解語のおもしれー花と葦(あし)と
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次回の更新は、4/18です。
「そういえば、あの娘には余と普段の口調で話す許しを貴様から得てやると言いおいたままだったな」
「然様ですか……」
今日は色々あった。
姫君様が奥庭にお戻りになったことやら、ロッテンマイヤーさんにおめでたとか。
極めつけは氷輪様とイシュト様とイゴール様のご来訪だ。
おめでたのことはルイさんとも話したし、レグルスくんとも話した。
ルイさんより先にロッテンマイヤーさんから教えてもらっちゃったことを詫びたんだけど、それに関しては誰より先に私に報告しようと、ご夫婦で取り決めてくれてたそうで。
雇用主でもあるからそりゃ一番先だろうけど、それだけでなく私なら仕事云々の前に喜んで祝福してくれるだろうという信頼があってのことみたい。それはそれで嬉しい。
普段あんまり顔に出ない人なのに、ほっぺが緩んでたよね。背中にもお花咲いてるような雰囲気だったし。
レグルスくんも、勿論喜んでた。
紡くんとアンジェちゃんに引き続いて、自分がお兄ちゃんになるっていうことに、目がキラキラ輝いてたんだよね。てぇてぇ。
あのきゃわゆい笑顔で「おれがまもってあげる!」っていうんだもん。もう団扇振っちゃうよね、心の中でだけど。
ついでってわけじゃないけど、この機会に前から考えて色々立案してもらってた産休・育休制度や休業補償の件を前に進めることになった。
前世の俺の社会制度だから、何処までこちらに適用できるか未知数だけど、共働き家庭があるのはこっちも同じこと。あっても困りはしないだろう。
菊乃井は農業・畜産業が多いから、労働力の確保とかも大きな課題ではある。あと冒険者の待遇はどうかってのも、考えないといけない。
言うは易し、行うは難しだよ。やるけどね。
というか、実施するのはお役所、実施するための財源を稼ぎ出すのが私の仕事なわけだ。
閑話休題。
お二人揃っていつものように、お持ちになったラグに座って酒盛りならぬお茶会。ただしイシュト様はお酒だけど。
小さなテーブル……ちゃぶ台ってやつに、ポムスフレの海苔塩味を山盛りにしたお皿と胡桃のプラリネの入った小鉢。これが今日のお茶会のおともだ。
ちゃぶ台は次男坊さんが送ってくれたものだ。イゴール様から夜に男子会をしているのを聞いたそうで、「うちの共同経営者が悪いな」ってさ。
その共同経営者ご本人様に持たせるんだから、次男坊さんつおい。
それでアンジェちゃんとイシュト様の出会いを聞いたんだけど、それがまた。
庭でアンジェちゃんとしゃてーがボコスコやってて、アンジェちゃんに尚武の気風を感じられたそうな。
「ああいう娘を『おもしれー女』と呼ぶのであろう?」
「え?」
なんだその、ラノベの乙女ゲーム転生物のオレ様ヒーロー枠の攻略対象キャラが言いそうなセリフは?
実際にそんなこと言われたら女性の皆さんはドン引きじゃないのか、アレ?
思ったことは、そのまま神様方に素直に伝わる。
私がドン引きしてるのを感じてか、イゴール様が首を傾げた。
「あれ? アイツがそういってたけど、違うの?」
「ああ、いや、その、そういう台詞を言う男性が出て来る創作物はあると思いますけど、元々どう使われてたのかは不明というか」
乙女ゲーム、やったことないし。
アレは誇張表現だと思うんだけどな。
そういう思考の全てが伝わっているからか、イゴール様もイシュト様もそんなもんかってお顔だ。
ぱっと表情を変えられて。
「でも、アンジェだっけ? イシュトに怯えないだけでも大したもんだよね」
『たしかにな』
「そうなんですか?」
首を捻る。
イシュト様はたしかに身長も高いし、身体も逞しいけど、それだけでアンジェちゃんは怯えないだろう。
だって大概の大人はアンジェちゃんより背も高ければ、逞しい。
あの子はポチにも怯えなければ、タラちゃんも乗りこなす。ダンジョンにも怖がらないし、柄の悪そうなオブライエンすら「こうはいだからアンジェがまもってあげるね」って言える子だ。基本強いし、肝が据わってる。
そんなことを思っていると、氷輪様が苦笑いを浮かべた。本日は長い金髪に赤いクラバット、紫に近い赤と黒のストライプのロングコート、下には黒のベスト。
これって去年のお祭りで歌った「ひとかけらの勇気」が出てくるミュージカルの主役・通称パーシーの装いだ。眼福。
『お前は感じぬのかもしれぬが、イシュトの周りには常に戦いの気配がある。大概の子どもはその気配を感じて怯えるものよ』
「そうだよ。大人の冒険者でも怯むくらいなんだから。君とレグルスや奏・紡は大丈夫だろうけど、それより小さい子が怯えもしないで普通に話せたことが奇跡だね」
『強き戦士となろうが、その方面には興味がなさそうだ』
そうだろうな、アンジェちゃんは将来菊乃井歌劇団の娘役さんになってえんちゃん様と踊るのが夢なんだもん。
まだ入団可能な年齢じゃないから、うちでメイドさん見習いをしてもらってるだけだ。
でもそれがイシュト様にはおもしれー要素なんだって。
「貴様もそうであろう。勝利は手段であって目的ではない。その先にある物こそが真に欲する物であろう?」
「それは、はい」
「執着はないが、戦う以上は絶対に勝つように動く。そういう周到さが貴様の面白さよ」
「はぁ」
どういうこと?
よく解んなくて戸惑っていると、イゴール様が苦笑いで「褒められてるよ。解り難いよね」と仰る。
ようは強くなって勝つことだけを目的にせず、そこから更に何を得るのか考えて動くのが面白いってことかな?
とりあえずイシュト様はアンジェちゃんと、普通に話したいそうな。普通っていうのは多分お客様だからとかそういう感じじゃなく、近所のオジサン的なアレでという。
イシュト様がそう望まれるのであれば、私は別に構わないけど、でも家にお客様としてお出でになるときはちょっと難しい。
そうお伝えすると、「アレと二人で話すときだけでよい」とのこと。
それなら、まあ。
というわけで、私からアンジェちゃんには許可を出すこととして。
本題はお祭りのこと。
姫君様が仰った通り、皆様楽しんでくださったとか。
『菊乃井歌劇団の次が楽しみだ』
「そうだね。帝都で続きをやるの? あれはちょっと気になる終わり方だったし」
「ああ、いえ。帝都では違うものをやることになると思います。アレは姫君様とのお約束ですし、完成した物は菊乃井の祭りでこそ披露されるべきだと」
「そっか。じゃあ、帝都の方も楽しみにしてるよ」
氷輪様とイゴール様の言葉に、お酒を飲みつつイシュト様も頷いて下さる。
そのイシュト様にちらっと視線を流して、イゴール様が肘でイシュト様を突いた。
「イシュト、あの件言わなくていいわけ?」
「ぬ」
「?」
あの件? もしかしてシェリーさん達か?
そういえばロスマリウス様とイシュト様の間で何やらあったそうだけど。
寝る前だから私は白湯なんだけど、カップに入ったそれを飲んでいるとイシュト様が咳払いした。
「余の配下のウイラとラトナラジュの件だ」
「ああ、はい」
「広く名が知れたことにより、信仰が集まった。その結果、格が今より多少あがることになった」
「そうなんですね、良かった!」
元々それが目的で始めたことだもん。
先行して富裕層に売り出した小説や、吟遊詩人の詩のお蔭で、じわじわと信仰を集めて力を付けられていたそうだけど、ここにきて歌劇団のお芝居が拍車をかけたみたい。あれ、帝国のほぼ全部と周辺諸国に生放送だったからね。知名度と信仰が爆上がりしたらしい。
「あともう少し力を付ければ、多少その土地から離れられるようになるだろう。そうすれば直接礼に来るそうだ」
「お礼だなんて。それよりもまたお会いできる日を楽しみにしております」
「うむ。余からも礼をいう。海のからも何かあるだろう」
イシュト様がふっとニヒルに口角を上げられる。
やって良かった。
純粋にそう思えた。
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