ローダンセとシロタエギクの約束
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次回の更新は、2/28です。
緞帳が開くと、一面に人・人・人だ。
はっきりと顔が解るわけじゃないけども、ひしめき合ってざわざわしているのは解る。
大きく息を吸い込むと、私は聴衆に呼びかけた。
これから古楽の演奏を神様に捧げること、それを以て祭りの全ての儀式の終了とすること、それからその前に北アマルナの王女殿下が祭りの趣旨への賛同と、帝国との友好の証、それから今北アマルナで流行り病と戦う病人の慰めにハープの演奏をしてくださること。
それらを説明すると、大きく拍手が起こった。
さて、ここからだ。
すうっと大きく息を吸い込むと、それを合図にヴィクトルさんが空に遠距離映像通信魔術を投影する。
「北アマルナの王女殿下の宮に、遠距離映像通信魔術をお繋げしました。どうぞ、お出ましくださいませ!」
私の大きな声に客席の視線が空へと向かう。
繋がった先は演出なのか少し暗い部屋を、色とりどりの魔宝玉を使った暖かみのあるランプが柔らかに照らす。
そのオレンジに光る部屋の中に、淡くパール色に仄かに輝く大きなハープが置かれていた。
そこに静々とシースドレス――筒形のワンピースに、大きな宝石がいくつも連なる首飾り、手首にも翡翠や琥珀を磨いて作ったブレスレッドが幾重も飾られ、額には彼女の瞳と同じラピスラズリとアクアマリンのはめ込まれたサークレットを身に付けたネフェル嬢が姿を見せる。
その姿に、観客の誰もが息を呑んだ。
「麒凰帝国、並びにこの通信を見ている異国の方々、初めてお目にかかります。私は北アマルナ王国王女ネフェルティティ。このような場を与えていただいたこと、麒凰帝国皇帝陛下、そして菊乃井侯爵にお礼申し上げます」
口元には穏やかで優美な笑みを帯びて、ハープの前でドレスの裾を持ち上げて一礼。
愛らしく、さりとて敬うべき品格を感じさせるネフェル嬢の姿に、誰もが心を奪われている。そんな感じ。だって近くにいる紡くんやアンジェちゃんのおめめまでハートになってる感じだもん。
「我が国は今、未知の疫病の蔓延という未曽有の危機に晒されています。ですが、帝国の皆さんが病に打ち勝つ術を見つけ出し、それを惜しむことなく『我らは友である。ともに病に立ち向かおう』と、私達北アマルナの者達に開示してくださった。そのお蔭で、我らも病を克服できる道が見えてきました。帝国の皆様の篤い友誼に感謝するとともに、この絆が永遠に続くことを願います。ここに私は日頃生きとし生けるものを見守ってくださる神々への御礼を申し上げると同時に、帝国の皆さんへの友情の証としてハープを奏します。最後まで聞いてくださると嬉しい」
仄かにネフェルティティ王女殿下がはにかむ。
自分の言葉で自分の気持ちを率直に語っている。そういう姿と、恥ずかしそうにする年相応の表情は、品格を備えた王女というだけでなく可愛らしさも感じさせて。
気が付けば何処からか拍手が巻き起こっていた。それだけでなく「王女様、頑張ってー!」とか「北アマルナ王国、頑張って!」とか、そういう声がチラホラ上がっている。
その声はネフェルティティ王女殿下にも聞こえたのか、頬を染めながらハープを用意された椅子に。
背筋の伸びた可愛い姫君がハープを演奏するっていうだけでも、絵画の題材にはなるよね。
音を確かめるかのように指先がハープの絃に触れる。
流れてきた曲には覚えがあった。
ネフェル嬢と一緒にレグルスくんや奏くん、宇都宮さんやタラちゃん・ござる丸と一緒に、ロスマリウス様のご一族の墓所に参ったときに歌った歌だ。
生きる不思議と死の不思議を柔らかに歌い上げる曲で、歌ったのはあの一回切り。
多分だけど、ロスマリウス様が幻灯奇術でその時の思い出を取り出せるようにして、ネフェル嬢はそれを覚えるほどに見ていたんだろう。
ハープの絃が紡ぐ最後の音が、そっと空気に溶ける。観客は静かに耳を傾け、まだ余韻が抜けきらない。
そのとき不意に王女殿下が画面越しに「お久しゅう、菊乃井侯爵」と私を呼んだ。
え? いいの?
そう思いつつ顔を上げると、ネフェル嬢が頬を染めたまましっかり私を見てることに気が付く。
「この曲は、私と貴方と友人達の思い出の曲です。貴方との約束はまだ道半ばで、本当ならまだ会うことは叶わないと思っていました。でも、貴方がくれたこの機会を不意にしては、その時はもっと遠ざかってしまう。いつか真に再会できる日を待っていてほしい」
真摯な言葉に、どうしようかと考える。
お互い立場という物がある。これに応えることがネフェル嬢の立場を良くするのか悪くするのか、あまりに情報が少なくて判断がつかない。でも、彼女は決して愚かな人ではない。今、この時点で私との繋がりを明らかにして、自分の立場がどうなるかというのは解ってるはずだ。
悪くはならない。そういう理解でいいんだろうか?
押し黙っている私に、観客の視線が向く。それだけじゃなくひよこちゃんも。
いや、ネフェル嬢は立場が悪くなろうとも、この場できっとメッセージをくれただろう。私がマンドラゴラネットワークを通じてメッセージを出したことに応えて。
それに応えないで、何が――。
「お久しぶりです、ネフェルティティ王女殿下。仮令どんなに離れていても、私達は同じ志を持ち、より良い世界に向かって、同じく歩いてるのだと存じております。どんなに時がかかったとしても、いつかお会いできる日を、心よりお待ち申し上げております。この度は祭事へのご参加、誠にありがとうございました」
ゆっくり、静かに私は王女に頭を垂れた。
それに応じてか、ネフェルティティ王女殿下も再び優雅に礼を取る。
何処からともなく「帝国万歳! 北アマルナ王国万歳!」と声が上がった。それは小さな声からやがて「皇帝陛下万歳! ネフェルティティ王女殿下万歳!」という言葉が混ざって、大きな喝采へと変わる。
ネフェル嬢は驚いたのか、目を丸くしつつも手を振って笑顔で観客に応えて。
彼女の反応が可愛らしいと、益々観客から歓声が上がる。
「やったな、若様」
「へ?」
「ネフェル姉ちゃん、人気になるぜ? そうしたら帝国でも北アマルナのことを勉強しようって人増えるじゃん? 北アマルナの人と仲よくしようって気になるやつ多いと思うぞ」
「おお、それはいいね」
「で、おれらも頑張って北アマルナの人に好きになってもらったらさ。あっちも帝国と仲良くしようって気になってくれるかもじゃん?」
ぽんっと肩を奏くんに叩かれる。
その顔ときたら、いかにも悪戯を考えてますって感じの悪いお顔だ。
「好きになってもらってどうするの?」
「そりゃあ、あっちのダンジョンとかに冒険しに行けたら楽しいじゃん? あっちの方は帝国の人間は解んないし、研究者も入ったことのない遺跡とかあるらしいから。紡の研究にも役立つかもしんないだろう?」
「ああ、いい素材とかもあるかもだし?」
「そうそう。やるからには皆お得になんないとな!」
にかっと白い歯を見せて笑う奏くんに、紡くんが頬を赤くしてブンブン首を縦に振る。まだ知らない遺跡や色々が北アマルナにあることが、彼の琴線に触れたようだ。
アンジェちゃんもきゅっと拳を握る。
「がんばったら、あのおひめさまにあえる? わたくし、おひめさまにおあいしたいです! かげきだんのむすめやくさんのいちばんになるときのために!」
皆それぞれのやりたいことで目が輝いてる。
そうだな。誰かのために何かって思うより、自分のためにって思う方が私達にはあってるのかも知れない。
私だって疫病の蔓延する世界で自由に動けるかっていうと、それは違うし。
パンッと手を打って精神統一。
「よし、じゃあ皆。自分のために頑張ろうか!」
にやっと笑う。
「あにうえ、かっこいいおかおしてる! おれもがんばる! なごちゃんにいいとこみせるんだ!」
笑うレグルスくんが一番可愛いのは、何がどうでも真理だし。
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