祭りの終わりは春の始まり
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次回の更新は、3/24です。
祭りはいつか終わる。
陽もとっぷりと暮れて、空には真円の月が浮かんだ。
かがり火は燃えているけれど、遅くなったら消される。その前にルイさんとヴァーサさんがなんでも市場の終わりを宣言すると、店頭から売り物がなくなった屋台から店じまいを始めた。
菫子さんの店も売り物が全てなくなって店じまい。 Effet・Papillonの屋台も、並んでくれてたお客さんを捌いて終了だ。
ドラゴンのラナーさんはあれからハリシャさんと一緒に菊乃井の子ども達と踊って遊んで、上機嫌で「また来るわな~!」と楽し気に帰っていった。
モトおじいさんも持ってきたものはほぼ売り切れたと、源三さんと飲み屋街に消えたそうな。
ジュンタさんと董子さんは猩々酔わせの実を使った新しいお菓子の開発で、ちょいちょい菊乃井で会う約束をしたという。それが出来ても出来なくても、帝都の記念祭に董子さんと行商に行くことにも。
皇子殿下方や陛下、妃殿下は、ジュンタさんや菊乃井の住人から色んな話を聞けたそうだ。帰ってからはそれを胸に、治世に励まれるとか。
獅子王閣下はソーニャさんにちょっとお説教されてたけど、すっきりリフレッシュ出来たそうで明日からまたシュタなんとか公爵家と渡り合ってくださるって。
そして。
「病のこと、私なりに考えてみたのですが……」
上品なグレイヘアをシニヨンにした、着ている物こそ簡素だけど、姿形に気品を感じる老婦人が柳眉を顰めた。
美奈子先生の知る彼の病を兵器に転用しようとしていた男は、自分の研究に誇りを持っていたらしい。だから自身を追い出した象牙の斜塔に、自分の研究成果を唯々諾々と渡すとは思えないそうだ。
もし渡すとすれば、きっと象牙の斜塔の長の地位くらいは平気で要求するだろう。しかし男は象牙の斜塔へ戻ることも、その名誉が回復された様子もない。
象牙の斜塔の長のおかしな動き――自分達から病をどうにかする術を売り込んだ――を鑑みるに、象牙の斜塔が彼の研究成果を奪い取ったと考えるのが妥当だろう。
だが、象牙の斜塔の長は彼の研究者の性格を恐らく読み間違えた。
「あの人はワザと奪わせたのかもしれません」
「ワザと?」
「ええ。奪われてもう取り返すことも叶わない。それであれば、自身の研究成果を誰かが使おうとした際に、その相手に牙を剥くようにトラップを仕掛けておくくらいはやる人でした」
「じゃあ、魔力量が多い人が重篤化する仕掛けが……?」
「はい。ただあの人も計算違いをしたんです。今の斜塔の長は魔術師としては、それほどの存在ではありませんから」
「どういうことです?」
意味を計りかねていると、美奈子先生の隣にいた大根先生が口を開く。
「彼は弟子達に魔力を上納させて、自身の魔力の強さや量を対外的に大きく見せているのさ。斜塔の長として侮られないようにな」
「魔力の粉飾偽装? なんの意味があるんです?」
「魔術師同士の面子の張り合いだよ。魔術師も自分より弱い者を侮るのは、そう他の者達と変わらないからね」
「あー……なるほど」
なるほどって言ってみたけど、サッパリだ。量も質もあることには越したことないけど、使い方次第だってばよ。
まあ、でも解った。
彼の研究者は自分の研究成果を奪った象牙の斜塔の長に復讐すべく、魔力が高い人間を識別して重症化する呪詛を組んだんだろう。だけど象牙の斜塔の長は実際魔力量が少なく、重症化するどころか……って話だったわけだ。
計算違いばっかりだな。
なお某国の公爵夫人が病に罹ってもまだ儚くなってないことについては、象牙の斜塔の叡智のお蔭ではあるようだ。斜塔の長達がおかしなことをしていても、蓄積された智は本物だから。
というか、長も変に欲をかかなければ腕はそこそこの薬師みたい。象牙の斜塔の智の蓄積を使いこなしてるんだもんね。
ただその智の蓄積を正しく運用しても病状を好転させられないのは、それだけルマーニュ王国で病が変質してるか呪いの強度が上がっているからか……?
何にせよ帝国や北アマルナの疫病対策は、ルマーニュ王国ではあまり使えないかも知れないな。
貴重な情報のお礼を伝えれば、美奈子先生が首を横に振る。
「本来なら斜塔にいた人間が払わねばならぬツケだったんです。それなのに私は研究にばかりかまけて目を背け続けた。それが酷く情けなくて」
「耳が痛い話だな。吾輩も煙たがられるを良しとして、変わっていくことを黙って見ていた」
美奈子先生の弱弱しい肩を、大根先生がしっかりと抱く。
自分達がお金を稼げないのを長が何とかしてくれると思うと、強くは出られなかったんだろうな。それに内部の人間ほど腐敗が見えないってのはよくある話だし。美奈子先生や大根先生だけの責任ってわけでもないだろう。
「象牙の斜塔の問題はひとまず置いて、まず疑似エリクサー飴の量産を急ぎましょう。病を撒いたのが象牙の斜塔なら、その病を食い止めるのも斜塔出身の研究者の身の処しようでは?」
「たしかに」
「ええ、そうですね」
苦い笑みが美奈子先生のしわの刻まれた顔に浮かぶ。苦悩の表情にも品格がある辺り、若い頃からずっと美しかったんだろうな。
にしても、大根先生はずっと美奈子先生の肩を抱いて寄り添ってる。美奈子先生もまんざらでもないのか、大根先生の手に自分の手を重ねてて。
ここで口を出すのは絶対野暮だ。少ない経験でも解るようになって来たぞ。
すっと目を逸らすと、視界にレグルスくんが見える。
和嬢と手を取り合って、見つめ合ってるんだよ。
「なごちゃん、またおてがみかくね?」
「はい、れーさま。えにっきもたのしみにしてますね?」
「うん、もちろん。またあえる?」
「つぎはきっと、ていとのおまつりになるとおもいます。それまでになにかひとつでも、わたくしもできることをふやしたいとおもいます」
「そっか。おれもがんばる。いつもいっしょだ」
そんなことを言って、レグルスくんはひよこちゃんポーチからいつの間に買ったのか Effet・Papillon製のサシェを和嬢に渡す。和嬢からは「これを」って、刺繍の入ったハンカチをもらってた。
てぇてぇ。心が浄化される。
心の中で拝んでいると、ぽんっと肩を叩かれる。振り返りたくないけどそうもいかなくて振り返ると、統理殿下とシオン殿下が笑ってた。
「次は記念祭だな、帝都で待ってる」
「え? 記念祭の間は忙しいのでご遠慮申し上げたいなぁ……なんて?」
「ああ、呼び出し状、じゃなかった、招待状もう準備してるから」
それ最早強制じゃん。
流石にそれは言えなかったけどジト目で二人をみると、その背後に彼らのご両親が立つ。
「菊乃井卿、今日は楽しかった。ありがとう」
「ありがとう、鳳蝶さん」
「いいえ、お二方の良き思い出になれば光栄です」
穏やかな言葉に最敬礼で返す。なのに忍び寄ってきたロマノフ先生が「本音は?」とか言うから。
「次からは先ぶれを……!」
そういうとめっちゃ笑ってた。
宰相閣下ご夫妻も獅子王閣下もちぃっと苦笑いだ。
だけど皆今日の一日が楽しかったんなら、もうそれで万事まるっと丸儲け。
それぞれロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんに送られて、帰るところに帰っていった。
ひよこちゃんがきゅっと私の手を握る。
「なごちゃん、よろこんでた」
「そっか。寂しい?」
「ちょっと。だからぎゅっとして?」
「うん」
ぎゅっとレグルスくんを抱っこする。
「姫君様、明日お戻りになるそうだよ」
「ほんとう? うれしいな!」
祭りはこうして幕を閉じた。
翌朝、身支度も朝ごはんもさっさと終わらせて。
ウキウキと弾む心のままレグルスくんと手を繋いで庭に出る。
すると庭掃除をしていたアンジェちゃんにあった。
彼女は演奏の後、ブラダマンテさんとシエルさんと行動していたそうな。
「あのね、えんちゃんにあえました!」
「え? そうなの?」
「はい。ぬのごしだけど、えんそうきいてたって。すごくうれしかったって! いつかあいにいくってやくそく、まもるからねっていってました」
「そっか、良かったね」
「アンジェ、よかったな!」
嬉しそうなアンジェちゃんの頭を、レグルスくんと二人で撫でる。
それから二人でスキップしながら奥庭に行くと、そこには大小見事に咲く野ばらに混じって大輪の牡丹の花が。
高き香りを放つ花にレグルスくんと二人跪く。
「お戻りなさいませ」
「おもどりなさいませ」
牡丹が眩く光り、人の形を取る。
「出迎え大儀」
麗しく微笑む花の主が、たった今地上にお戻りになった。
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