公式もおかしいけど、色々とおかしい
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次回の更新は、3/14です。
流石に大根先生のお弟子さん達、聡いというか鋭いというか。
何処かの身分ある女性ってことを把握しても、それ以上お尋ねすることもなく。
私の連れである以上、凄い家の人ってだけで納得して施術をしていた。
途中ヴィンセントさんが「冷え性がおありでは?」って尋ねてたくらい。
それがなにかって言えば、ちょっと身体が温まる成分の入ったハンドクリームと、指先から全身を温める効果を持たせた魔石で作ったビーズを付けるのをお勧めしてたくらい。
もっともご本人がほしいっていう前に、それぞれの旦那様やご婚約者様が購入してたけど。獅子王閣下には僭越ながら私がプレゼントした。
浩然さんはついでに付け爪も勧めてたな。
旅の最中に採取した特殊な樹液で、日光に当たると透明になって固まる性質を持つ物があったそうな。それでいてマヌス・キュアの染料と相性がよく、その樹脂に魔力タンク代わりの魔石ビーズをつけて、ついでに特殊な染料で模様を描いておく。それを爪型に成型して、指先に装着すると、マヌス・キュアを自分の爪に施したときと同じ効果を得られるとか。
凄いじゃん。
もっとも爪に成型するのが難しいらしく、量産化出来るようになるまではちょっと時間がかかるらしい。その目途が付いてからお披露目するつもりだったそうだ。
偶々私が通りかかったし、お洒落な貴婦人の目に留まったし、そういう「運」を逃すなっていうお兄さんの言葉を思い出して話してくれたとか。
マジで、持ってるよ。
だって皇帝陛下と宰相閣下のお話合いで、今の今研究費の増額が決定したもん。
この技術は「商機」となるってね。
二日後に皇居で、帝都住みの貴族のご夫人とご令嬢、並びに大使館をおく国の大使のご夫人やご令嬢を集めたお茶会が開かれるそうだ。そこで帝国を代表する家の女性がこぞってマヌス・キュアを爪に施しているとなれば、もうマヌス・キュアが流行するのは決定事項ってわけ。
そして社交界は何も帝国だけじゃない。帝国から、お茶会に招かれた国の大使のご夫人・ご令嬢伝いにその本国へと流行っていくのも想定される。
流行においても主導権を取れるのが大国の証だ。
新たな商機と新たな技術の発現、それはイゴール様への供物となり得るだろう。しっかり神事の側面を満たしてくれて、何よりだ。菊乃井の懐も暖まりそうだしね。
綺麗に指先を飾って、お買い物は続く。
しかし私としてはそろそろ何か食べに行きたいところ。
そう口にすると統理殿下が頷いた。
「そうだな。ゾフィーも歩き疲れたんじゃないか?」
尋ねられたゾフィー嬢は麗しく唇を上げた。
「そうですね。でもあと一つだけ寄りたいお店がありますの?」
「え? どこ?」
シオン殿下がきょとんと首を傾げる。
猛烈に嫌な予感がして、私はそっと目を逸らした。
そんな私を他所に、ゾフィー嬢の可憐に彩られた指先がずらっと人が連なるように並んでいる場所を指差した。
「あそこですわ」
列をなす人の長い連なりに、奏くんが「ああ」と零す。
「あれ、Effet・Papillonじゃん。旭さんいるし、ナジェズダさんとキリルさんもいる」
「ええ。領都の冒険者ギルドで面白い本を手に入れましたの。だから殿下方にもお見せしたくて求めに来たのですわ」
「あー……並ぶの?」
「どうしましょう?」
だから! ゾフィー嬢に会いたくなかったんだよ!
目を逸らしたまま話題を聞かないようにしていると、和嬢が「本」と聞いて気になったらしい。レグルスくんに「どんなごほんなんですか?」と尋ねるのが聞こえた。
「ああ! それだったらなごちゃんにあげようとおもって、ちゃんとじゅんびしてるんだ。はい!」
「まあ、こんなにたくさんいろいろいただいて……!」
「おれもでてるから、なごちゃんによんでほしかったんだ」
なんて言うレグルスくんの手元には「Effet・Papillon公式菊乃井侯爵読本」なる本があって。
タイトルを確認した宰相閣下と鷹司さん、皇子殿下二人と獅子王閣下が、私を見る。それから本に視線を戻して、また私に視線を投げてきた。
「それ、読み物として面白いんですよ。天地の礎石で伝承級アンデッドを討伐したときの様子が小説化されていますし」
「うん。あとね、あーたんやれーたんの普段の様子とか戯画化してあって可愛いし」
「カナやツムも出て来て、普段何してるとか詳しく描いてあるんだ」
エルフ先生方の解説に、益々視線が突き刺さる。
とはいえあの列の全てが本を求める人なはずがない。Effet・Papillonの小物だって売ってるので、寧ろそっちがメインのはず。
下手に何か言えば面白がられるのが目に見えてるんで黙っていると、ドヤドヤと賑やかな一団が通りすぎようとして止まる。
なんだと思うと、ぴこっと虎耳が揺れた。
「あ、鳳蝶坊」
ジャヤンタさんとカマラさんやウパトラさんだ。
武闘会も終わったことだし、彼らも買い物や食事を楽しみに来たそうで。
ついでにEffet・Papillonの屋台も見て回ろうということになったらしい。
「鳳蝶坊や達の本が売ってると聞いたからね。でももう売り切れてしまってて。今並んでるのは、Effet・Papillonの小物を買う人だそうだよ」
「……売り切れ?」
「ええ。本自体は昨日の午前中で売り切れてたらしいわ。残念よね。でも再版の予約したから」
「再版、だと……?」
カマラさんとウパトラさんの言葉にぎょっとする。
この間発売前重版したとこなんだが? っていうか、それ以前に単なる七歳、いや八歳の子どものどうしたこうしたああしたとか、何が悲しくて重版するんだよ? 小説は面白かったけど、大分解釈違いだし。
愕然としてると、視界の端を何か白いものが掠めた。
何とはなしにその白いものが気になって、バーバリアンの皆さんとはそこそこに別れる。
気になった白を探していると、不意に紡くんが Effet・Papillonの列に並んでいる白衣の少年の傍に近付いた。白衣の少年?
「イゴールさま、こんにちは」
「あ、紡。こんにちは……じゃなくて、し!」
話しかけられた白衣の少年は見間違いでもなんでもなく、まさしく人差し指を唇の前に出したイゴール様で。
いやいや「し!」じゃないんだよなー……。
内心で白目どころか口から魂が出そうになる。
こういう時に一切物怖じも遠慮もしない勇者・奏くんがイゴール様へとお尋ねした。
「何してんの、イゴール様?」
「何って、買い物だよ。鳳蝶の本を買ってこいって、百華や氷輪や艶陽に天界から放り出されたんだけど売り切れてて。それなら『可愛い編みぐるみ買ってこい』って言われてさ」
「へぇ。じゃあ、おれと紡で二冊あるから、一冊あげるよ。あとで神殿にお供えしといたら大丈夫?」
「え!? 本当かい! 助かるー!」
「イゴール様にはお世話になってるからな」
奏くんと紡くんが鼻の下を指で擦りながら言えば、イゴール様はホッとしたような顔で二人に抱き着く。けど次の瞬間真顔になった。
「……本は有難く受け取るけど、それはそれとして『編みぐるみは買ってこい』だって」
「ああ、そう。じゃあ、頑張って!」
「がんばってならんでください!」
凄く爽やかな笑顔で奏くんと紡くんが言い切る。
対してイゴール様は物凄くショックを受けたような表情で、奏くんの肩に取りすがる。
「え!? 並ぶの付き合ってよ!?」
「それは嫌」
「つむも、いやです」
にべもないってこういうときに使う言葉だったか?
ちょっと気まずい光景に目を逸らした私を言付けて見つけて、イゴール様が叫ぶ。
「鳳蝶ー! 何とかしてよー!?」
「えー……いやー……イゴール様、私が順番抜かしの特別扱いを誰かにすると思います……?」
「全然!」
「ですよねー……」
にこっと笑うと、イゴール様の肩がしおしおと落ちた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




