異文化コミュニケーション楽市楽座
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次回の更新は、3/10です。
気を取り直して買い物の続きだ。
服飾系のスペースには他にも色々出店がある。
雪樹から来た人達の毛織物の出店に行こうと思ってたんだ。
だってほら、馬車……。
うちの馬車の内装の酷さについては、あれからロッテンマイヤーさんに相談してみたんだよね。
その結果というか、やっぱり壁紙とかは変えようって話になった。でもそれだって直ぐには出来ないので、敷物とかでちょっと誤魔化しておこうってことに。
それで折角だから雪樹の人達の毛織物を採用することにしたんだ。
目的は雪樹からの移住者の皆さんとの融和と、彼らを大事なパートナーとして遇しますよっていうアピールだね。
というわけでゾロゾロと雪樹の屋台へ向かうと、この間お話した売り子の人がいた。
それが勘違いのもとになった訳だけど、彼らの角は多種多様。ガゼルみたいな形の角の人が、私に気が付いて手を振ってくれる。
「ああ、ご領主様! いらっしゃいませ!」
「この間のお約束通り、寄らせていただきましたよ」
「ありがとうございます。後ろの方々は……?」
にこやかだけど、大所帯なことに驚いたみたいで素直な問い掛け。それに対して宰相閣下の奥方様が穏やかに答えた。
「親戚ですの。お世話になっております」
にこやかな笑みに、雪樹の人は「そうなんですね~、こちらこそ~」とだけ。私の親戚ってことは貴族なんだろう。それくらいにしか思わなかったみたい。
ラシードさんを通じて先に敷物などを注文したい旨を伝えてあったからか、そういった物が沢山出てくる。
鮮やかな紅い花が散った物から、何か物語を織り込んだ物、それから雪樹の人達に馴染みのある魔物の姿が生き生き描かれた物。どれも沢山の色糸が使われていて、温かそうだ。
「馬車だったら腰に良さげな感じがいいかと思って、クッションになりそうなのを用意してみました」
「そうですね、洗い替えも必要だし……」
迷っていると、シシィさんがひょこっと顔を出した。
「乗ると想定される方によって変えてみてはいかが?」
「乗ると想定される方、ですか?」
尋ねると、シシィさんの言葉を引き取るように艶子夫人が頷く。
「ええ。お客様を迎えるのであれば、その方の身分や性別で変えるとか。菊乃井卿が乗るのであれば、それを示すようなものを使うのも差別化が図れますわね」
「なるほど……」
そういう観点はなかったな。
貴族にとって格って結構大事で、おもてなしもその格にあわせて足りなくてもやりすぎてもいけないもの。
うちには今そういう奥向きから表のおもてなしに通じる部分を取り仕切る女主人がいない。だからお二人の言葉は実に参考になる。
お二人の助言を有難くいただいて、何種類か購入することとして後日バリエーションを屋敷に持って来てもらうことに。
結構な規模の取引になって、雪樹の人もホッとしたみたい。
それにシシィさんや艶子夫人が魔物の毛で作った上等なショールを買ってて、それを見たゾフィー嬢と獅子王閣下も手袋とか買ってた。
和嬢もお祖父様からフェルトのブックカバーを買ってもらって嬉しそうだったし、シオン殿下もマリア嬢にフェルトの小花で作った髪飾りをご購入。
そういえばシオン殿下はマリア嬢を一緒に市場にって誘ったらしいけど、歌劇団のメンバーと回るからって振られたそうな。
因みに奏くんはコンサートの前に飴細工の花束をマリア嬢に渡したそうで、シオン殿下に「菊乃井の男子ってなんなの? 贈物が特技なの?」と言われたらしい。そんな特技は聞いたことがないが?
それは置いといて。
帝国の貴族だけじゃなく皇族までもがファッションに雪樹の織物を取り入れたとなると、これはちょっと違う流れも想定しないといけないかな?
まあ、これも後日考えよう。
他にも屋台は色々。
マグメルにも出店していた人魚族のお店もあった。
あの店主さんのご親切で、レグルスくんが和嬢に贈るために買ったリボンにその場で魔除けの刺繍を入れてくれたんだよね。
そのお店があることを伝えると、統理殿下がゾフィー嬢とリボンを買いに行って。
艶子夫人と宰相閣下、鷹司ご夫妻もお揃いのハンカチを買って、刺繍してもらってた。
「鳳蝶、僕とお揃い……」
「絶対嫌です。謹んでお断り申し上げます。っていうか、血迷わないで下さい」
「そこまで言う!?」
「なんで言われないと思ってるんです!?」
しょっぱい顔のシオン殿下に、こっちは真顔だ。
お揃いにするならシオン殿下より先にレグルスくんとするわ。
しばしお互いに「何言ってんだコイツ」って感じで睨み合う。
そんな中、ぽんっと手を叩く音がして何事かと思ったらシシィさんがキラキラした笑顔だった。
「まあ、シオン……! 貴方、統理以外にもお揃いを持ちたいお友達が出来るなんて……!」
「え!? や、そういうわけじゃ……」
「そんなに仲良くなったのねぇ! 母様嬉しいわ! 記念に私が二人にお揃いのハンカチを買ってあげますね!」
「は!? え、いや、そんな……!」
「遠慮しないで、ね!」
にこにこと嬉しそうなシシィさんに、それ以上の拒絶は吐けない。シオン殿下も凄い顔だけど、お母様を止められないご様子だ。
いや、マジで遠慮なんかしてないんです! 本当に!
助けを求めようにも夫である佳仁さんは見て見ぬふりだし、長男坊は婚約者といちゃつくのに忙しいし、奏くんと紡くんは遠巻きにしてるし。
頼みの綱のレグルスくんと言えば、和嬢とピヨ丸とリボン選びに夢中で。
宰相閣下ご夫妻と獅子王殿なんか「頑張れ」って口パクだ。ロマノフ先生やラーラさん、ヴィクトルさんに至っては、シシィさんと一緒にお揃いのハンカチを選び始めてる。
「殿下のせいですからね……!?」
「地獄の底から這い出たみたいな声で言われても……!」
ぼしょぼしょと小さい声でやり取りしていると、本当にハンカチをシシィさんから いただいてしまった。しかもシオン殿下とお揃いの花柄。おうふ。
にこやかにするシシィさんを見てると、それ以上は何も言えない。お礼をいってハンカチを鞄にしまうと、シシィさんが何か見つけたようで屋台の前に出ている看板を指差す。
「『指先からお洒落を楽しみませんか?』ですって。あれは……」
「ああ、マヌス・キュアの魔術を抜いたものですね」
爪に魔術伝導効果のある染料で絵を描くことで魔術を発動できるようにする技術を、マヌス・キュアっていう。
大根先生のお弟子さんのヴィンセントさんの家系の長きに渡る研究成果なんだけど、現行魔力のない人でも魔術を発動できるところまで研究は進んできた。でもそれを悪用させない方策を確立するまでに、この技術を一足先に指先のお洒落として根付かせたい。
そんな意図で屋台でお洒落出張サービスをすることにしたんだそうな。一度一つの方向性で使用法を刷り込んで、それが固定概念化できれば、違う方向に利用しよって考えるのは難しいから。
そんな話をすると、シシィさんが「そうね」と頷いた。
「でしたら、ここは私の出番ね。ゾフィーも乙女さんも艶子夫人も一緒に」
「はい」
「ええ」
「は」
おっとりと三人に声をかけると、淑やかにシシィさんがマヌス・キュアの屋台へと。
四人で行かせるわけにもいかないので、私もレグルスくんも和嬢もついて行く。勿論ロマノフ先生達も一緒だ。
ずらっと大人数で屋台に行ったもんだから、それだけで威圧感が凄かったんだろう。
それまで座って作業していたヴィンセントさんと、手伝っていた浩然さんが顔を上げた。
丁度施術が終わったみたいで、女の子が去っていく。
並んでいる人もいなかったので、入れ替わりにシシィさんが施術台に手を置いた。
「よろしくて?」
「あ、はい」
にこやかに話かけられたヴィンセントさんと浩然さんが、私と彼女達を見比べてきょとりと瞬いた。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




