転がる岩に苔はつかないけれど、妙な方向には転がる
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沈黙。
言ってることの文章は解るけど、意味が全然。
それが顔に出ればきょとんって感じになるわけで。
しぱしぱと瞬きを繰り返していると、両殿下がやたら緊張していることに気が付く。
なに? なんなの? どうしたわけ?
怪訝さに首を捻りかけて、ハッとした。
ネフェルティティ王女は昨日私にメッセージをくれた。もしやそれのせいで、何か不穏な動きが出たんだろうか?
きゅっと表情を引き締める。
「もしかして、昨日のメッセージのせいでなにか? ネフェルティティ王女の身を危うくするような……!?」
『ああ、違う違う!』
口を開けば食ってかかるような勢いで言葉が出た。それに対して統理殿下が慌てて手を左右に動かす。
シオン殿下も『そういうんじゃないから!』と大きく首を横に振った。
じゃあ、なによ?
益々解らなくて眉間にしわを寄せると、皇子殿下方が顔を見合わせてちょっと気まずそうにする。
『いや、仮にの話だ』
統理殿下が仰るには、帝都にいた民も貴族も、昨日はいたる所に設置した遠距離映像通信魔術のかかった布を通じて菊乃井のお祭りを観ていたんだそうな。
菊乃井冒険者頂上決戦も、菊乃井歌劇団の特別公演も、勿論私達の古楽団の演奏も。
当然、菊乃井歌劇団の特別公演と私達の古楽団の演奏の間にあった、ネフェルティティ王女のハープの演奏もだ。
そして今朝、帝都に放っている皇帝直属の草の者から上がってきた報告には、古龍の件も巷で賑わっているけれど、ネフェルティティ王女への関心が高まっているというのがあって。
彼女の美しさや演奏の素晴らしさ、礼を尽くした言葉。
そういったものが今まで未知の恐ろしい国だった北アマルナを、神秘の友好国へと押し上げ、かつ身も心も美しい姫の住まう国という認識にしつつあるそうだ。
「良かったですね、友好的な関係になれそうで」
『ああ、うん。それは喜ばしいことだと思う。思うんだけど、これが高じると思わぬところから思わぬ問題がだな』
「?」
どういうこと?
歯切れの悪い統理殿下からシオン殿下に視線を移す。シオン殿下もシオン殿下で、苦いものでも食べたような顔で。
『国同士の親交を深めるため、同盟国としての関係強化のために婚姻という話も出ないとは限らない』
「はあ!? と、失礼しました」
『いや、その気持ちは解る』
思わず大きな声が出てしまった。無礼をお詫びすると、統理殿下もシオン殿下も苦笑いで答えてくださる。その笑みに若干力がない。
なんというか、このネフェルティティ王女人気が続けば、国民の中にも融和や関係強化を望む動きが出るだろうし、それが貴族に波及しないとは限らない。
そしてそういう動きが出たとき、考えられる相手は誰かと言えば。
『まあ、まず兄上は無理だよ。兄上は幼年学校を卒業したら、立太子と同時にゾフィー嬢と結婚が確定してるから』
「ああ、なるほど」
『次は僕なんだけど……』
「はあ」
序列的にそうだよな。
ちょっと動揺したけど、話しているうちに落ち着いてきた。
身分的に、私とネフェルティティ王女では釣り合いがちょっと。
統理殿下が駄目なら、次はそりゃシオン殿下で決まりだろう。そこに私の出番はないはず。それでもそういう話が出て来るのは何故だろう?
もしかしてシオン殿下も公表していないだけで、お相手がいたり……しないな。いたら兄上べったりじゃないだろうよ。
そういえばネフェルティティ王女殿下はシオン殿下より少し歳上だったような。考えれば考えるほど釣り合いが取れる。
そこに何で私よ?
生春巻きの皮で包んで返せば、統理殿下が首を横に振った。
『お前とネフェルティティ王女のやり取りだよ』
「えー……?」
『あのやり取り。事情を知らぬ者からすれば、将来の何某かの約束をしたように見える』
「ああ、そういうことですか」
『そういうことですか、じゃないよ。人は見たい物しか見ない。綺麗な心美しい姫君が、幼い日に知らず将来を言い交したのは、異国の伯爵家、現侯爵家の当主となるべき少年だった……なんて、芝居じゃないんだからさ』
「そう言われても……」
シオン殿下の苦り切った言葉に、私も困る。
だってあのときはまだ、両親を排除することも叶ってなかった。もっと言えば、大人になって結婚とかそんな日は来ないと思ってたし。
ちょっと困ってたお嬢さんを助けただけだし、そのお嬢さんと友達になって遊んだだけ。遊んだときに、それぞれの志を果たしてまた会おうっていう約束しただけなんだ。
それを婚姻のなんのって言われても。
あのときにはまだ【千里眼】も生えちゃいなかったんだもん。こんな問題が持ち上がるとか、解るわけがない。
そんなようなことを言えば、お二人とも頷かれる。
っていうかさぁ。
「その問題はまだ持ち上がってないんですよね?」
『今は、な』
「じゃあ、今考える必要ないんでは?」
だって仮定の話じゃん。
巷でネフェル嬢が人気になることは良いことだよ。
そこから北アマルナに対する興味と好意が爆上がりしたら、更に同盟国同士の関係が強化されるとか、官民一体で交流企画が持ち上がったり、もっと行き来が盛んになるとかありそうだもん。
でもだからっていきなり婚姻による関係強化が持ち上がるとは限らないし。
捕らぬ狸の皮算用をしたって仕方ない。
そういうのは形になりかけてるとこで考えればいいじゃない。
だいたい、だ。
「なんでネフェルティティ王女殿下が、私とお見合いを望まれるんです? その仮定がちょっと失礼なような」
『何故だ?』
「何故って……。皇子殿下方はご存じないのかも知れませんけど、ネフェルティティ王女殿下は聡明な方ですよ。関係強化とか国益を考えたら私を望むはずないでしょ? 私、帝国の数ある侯爵家の一つだし、それも新興の家ですよ? いえば成り上がりです。北アマルナの国益になると思います?」
あの方はそんなことが分からないような人じゃない。
異国に嫁すのは文化の違いや、それまで育ってきた常識を変えなければいけないとか、沢山の問題がある。それは友人が傍にいれば心強いだろう。けれど、自分の不安と肩に背負った期待や国民の生活や人生、国益、そういったものと天秤にかけたときに、彼女が夫に望むのは不安を軽減する友人でなく、国益を約束する立場の人だろう。
前提条件がおかしいんだよな。
そんなようなことを意見すれば、何故か皇子殿下方が顔を見合わせて頭痛が痛いって感じの目を向けてきた。頭が痛いじゃない、頭痛が痛いだ。
『お前、それはお前が自分を知らなすぎるぞ』
『本当だよ。七つで家を継いだ時には伯爵家だったものが、そのおよそ半年後には侯爵だよ? 今年は公爵かって言われてるのに』
「なんでですか!?」
『いやいやいや、そっちこそ何でだよ!? 疑似エリクサー飴の備蓄にロックダウンの成果、此度の厄払い。皆お前のやったことじゃないか!』
「ロックダウンは普通に自領のためだし、疑似エリクサー飴だって元はと言えばモンスター大発生対策だし、古龍の厄払いは神様方のお蔭ですけど!?」
なんでそれが全部私の功績になるのさ。殆どは準備で、お国からお金を分捕る手段でもあったんだし。
おかしな方向に転がりだしているのに唖然としつつ言葉を返す。
画面の向こうでシオン殿下が肩をすくめた。
『疫病は臣民の命を危険に晒す。それを自領だけで何とか封じ込めて、何処にも洩らさず、封殺して原因の特定や治療の方法を見つけたわけだしね』
「呪いの件と疫病と象牙の斜塔の関係が表に出せない以上、治療法を確定させたとは言い難いのでは?」
『今、コーサラ、楼蘭、シェヘラザード、北アマルナ、他周辺諸国と、象牙の斜塔と疫病の関係が表沙汰にできる証拠を確保するよう協議と調査をしている』
「それは助かりますね。いい加減、歌を聞かせてるのも不思議に思うだろうし」
『それはそうだな。それに帝都の記念祭もあるから、感染の心配なく楽しめる状況を作りたい』
「ですよねー」
頷いてはみたものの、なんだか妙なことになってきたなぁ。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




