それを壁として利用しつつ、ビリーさんやグレイさんはリュウモドキへ嫌がらせチックな攻撃をチクチク繰り返している。
強い相手でもその全力を出せないように工夫することも、初心者冒険者講座のシャムロック教官の授業内容にあるとか。
なるほど。
「守破離ですね」
「しゅはり?」
紡くんがこてんと首を傾げる。
守破離というのは師の教えを守り、次にそこを踏まえつつも他の方法を学んだり工夫し、更には自身の独自の方法を見つけることだ。
今のシェリーさん達は守の段階を過ぎて、破に向かっている。
私達がすることは、そこから離に到達するための経験をしてもらうことだな。
いうて私達自身も今守と破の間で右往左往してて、まだ離に到達できないでいるんだけど。
そんな話をすると紡くんがほうっと大きく息を吐いた。
「だいこんせんせいがおうちにきて、とうさんとかあさんとおはなししてくれました」
「そうなの?」
「はい。とうさんもかあさんも、まだつむはちいさいからフィールドワークとかはやいっていってました。でもにいちゃんが、『若様が町興しを始めたのは紡と同じ歳だぜ?』っていってくれて、いけることになりました」
「良かった……であってる?」
「はい!」
まんまるほっぺを赤くして、紡くんは嬉しそう。
ちらっと奏くんを見れば、彼はにっと口の端をあげた。苦笑いでそれに応える。
私はちょっと状況が違うから、そういうときに引き合いに出すもんじゃないとは思うけど、何にせよ紡くんのやりたいことに一歩近づいたなら応援しよう。
思えば私はレグルスくんが首打ち式やりたいって言ったとき反対したけど、まだ子どもって言われる年で色々やった私が「危ないから」とか「将来の心配が」とかで反対するのも、周りから見たら奇妙な話だったのかも知れないな。
色々反省を内心でしていると、戦いに動きがあった。
シェリーさんが落とした氷柱でいよいよ身動きが取れなくなったリュウモドキに向かって、彼女が炎の魔術を放つ。
けどそれはリュウモドキに当たるわけじゃなく、その巨体の動きを封じている氷柱に当たった。
一気に氷が融ける。水蒸気で囲まれて姿が半分見えないリュウモドキが大きく吼えた。
苦痛の混じる声にラシードさんが目を眇める。
「熱いって。氷が解けて更に熱湯になったのがかかってるっぽい」
「四方八方氷柱に囲まれてたから、熱湯を思いっきり被っちゃったんだねー」
「滑りがとれたから、これで物理攻撃が通りやすくなったね。でも壁代わりの氷柱がない分、逃げ方が難しくなったかな」
菊乃井万事屋春夏冬中パーティーの状況解説が的確。
でも状況が好転してるのかっていうと微妙だ。
攻撃の準備は整ったけど、その分魔術を連発してるシェリーさんも、彼女を背に庇いながらその意図をリュウモドキに察せられないようけん制してたビリーさんやグレイさんも、疲れて来ているから。
攻め疲れ、守り疲れなわけだよ。
そろそろ出番かな。
目配せするとレグルスくんが腰に刺した木刀を抜く。ノエくんもアレティを識さんに出してもらうとそれを帯びて。
ラシードさんが鞭をベルトから引き抜き、識さんも取り出したエラトマを握る。奏くん紡くんもそれぞれ弓とスリングショットを構えた。私もプシュケを空に浮かせる。
リュウモドキが怒りを滲ませた咆哮を上げる。するとリュウモドキの身体の色が金から白金へと変化し、シェリーさんの顔色が変わった。
それを察したビリーさんとグレイさんが、シェリーさんの盾になる位置に移動する。
「助けてください!」
シェリーさんの叫びに希望の配達人パーティーの前に防御壁が展開された。私じゃなくて識さんね。
私は猫の舌でリュウモドキの全身をグルグル巻きに拘束して、ついでに全員に能力上昇の魔術を、リュウモドキには能力低下の魔術かけてるから。
ブレスを封じるために、念入りにリュウモドキの口を拘束すると、ふと。
「このまま口塞いでたら窒息しないかな?」
「うーん、それより水球作ってそこに放り込むとかのが確実では? 拘束は勿論したままで」
思いついたことを口にすると、識さんが小首を傾げる。
リュウモドキって鰓呼吸じゃなかったから、それもいいか……。
でも暴れられそうだな。
そういう話し合いをしていると、ラシードさんが私達を指差す。
「シェリーに足りないのはあのエゲツナサじゃないか?」
真顔で言うなし。
そしてシェリーさんは目を逸らさないでほしいんだけど?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




