宴もたけなわ
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次回の更新は、3/21です。
ぐっと拳を握り込んで希望の配達人パーティーは、それぞれ仲間の顔をお互いに見合う。そうして三人同時に頷くと、私に顔を向けた。
まるで高い山に登る前の人と同じ目で。
「やります」
パーティーを代表してシェリーさんがはっきりと口にする。
私が返す言葉はただ一つだ。
「では、交渉成立ですね」
ぱちぱちとひよこちゃんが拍手するのにつられて、和嬢も拍手する。
その音に気が付いてか、宰相閣下ご夫妻や鷹司さんご夫妻、その他関係者が振り返った。
一斉に人に注目されていることに、希望の配達人パーティーが肩をビクッと跳ねさせる。その顔はちょっと緊張気味。
今からそんなガチガチでどうするのさ。これから多分地獄が待ってるのに。主にブートキャンプっていう。
なので「ご愁傷様」という気持ちと激励を込めるために、出来るだけ優しい笑顔を見せて。
「ラシードさんは『無念』が私の好物だと言ったけど、あれは少し間違っています」
「え?」
「正確に言えば『無念を糧に、そこから何としても這い上がる執念深さと怒りの深さ』が好きなんです」
私の告げたことに、少しだけ三人が首を傾げる。執念深さに関しては思うことがあるようだけど、「怒りの深さ」はピンとこなかったらしい。
でもさ。
「皆さん、一瞬でも悔しいと思いませんでした? 皆さんが勝てた理由が『無意識の侮り』だと聞いて」
アレは彼らが負けた後の話だ。
結局のところ、ウインドミルにしてもウォークライにしても彼等を無意識に侮っていたから負けたって話をした。その時に僅かに三人とも言葉に詰まってた。
そりゃそうだよな。
私だって識さんと同じく、シェリーさんの無力化を最優先にする。本来魔術師ってそのくらい怖がられる生き物なんだ。だけど彼らは経験上と、シェリーさん達の若さと位階に惑わされてそれを怠った。それが舐めプでなくて何なんだ。
ただまあ、侮られた原因はそれだけでない。ビリーさんとグレイさんのシェリーさんへの信頼を越えた依存もその要因ではあるんだよ。
その諸々の怒りを、自身を磨く石に出来れば……。
「悔しいなら、突き付けてやればいい。仮令どんなに弱くとも、戦う意志を持って向けた刃の鋭さを侮るな、と。貴方達自身の手と存在で」
柔く囁くように告げれば、自分達の底にあった怒りに気が付いた三人が燃える目で頷いた。
やる気になったところで、ふと思いついて奏くんや紡くんを手招く。ひよこちゃんは何も言わなくても、和嬢と一緒に傍に来てくれた。
「レグルスくん、奏くん、紡くん。頼める? 魔術や戦術はラシードさんに頼むから」
「お? おお、いいよ。ノエ兄ちゃんや識姉ちゃんにも声かけて大丈夫?」
「勿論。最終的には『鬼ごっこ』参加が目標ってことで」
「おにごっこは、つむたちがおにをするんですか?」
「うん、そう。そのくらいまで帝都の武闘会までに鍛えてあげて」
「まかせて、あにうえ!」
ひよこちゃんの「おー!」という勝鬨に合わせて、奏くんや紡くんが拳を突き上げる。なんか和嬢のポシェットからピヨ丸も「ピー!」って腕を振り上げてた。
そこにエルフ先生達も混ざって。
「おや、私達はお役御免ですか?」
「ボク達も手伝うのに」
「そうだよ、あーたん」
「ありがとうございます。でも先生達にはノエくんや識さんをお願いしたいので」
あの二人はあの二人で、叩きつけたい怒りがあるんだ。希望の配達人を鍛えるのは、あの二人にも復習になるだろうけど、それはそれとして別口で修行しないといけないからね。
とんとん拍子に決まることに、希望の配達人パーティーが目を白黒させる。
「あの、そこまで協力していただけるんですか?」
「そりゃそうですよ。これは将来の投資、きちんとフォローはしますとも。他者の努力の上澄みだけを持っていくのは、取引でなく搾取です。私はそういう輩と戦ってきた。そいつらと同じことをするなんてあり得ない」
まあ、他にも旨味のある話だからね。
菊乃井の武闘会がこうまで盛り上がってしまうと、帝都の記念祭の武闘会のハードルが上がっちゃうんだ。何か目玉になる物がほしい。
そしてこういう話は何故か私の方に来る。
先もって手を打ったのが解ったのか、宰相閣下が苦笑する。
とりあえず今後の話は明日以降っていことで、一旦希望の配達人パーティーとはお別れ。
菫子さん屋台の列に戻ると、統理殿下とゾフィー嬢がニヤニヤしてた。
「結局拾ったな?」
「本当に」
「あのときとは状況が違いますからね。シェリーさんは中々逸材ですよ。そのシェリーさんの戦略に、素直に添えるビリーさんとグレイさんも。若干の依存傾向さえなんとかすれば、それこそ第二のバーバリアンやウォークライの位置を狙える」
これは本当のことだ。
私の戦闘記録をひよこちゃんに見せられただけで、猫の舌の可能性に気が付いて研究を重ねたっていう。それなら他の魔術に関しても、思いもよらない使い方をしてくるかもしれない。そういうタイプは強くなるんだ。
「今年の武闘会も楽しみがあるということだな」
「そのようですね。あの方々が、望みを果たされると良いけれど……」
鷹司さんご夫妻が言えば、獅子王閣下も頷かれる。
とはいえ勝負は時の運だしな。勝てるように支援はするけど、本当に頑張らないといけないのは彼等だ。
エストレージャにせよベルジュラックさんに威龍さんにせよ、結局は彼ら自身が頑張ったから掴みとった今だし。
菫子さんの屋台ではお菓子も買ったけど、手伝いに来てたジュンタさんを捕まえた。
皇子殿下方に彼女を紹介してほしいって言われてたからだ。
ジュンタさん自身は持ってきた猩々酔わせの実のお菓子を売り切ってしまって、暇だったから董子さんの屋台の手伝いを申し出てくれたらしい。
なんか識さんとノエくんだけじゃ手が足りなくなって、美奈子先生のお弟子さんの手も借りてるそうな。
美奈子先生のお弟子さんは和嬢にとっての姉弟子で、和嬢が改めてご紹介してくれた。
「エマおねえさまです。いつもわたくしにいろいろおしえてくださいますの」
「ああ、朝にご挨拶してくださった方ですね」
「はい。美奈子先生の身体のことまでご心配とご配慮いただいて……!」
「朝も言いましたが、美奈子先生という得難い存在に来ていただけるのです。これくらいのことはさせていただきますとも」
エマさんは何度もお礼を伝えてくれる。でも下心があってのことだしな。これからも梅渓で頑張ってくれたらいい。
そんなようなことを言えば、目を潤ませて「頑張ります!」と答えてくれた。実際彼女は美奈子先生の右腕として、疑似エリクサーの精製法研究の重要なポジションにいるそうだから。
挨拶もそこそこに屋台で注文した料理を受け取ると、皇子殿下方とゾフィー嬢はジュンタさんを連れてテーブルに。
身形と私の連れってことでジュンタさんは緊張してたけど「この人達は貴族じゃないですよ」って伝えると、安心したのか尋ねられるままに色んな話をしてるみたい。
「いいのかい?」
そのテーブルを離れた所から見ていると、同じテーブルについた獅子王閣下がそっと私に尋ねる。
「私は嘘は吐いてないですから」
「まあ、皇族だから貴族じゃないけれどね」
「色んな事を知りたいのはきっと皇子殿下方だけじゃないと思うんです」
「そう、だろうな」
結局のところ陛下や妃殿下も、お祭りにかこつけて直接自分達が治める人々の暮らしを見たいんだろうな。
下のものに尋ねたところで、そこに人が挟まれば挟まるほど実態からは遠ざかる。けれど実際を知らないことには、測れないものがあるのはたしか。
「まあ、だからって何で私の領地でやるかな……とは思いますけど」
ぶちっと零せば、獅子王閣下が噴き出した上に声をあげて笑われる。
笑い事じゃないんだってば。
ジト目になりつつ禍雀蜂の蜂蜜入り蒸しパンを齧っていると、ふと牡丹の香りが。
「明日帰るぞよ」
耳元で囁く彼の方の声にハッと振り向けば、夕日に虹色の蝶が飛んでいた。
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