グレイテストショー、開幕!
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次回の更新は、2/21です。
結界の中にスモークが立ち込める。
これも非日常への演出なんだけど、幕にも星や花が散る映像が流れて観客席のあちこちからため息が聞こえてきた。
砦全体が薄暗くなって、舞台が仄かに浮かび上がる。
町でライビュを見ている人には、舞台が目の前に現れたように見えているだろう。それもまた計算された演出だ。
最初の音楽がかかる。
本当は最初から全部オリジナルの曲でやりたいところだけど、それをするにはまだ色んな研鑽が足りない。
けれどそれは未来の自分達に託して、今やれることを。
その思いで選ばれた曲は、何とも歌劇――エンターテインメントショーの始まりに相応しい曲だ。
前世、貧しい生まれながらにショービジネスの世界で、沢山の才能を集め、日陰の道を歩んでいた人達とともに輝かしい成功を収めた興行主の伝記の映画があって。
そのテーマとして使われた、ショーへの思いを込めた曲。
手を足を打ち鳴らし、タキシードを着たシエルさんが「紳士、淑女の皆さん」と歌い始める。
これから最高のショーをお見せしよう。
彼女だけでなく客演のマリアさんや、凛花さんやシュネーさんの声も混じる。いや、歌劇団の団員全ての声が調和して、観客に「ともに楽しもう」と呼びかけていた。
色鮮やかなドレスを纏った少女や、凛々しい軍服、ありとあらゆる舞台衣装を着けた少女たちが踊る。
やがて熱は観客に伝わって、手拍子が割れるように降ってきた。
激しく打ち鳴らされた足や手が止まると、歌も終わる。その一瞬静まり返ったかと思うと、次には激しい拍手と歓声が舞台を包んだ。
光の洪水のような舞台が灯りを落とすと、速やかにお嬢さん達がはける。
これからだ、忙しいのは。
「お水いる人は私のところへ! 早着替えの人は手伝ってもらってー!」
段取りが一つ狂うだけでも、舞台の運びが狂う。そうならないように私もお手伝いだ。
舞台からはけてきたお嬢さんに、自宅から持ってきた水差しのお水を手渡す。
早着替えのお嬢さん達はこれからお芝居、つまりウイラさんとラトナラジュの物語を演じるのだ。
とはいえ、全部はお見せできないんでカイくんの妹のゲルダちゃんが、緊張した面持ちで舞台へ。
小花がついた淡い水色のキトン――前世でいうところの古代ギリシャの女性が着ていたようなワンピースを纏って、スポットライトに照らされる。
あらすじと彼女の置かれた立場を説明するのが、ゲルダちゃんの演じるヒロインの幼少期の出番だ。
今は昔、現在の天地の礎石に沼があったこと。その沼の主と彼女の友人が友達になり、彼女も数度一緒に遊んだこと。
思い出を可憐に歌を交えて語る。
平和で、何事もなく日常が過ぎて、少女は大人になればウイラ少年と結ばれるのだと漠然と感じていた。
それなのに……。
天地の礎石が作られた目的や、場所選びの話などは、他の団員達がそれぞれ王や神官に扮して音楽交じりに説明していく。
変わらないと思っていた日常に、どんどん不穏な気配が忍び寄って来る。
やがてそれは一つの形となって現れた。
即ち王の使いとして。
「この村の孤児を生贄に差し出せとの思し召しだ!」
ウイラ少年を慕う少女の親は、村長だった。かねてから娘が村の孤児と仲良くしているのを快く思っていなかった父親は、王の使者の言葉をわざと曲解してウイラ少年の命を奪おうと考えた。
それを知った少女はウイラ少年を助けるべく、家を抜け出す。そしてウイラ少年の友である沼の主、立派な魔紅玉の角を持った神の鹿・ラトナラジュに、ウイラ少年の危機を報せにひた走ったのだった。
けれど少女とともに村へと走ったラトナラジュが見たのは、村人たちに暴行され、目を潰され、腕を折られ、脚の腱を切られ瀕死の親友で。
神の寵愛を受ける鹿の王は、怒りのままに人の男神の姿を取ると、村人全てを殺そうと決めた。
しかし。
「お前の力をそんなことに使わないでくれ……」
シエルさんの演じる瀕死の少年が、レジーナさん演じる怒れる鹿の男神に笑いかける。
私やレグルスくんが練習で見たのは、ここのシーンだったわけだよ。
「ウイラ、お前はこのままでいいのか!? お前をこんな目に遭わせた奴らを、我は許せるものか! 目を抉り、腕を折り、脚の腱を切られてまで、村の人間を庇う必要が何処にある!?」
ラトナラジュの激しい怒りに観客が息を飲む。
親友を傷付けられた無念、人間の善性を信じたがゆえの怒りが、びりびりと伝わるように激しい歌とダンスで表現されていた。
それに対してウイラ少年は力を振り絞って親友である神の怒りを鎮めようと、穏やかに歌い寄り添うように踊る。
どうか普段の優しいお前に戻っておくれ。おれはこの痛みなどよりも、お前が荒れ狂う祟り神になってしまうことが嫌だ。
とうとうと語り掛けるような歌声に、段々とラトナラジュの表情が穏やかになっていく。
幼馴染の少女もウイラ少年を癒すべく祈り歌い、三人の声が調和し静かに歌を引き取っていく。
やがてラトナラジュの力と少女の祈りがウイラ少年に奇跡を起こし、その傷を癒す。
そして少女は二人に告げた。
このままだと、父が良からぬ気持ちをまた起こすかも知れない。だからどうか逃げてほしい、と。
少女は父から買い与えられた高価な髪飾りを渡して、これを路銀にどうか安全なところへ。そう切々と歌う。
彼女の気持ちを受け取ったウイラ少年とラトナラジュは、二人大冒険へと旅立った。
けれど残った少女に悲劇が襲う。
少女がウイラ少年とラトナラジュを逃がしている間に、彼女の村に入り込んだ邪悪なモンスターに村が全滅させられた。
生き残ったのは彼女と他数名。
王は彼女達の村が何故襲われたのかを詮議し始めたが、村人はウイラ少年に暴行を加えたせいだと思ったらしく、全ての責任を彼女の父の長、ひいては彼女に押し付けた。
彼女は言い訳もすることなく、神殿付きの奴隷に身を落とすことに。
それから十年後のある日、彼女の村を襲った邪悪な魔物が生贄を国へと要求してきた。もとはと言えば彼女の父親がウイラ少年を虐げ、彼と友人だったラトナラジュを怒らせ、ラトナラジュの力で敷かれていた結界が解かれ、邪悪な魔物を招き入れることになったのだ。
その責任を取れと、神官たちは彼女を生贄に捧げることにしたという。
幼馴染の少女の窮地を聞きつけた青年に成長したウイラとラトナラジュは、急ぎ彼女を救うべく行動を開始した――。
成長後のヒロイン・美空さんが生贄の衣装に身を包み、「どうか私のことなど捨て置いて」と歌う。その歌に被さるように、シエルさん演じるウイラ青年の「必ず君を助け出す」っていう歌声が響く。
ラトナラジュ役のレジーナさんは肩をすくめて、「お人よしの相棒に付き合ってやれるのは我だけだ」ってニヒルに笑って。
ってところで、「乞うご期待」だ!
この後は小説があるけど、形になるまで待ってねって訳で、拍手に包まれながら場面転換。
「皆ー! 全員でダンスだよー!」
「ラインダンスのある子は、準備しておいてねー!!」
ステラさんが明るく叫ぶと、後に新人のお嬢さん達が続く。
菫の花をデザインに取り入れた可愛いドレスの娘役さんと、菫色のダンス用のタキシードを着た男役さん達が手を取り合って舞台に出ていく。
菫の花咲く頃に、初めて出会った君といつまでも恋に落ちていたい。心を通じ合わせていたい。
優しくやわらかな凛花さんの歌う声に合わせて、菫色の服の男女がゆったりと優雅に踊る。
レジーナさんもびしっと衣装の裾を翻しながら、シュネーさんとダンス。
貴公子と淑女の夢のような戯れに、観客も静かに酔いしれていた。時折何処かから感嘆のため息も。
私もそっと息を吐く。
さて、この後は菊乃井歌劇団名物ラインダンスと私が影ソロを担当するシエルさんと美空さんのラストダンスだ。
気を引き締めないと!
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




