有望株の大草原
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次回の更新は、4/25です。
ややあって。
「……私達も変わらなければいけない時期にきているのかもしれませんね」
ロマノフ先生が呟いた。
決して大きな声ではなかったけど、沈黙の中ではそれなりに響く。
「難しいことだ。年寄りもそれに育てられた連中も、頑迷なことこの上ないからな」
「だね。まだ過去の栄光に取りすがって、現実を若い世代に見せない。若い世代もそれを鵜呑みにして、自分の目や耳、足で真実を知ろうともしない。変われると思うかい?」
大根先生の眉間に物凄く深いシワがあって、ラーラさんも同じような表情だ。
エルフ三先生と大根先生、血縁関係なんだよな。顔の造りはそうでもないんだけど、雰囲気がわりと似てて、ちょっと面白い。
「でもさ、僕らだって諦めてたとこにあーたんと出会ったじゃん? それでもうちょっと信じてみようって気になった。変わるときは変わるものだって、僕らは身をもって知ってるじゃないか。考える価値はあると思う」
ヴィクトルさんが穏やかに、大根先生とラーラさんに語り掛ける。
私が切っ掛けっていうか、先生方の中に人間への情が残ってたからだと思うけどな。
何だかんだ、先生方は一度懐に入れた人を思い切ることは出来ない。そういう優しさがあるんだ。
でもそういう人って、怒らせたときは手遅れなんだよね。そのときにはもう、永久にお別れだ。間に合って良かった。
とはいえ。
こういうことは先生達がやる気になってくださっても、諸々の壁がある。その壁を越えるのには、閉ざされた門と繋がることのできる存在がいるんだ。
それがソーニャさんであり、ナジェズダさん。旅するエルフのキリルさんもだな。
ナジェズダさんはロックダウンからこっち、菊乃井でもう生活しておられる。
商会で用意したお針子さん用の寮に入られたんだよね。
それでこの寮、実はちょっと訳あり。
だけどその訳ありを進んで受け入れてくれたので、とても助かってる。
まあ、訳ありっていっても事故物件とかそういう話じゃない。
シェアハウス型で、そのシェアハウスに一緒にいるお針子さん達にちょっと問題がっていう。ナジェズダさんはその訳ありを楽しんでくれているから、良いと言えばいいのかな?
閑話休題。
ナジェズダさんはもう菊乃井の生活に馴染んでいる。
その生活をロールモデルとして、望む人にはプレゼンしてもらうとか。そういう方向で協力を仰ぐことはできるだろう。
ソーニャさんにしても、皆さんが「頑迷」と呼ぶ人と渡り合うには相応のデータがいると思うし。
キリルさんには本という力がある。それで菊乃井移住のメリットデメリットを紹介してもらえば。
「どうでしょう? エルフへの神様のお怒りは薄れています。いや、無関心なのです。だから呪いを解くための行動を起こしたとしても、お咎めになることはありません。寧ろ、解ける手段はあるのだから、やってみればよいとお考えなのです。同時に呪いを解けるなどと、期待もされておりませんが」
「ああ、うん。期待されてないのは解るよね」
ヴィクトルさんが苦笑いする。
厳しい現実だけど、実際そうなんだよ。
神様方はエルフを見限ってもいないけど、期待もしておられない。本当に無関心だし、まったく興味ないの。
このまま滅びたところで「あ、そう。ふーん」くらいだ。
でもそれは優しさでもある。
期待をすれば、それに応えなかったときにまた罰を与えないといけないから。だって神様への裏切りになるんだもん。
この辺は私が説明しなくても、神話とか色々を知ってれば解る話だ。
実際先生方もお察しって感じだし。
ひよこちゃんがぴよっと首を傾げた。
「ひめさま、エルフのひとたちきらいなの?」
「嫌い……じゃないとは思うよ。ただ昔嫌なことされたから、それに関してはちょっと……って感じ? 氷輪様は『怒ってない』と仰ってたけど、姫君様には聞いたことないな」
「そうなの? おれ、にっきできいてみてもいい?」
「それは……そうだね。今度二人でお尋ねしてみようか」
「はい!」
元気なレグルスくんのお返事は、気持ちを明るくさせてくれる。
この件に関しては先生方がソーニャさんやナジェズダさん、キリルさんを交えて話し合うことに。
菊乃井のスタンスは「求めよ、さらば扉は開かれる」だ。変らない。
で、そういう重い話の次にやることは重いような軽いようなことで。
家庭菜園のお世話にいくと、もう庭には源三さんと奏くん紡くんがいた。
奥の人参やら大根用の畝では、ラシードさんが人参型マンドラゴラのめぎょ姫にめぎょめぎょ話しかけられてる。
朝の挨拶をすると、奏くんが。
「今日の昼からでいいかな?」
「うん?」
「シェリー姉ちゃん達をしごくの」
「ああ、うん。私も行く?」
そういえば、少し考えて奏くんが頷く。
「そうだなぁ。今全力でシェリー姉ちゃん達がどのくらいなのか、知っておいた方がいいかと思うんだ」
「そうか、そうだね。じゃあ、ラシードさんと識さんとノエくんも呼ぼう」
「もう声かけてある。あとは若様とひよ様を誘うだけだったんだ」
「おお、なるほど。流石の手回し」
「それほどでも……あるかな」
へへっと笑う奏くんの白い歯がきらーんっと光る。
奏くんってさ、モテるんだって。
それは上下同年代、性別問わずで、ちょっと上のお姉さん達からは「小さいのに頼りになる」で、同年代の女の子からは「そこらの男子と違って子どもっぽくない」って言われ、年下の子からが「カッコイイお兄さん。こんなお兄さんがほしい」とか。
更にお婆様やらお母様ぐらいのご夫人やらは「将来の安定性が凄いし、有望株」っていう。
そんな奏くんは、私と同じで「こい? 池にいるヤツ? あれ、旨いよな」というタイプ。
きっと彼がお年頃になって「彼女ほしい~」とか言い出したら、女の子たちが色めき立つだろう。宇都宮さん調べより。
そんな彼は絶賛推しに夢中だ。
マリアさんのコンサートに行くための、推し活貯金を頑張っている。これは本人談。紡くんの分の遠征費用も貯めてるそうな。
紡くんの推しは大根先生で、研究分野はマンドラゴラ、将来の夢はマンドラゴラ村の村長なんだけどね。
というわけで、午後からはダンジョンへ。
予定も決まったことで、不意に奏くんが気にしてた「北アマルナとの友好」の話を思い出した。
なので、皇子殿下方から聞いた帝都でのネフェルティティ王女殿下と北アマルナ王国の評判を話す。
すると奏くんは「良かったじゃん」と朗らかに言った。
その話の中で仮定として持ち上がった、私とネフェルティティ王女殿下のお見合いの話をしたところ。
奏くんがびっくりするぐらいのジト目になった。
「……うん、まあ、若様はそういう反応だよな」
「え? なにその『コイツ、何言ってんだ?』みたいなジト目は」
ちょっと怯む。私、なんかおかしいこと言った?
奏くんは私のリアクションに、肩をすくめて大きなため息を吐く。それから首を横に振って、にかっと朗らかに笑った。
「まあ、しゃあねえわ。若様には若様の事情があるし、それをアッチが知ってるかどうかも解んないしな。おれは若様のしたいようにすればいいと思う。その結果がどうあろうと、おれは若様の味方だ」
「えー……これそんな重い話だっけ?」
首を傾げると、奏くんが肩を組んで、その組んだ肩をバシバシ叩いて来る。
「そりゃ、結婚って家の一大事だろ? そうじゃなくても、墓場とか天国とか両極端じゃん」
「まあ、たしかに」
「それに若様に結婚話とか、菊乃井歌劇団のファンが泣くしな」
思ってもない変化球を投げられて、目が丸くなる。
「どういうこと?」
「え? 若様って菊乃井歌劇団の期間限定のスターってやつなんだろ? 見れるの一年に二回くらいの」
「そんな話は知らんが!?」
「菊乃井歌劇団のトレーディングブロマイド? それに書いてあったけど?」
トレーディングブロマイドなんてグッズ、私持ってないんだが!?
責任者に後で圧迫面接しに行こうか……。
じゃなくて。
「私は歌劇を見たいんであって、出たいんじゃないんだよ!?」
「えー、今さらだろ」
ゲラゲラ笑う奏くんを見てると、ネットスラングの「草生える」とか「大草原不可避」ってのがどういうことか、よく解るんだよなー!
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




