慕わしきは、春
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、3/3です。
空に映し出された遠距離映像通信魔術は、ネフェルティティ王女殿下も観客に戻ると宣言されて閉じられた。
こちら側からネフェルティティ王女殿下が見えないだけで、あちらとの通信は切れていない。
観客の拍手や喝采がまばらになった頃、私達はそれぞれ用意された楽器の前へと座った。
私とアンジェちゃんは箏、レグルスくんと紡くんが笛、奏くんが三味線。紡くんは鼓とかも出来るんだけど、今回は曲との兼ね合いで笛だ。
指揮者としてヴィクトルさんが観客に一礼、そして私達に向き直ると指揮棒を軽く上げる。
赤いフェルト生地――緋毛氈に座って正座でってスタイルが前世では印象的だったけど、こっちは立奏台に箏を乗せて奏者は椅子に座って演奏っていうのが一般的。だから私もアンジェちゃんも椅子に座ってるし、レグルスくん達もそうだ。
観客が静かに私達を見守る中で、ヴィクトルさんの指揮棒を持った手がゆっくりと動き出す。
それに合わせてまず私とアンジェちゃんの箏が始まった。その音に合わせて、レグルスくんと紡くんの笛と奏くんの三味線が入ってくる。
この曲は前奏がとても印象的で、前世ではこの部分を聞いただけでほとんどの人が曲名を答えることが出来たくらいで。
春といえば、これ。
それくらい有名だから、ユウリさんも「この曲が相応しいんじゃないか?」ってヴィクトルさんに伝えてくれたみたい。勿論私も、この曲がいいんじゃないって思ってたし。
それは、淡い春と懐かしいあの人を思う曲だ。
前世の故国・日本を代表する女性シンガーの曲だから、歌詞もある。
箏の弦を爪で弾きながら、ヴィクトルさんの指揮を合図にゆったりと歌い出す。
淡い光を帯びて降り注ぐ柔らかなにわか雨、その中で咲く花の香りに愛をくれた貴方を思う。
愛しいという言葉には男女の愛だってあるだろうけれど、子どもが尊敬する人へ向ける慕わしい気持ちだって広く言えば愛だ。それなら私が姫君様を慕う気持ちも愛は愛。
冬の日にお別れしてから、この春の日までどれほど待ち遠しかったか。
少しは成長したところをお見せ出来ているだろうか?
弦に触れる指は今のところ、正しい音律を紡いでいる。
アンジェちゃんも緊張してはいるけれど、その口元には仄かな笑みが浮かんでいた。箏に触れるときは、いつもえんちゃん様との再会を思うらしい。
レグルスくんや奏くん紡くんも、楽しそうに演奏してる。何か一つでも出来るようになったことを、日頃見守ってくれる人達に見せられるのは嬉しいことでもあるんだ。
一番を歌い終わって、二番へ。
一番の歌詞も好きだけど、二番の歌詞はもっと。
慕わしい貴方は思い出だけでなく、夢も与えてくれた。その貴方の眼差しが今も、道に迷うときも傍にある。
空も時も、何もかも超えて、いつか必ず春にまた貴方と――。
この曲を聞く人の心にも、会いたい誰かの面影が浮かんでいるといい。
さわさわと沈丁花の幻が会場の全体に雨の如くに降る。正直ここまでやるつもりなかったんだけど、魔術ってイメージが先行すると思わぬ広がりを見せるもの。
何だか花の香まで漂い出して、指揮棒を振るヴィクトルさんが困惑しつつ唇だけで「あーたん、盛りすぎ」って言ってきた。
けど、幻灯奇術で香りまで再現とか無理では?
現に私は沈丁花のイメージまでしても、香りのイメージはしてないもの。
戸惑いつつも最後までっていっても、この曲は最後フェードアウトするように終わる物だからゆっくりと言葉と音を閉じる。
そうすると幻灯奇術も終わり。ゆっくりと花の幻が消えていくのに対して、花の香りは全く消えなくて。
観客が一斉に立ち上がって拍手をくれる。
プロの人達とは比べるべくもない演奏だったろう。けれど砦の兵士達も観客も、皆笑顔で手を叩いてくれた。
そういえば演奏にも歌にも神聖魔術を乗せたけれど、北アマルナの人はどうだったかな?
気になるけど、とりあえず皆で椅子から立ち上がって、ヴィクトルさんと一緒にお辞儀。
すると拍手が大きくなったんだけど、突然カッと空が光った。
眩しくて目を細めると、光の中に渦があるのが見える。ああ。これ見たことあるヤツぅ……。
「若様……この砦、呼び鈴あったっけ?」
「ないなぁ、多分」
「じゃあ、仕方ないな……」
奏くんが遠い目で空を見上げる。そうだね、アレ、よくうちの応接間で見るやつだもんね。
ひよこちゃんも紡くんも、なんか遠い目だし。アンジェちゃんも「あれ、うつのみやちゃんセンパイがビクッてするやつ」って呟いてる。
しかし、いつまで経っても光の渦は光ったまま消えもせず。観客がその様子にざわめき始めたころだった。
ふわふわとそら空から本物の、それも色んな花が降ってきた。
誰もが見上げると、空に大きな影が六つ。
銀の鱗や翠の鱗、紫の鱗もいれば蒼の鱗や橙の鱗や紅色の鱗を持った古龍達が、花を散らしながら砦の上空で舞い遊ぶ。花は彼らの頭上から降っているようで。
『主さまのおしー! たのしかったから、主さまと姫神様方や他の神様方からのプレゼントだよー! 厄払いしていってあげるねー!』
紫に輝く古龍の上に鎮座した、靴下猫の編みぐるみがブンブンと前脚を振る。それと共に舞い遊んでいた古龍達が、それぞれ北アマルナや雪樹の方角や、帝都方面やマグメル、コーサラやシェヘラザードや楼蘭の方角に飛んで行った。唯一翠の鱗を持つ古龍だけは、砦を大きく二度ほど旋回してからロートリンゲン公爵領の方へと飛び去って。
後には清められた空気が静かに残る。
「……あにうえ。オレンジのうろこのこりゅうのあたまに、ひつじとおうまさんいたよ?」
「あー……えんちゃんさまのとこだねー……」
「銀色の鱗の古龍は小鳥頭に乗っけてたぞ? あれ、イゴール様のとこか?」
「えー……うん、多分?」
「なんであたまにぬいぐるみのせるの?」
「はやってるのかなぁ?」
「どうだろうね……」
なんかもう解んないけど、そうなんだろう。知らんけど。
皆が皆、呆気に取られてるって感じだ。締らない。でも〆てしまえ。
ヴィクトルさんもなんか死んだ魚の目をしてるし、私だって内心で白目剥いてるし。
どうしてこうなった……?
そんな気持ちを抱きつつ、これにてこの祭りの全ての神事が終わったことを告げる。すると観客達も何となく釈然としないまでも、「多分何も言わない方がいいみたい」という空気に包まれて。
再び温かい拍手に包まれて、私達は舞台から降りた。
後はなんでも市場を楽しむだけ。用事はもうない。
「あにうえ、このあとなごちゃんとおかいものだね!」
「ああ、そうだね」
そうだよ~、レグルスくんはこの後おデートなんだよね。保護者付きだけど。
ニコニコしていると、がしっと腕を掴まれた。それも奏くんから。
「若様、鷹司さん達どうすんの?」
痛いところを笑顔で刺してくる。
正直忘れたふりしてお帰り願いたかったけど、そうもいかないだろう。因みに今はロマノフ先生と獅子王閣下、近衛の隊長副隊長、それから通りすがりのラシードさんとイフラースさんが護衛してくれてるそうだ。宰相閣下ご夫妻と和嬢にはラーラさんが加わってくれている。
北アマルナの様子も気になるところだから、本当は通信とかで聞いてみたい。けれどそれは、お国を通してやった方が良いだろう。
頭の痛いことばかりに思わず大きな息を吐く。
私が「とりあえず」と口にすると、ひよこちゃんやアンジェちゃんがこてりと首を傾げた。
「とりあえず?」
「とりあえず、着替えようか。汚すの怖いし」
「ああ……これ着てるとまた父ちゃんと母ちゃんが腰抜かすしな……」
奏くんと二人、顔を見合わせて明後日の方向に視線を飛ばした。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




