開かれた扉は一つだけでは意味をなさない
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次回の更新は、4/21です。
翌日、やや寝不足。
夜中の男子会の後で、部屋の隅っこで震えてた猫脚オリハル箪笥を宥めてたらそうなったという。
神様が三人もいらして、緊張したようだ。
うにゃうにゃ鳴くもんだから、その声を聞いたポチまで部屋に来て。
猫脚オリハル箪笥とは初対面だったんだけど、お互い「ふー!」も「しゃー!」もなく。フスフス匂いを嗅ぎ合ってお仲間って認定して、一緒に寝てた。だから猫脚オリハル箪笥の鼻はどこなんだってばよ。
形の都合上丸くなっては寝られないけど、香箱で身体を寄せ合うように仲良くしてた。
朝にはポチが猫脚オリハル箪笥の上に乗ってたんだけど、それはそれでいいらしい。
ポチは私が食事に行くのに合わせて部屋を出たけど、猫脚オリハル箪笥の方は大人しく部屋で寝てた。必要なら扉にポチ用の小さい扉を付けることも考えないとだな。
あの後、神様方とは色々……帝国やその他の地域で起ころうとしている新たな商売の兆しや、シェリーさん達の話をお聞きした。
商売についてはイゴール様が喜んでおられたし、シェリーさん達に関してはイシュト様としては面白い流れが見えるとも。
彼女らが見せた健闘は、冒険者の間に密やかな炎を灯したらしい。
希望の配達人は冒険者の階級でいうと、初心者の域を出てもまだ下の下くらいのライン。それがウインドミルやウォークライという有名どころとやり合って、ジャイアントキリングを果たしたわけだ。
自分達にも出来るのでは?
燻っていた野心に火を付けられた者達が、のそっと動き出したそうな。
一方で、遥か下の階級のパーティーに土を付けられたウインドミルやウォークライを侮る声もある。
っていうか、そもそも菊乃井から出た挑戦者パーティーの位階が、実力に反して低いのが良くないんだよね。
だって菊乃井万事屋春夏冬中なんて、ほぼ位階詐欺だもん。
メンバーのうち、識さんとノエくんなんか私達と伝承級アンデッドモンスター討伐の功がある。ラシードさんだって、ワイバーンの一匹や二匹なら平気で使い魔達と倒せるんだから。
皇子殿下方にせよ、ブラダマンテさんにせよ、猛者なんだけど冒険者としての位階はかなり下だしな。
でも冒険者の階級の上下は、腕っぷしの強さだけで決まるわけじゃない。
あれは信用度だ。
依頼に必要な遂行能力があるのと、契約事項は必ず順守されるっていう。
そういう面の信用は、地道に依頼をこなして付けていくより他ない。私だって地道に依頼をこなしてるんだ。
見習いに回ってくる依頼なんてわりと簡単な物が多い。
都合上冒険にいけないから、菊乃井の町中で済むものをやってると、ご近所のお婆さんからの「ぎっくり腰のお爺さんの介護を手伝って」とか、そんなだよ。
依頼を受けて介護のお手伝いに行ったら、私の顔を見たお婆さんまで腰抜かしたのは、私が悪いわけじゃない。多分、きっと、恐らく。
思うに、今の冒険者はそういうことをちょっと忘れてるんだよ。
それは冒険者が危険と紙一重で肉体労働が主っていう、フィジカル面の強さに着目されがちなところに要因がありそうだけどね。
冒険者の労働者としての地位向上を考えるに際して、このあたりも意識改革が必要なんじゃないかな。
これは次の菊乃井領会議の議題にしようか。
じゃない。
イシュト様としては侮るのであれば、面と向かって挑め。そして知れって感じみたい。更にその舞台を菊乃井で用意せよ、という。
つまり来年も菊乃井冒険者頂上決戦は、広く出場者を募ることになるってことだ。
フォルティスは出ません。つか、私は絶対出ません。
そう言ってみたけど、鼻で笑われたな……。
絶対出場しないで済む方法を考えておこう。
朝食の席で一応神様方からの話は先生方とレグルスくん、ロッテンマイヤーさんにも共有した。
イゴール様の商売のお話は皆いい兆しだって意見。
ウイラさんとラトナラジュ……いい加減「様」を付けた方がいいのかな? お二人に関しても、狙いが外れてなかったことが証明されて良かったって感じ。
ただこれに関しては、ちょっと先生方は微妙なお顔だった。
「エルフの里にも一応、君の推測を共有はしたんですよ」
ロマノフ先生がテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せてため息を吐く。
エルフにかけられた神様方の呪いも、ウイラさん達と同じ方式で解けないかって話が出たときのこと。
先生はソーニャさんとナジェズダさんに、私の考えを話したそうだ。
そこでソーニャさんやナジェズダさんは「あり得る話」として、ついでにロマノフ先生に里長のところに話に行った方がいいと言ったらしい。
「エルフの里が鳳蝶殿に迷惑をかけないよう釘を刺せ、ということかね?」
「はい。叔父上も御存じのとおりの人となりですからね。勝手に協力すると思われるのも迷惑ですので」
大根先生が忌々しそうに「ふんっ」と鼻を鳴らす。
詳しいことは知らないし聞けないけど、大根先生とエルフの里長さんはかなり仲が悪いっぽい。
いや、言葉の節々や今までの言動を考えると、大根先生だけじゃなくロマノフ先生もヴィクトルさんやラーラさんも、里長さんのことは嫌ってるっぽいな。ただロマノフ先生は里長というより里やエルフ自体が嫌いな感じがあるから、かなり根深いものを感じる。
ロマノフ先生の話の続きだけど、先生はエルフのために私を利用することを考えるなと、里長さんに告げに行ったそうだ。
けど帰って来たのは、ちょっとロマノフ先生の想定を超えた答えだったそうで。
「直接神様からお伺いした話だって言ったんですけど、聞く耳を持たないどころか、あまりに不敬な態度だったんですよね」
「もうエルフ滅亡止む無しみたいな感じって聞いてさ」
「ボク達も呆れかえったよね」
ヴィクトルさんとラーラさんが揃って肩をすくめる。
何を言ってどういう返事が来たか分からないけど、これは多分余程だ。
なるほど、氷輪様が「何もするな」って仰るはずだよ。いや、でも、何もしなかったら本当に絶滅待ったなしでは?
うぬぅ。
唸っているとひよこちゃんがぴよっと首を捻った。
「エルフのひと、みんなおささんとおなじいけんなの?」
「えー……いや、どうかな?」
「ちがうなら、菊乃井にきたら? 雪樹のひとたちとおなじで、ちがうことすればいいんだよ」
「う、まあ、そうだね」
そうだな。
先生達と同じような考え方をしてくれる人達となら、共存は出来るだろう。
それに先生達と同じような考え方をする人達が、そうじゃない人達の煽りを食らうのも違う気はするし。
「菊乃井にいたら、いまよりよわくなっても、おれもあにうえもまもってあげられるよ。菊乃井のひとたちもなかよくなったら、まもってくれるとおもう。みんなエルフのひとのこと、たすけてくれるよ。ね、あにうえ?」
「それはそう。でもそれはエルフだから何だからとかじゃない。菊乃井で仲良く暮らすなら種族の別は考えないよ」
「うん、じゃない、はい! いつもあにうえがいってるとおりだよね」
ぺかっとした笑顔のひよこちゃんが、本日も大変眩しい。
領地も増えることだし、これはいい機会なのかも知れない。
「先生方、今がエルフの里の門を開くときではないでしょうか?」
表情を改めてロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんや大根先生をぐるっと見る。それぞれが考えるような表情だ。
今のままでいいなんて、皆本当は思ってない。なら、今が踏み出すときじゃないのか。
「菊乃井は優しい世界に賛同してくれるなら、ともに協力して生きていくのに、種族の別は問いません。菊乃井の門は全ての人に向かって開け放たれるものです。罪人でない限りは、いや、罪人であっても罪の理由如何によっては受け入れます。エルフだって皆が皆、滅ばねばならないような人達だとは思わない。仮令力が弱くなろうとも、寿命が短くなろうとも、支え合って生きることは可能だと思います。閉じこもることを良しとせず、足を一歩外に出そうとする人があるのであれば、どうぞ菊乃井にお連れになってください。菊乃井はそういう人の味方でありたい」
備え付けられた時計の針の進む音が、やたらと大きく聞こえた。
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