決着はいつも突然に
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、2/14です。
ビリビリと肌を刺すような殺気が、リング上のジャヤンタさんから放たれる。
いや、殺気というよりはもっと他の物に似た何か。恐怖ではなく敬うべき何かに触れた、そういう感覚。
これに私は何度か触れたことがある。これは、神威だ。騒めいていた観客が、水を打ったように静まる。
何故、ジャヤンタさんが?
リングを見ればジャヤンタさんの身体が白く周囲より浮かんで見える。光が仄かにジャヤンタさんに纏わりついているような。
眩しさに目を眇めると、ジャヤンタさんが瞑っていた目を開けた。そしてロミオさんを見据える。
ロミオさんは、そんなジャヤンタさんから決して目を逸らすことなく睨みつけていた。
「上等だ、ロミオ」
「アンタ、ジャヤンタなのか……?」
ジャヤンタさんの声に揺らぎがある。まるでジャヤンタさんの喉を借りて、別の誰かが話しているような、もう一人別人が声を重ねてきているような、そんな揺らぎだ。
少しばかり離れたところで聞いている私でさえ違和感を感じるんだから、近くで聞いているロミオさんはより強い違和感を覚えたんだろう。物凄く訝し気な顔だ。
対するジャヤンタさんは、ニィっと口角を上げる。
「勘が良いな。俺は今ジャヤンタであってジャヤンタじゃない。血に宿る神を呼び起こした」
「神……?」
単語の意味は解るけど、言葉の意味が解らない。ロミオさんの顔はそんな感じ。
これは、アレか。ジャヤンタさんの一族は神様の血を引いてて、条件次第で子孫がその神威を使えるとかいう血による能力継承が出来る一族だったわけか。
レアな能力なんだよ。一族が先祖の能力を使えるって言っても、それは全員じゃない。継承を許されるのは一族において、最も優秀な者って条件がある。
さらに優秀ってのにも色々区分があったはずで、その一族の基準を満たしてないといけないとか何とか。
つまり、ジャヤンタさんの切り札は血の中に眠る神の力を呼び起こすことだったわけだ。これは予想外だったな。
とはいえレグルスくんの言うように、勝てない相手ではない。神様と神様に近いっていうのは、雲泥の差だ。
毎日のように神威に触れているとそれがよく解る。
ジャヤンタさんの視線がロミオさんの肩越しに私やレグルスくんに。
気が付いたロミオさんがジャヤンタさんの視線から私達を遮るように、立ち位置を僅かにずらす。
「よく気が付いたな。オレが本当に狙っているものが」
「テメェ……!」
「強い者とやり合いたいのは本能だ、仕方ねぇ」
ぎりっと歯を軋ませるロミオさんに、ジャヤンタさんの獰猛な笑み。
いやー……、隣のレグルスくんがジャヤンタさんに興味津々なんだよねー。
「……レグルスくん?」
「あのね、いまのジャヤンタだったら源三さんも『構いませんぞ』っていうとおもう!」
「ああ、そう、なんだ?」
だから何でそんな血の気が多いの。お兄ちゃんそこはちょっと解んないなー……。ワクワクしてるの、超きゃわゆいと思うけど!
喉の奥から乾いた笑いがこみ上げてくる。
武闘会主催しといてなんだけど、戦うことが楽しいと思うことがないから、この辺の感覚はよく解らない。私にとって勝利は大きな目的に向かうための、一つのステップにしか過ぎない。当然掴むもの。義務なんだよ。義務を果たして楽しいとか嬉しいとか、そういう気持ちはあまり湧かない。
彼らの勝利は、私にとっての作品完成の瞬間みたいな感じなんだろうか……?
考え事に集中すると黙りこくるのは癖なんだろうけど、ツンツンと裾を引かれてレグルスくんに視線を向ける。
「うごくよ、ジャヤンタ」
その言葉通り、ジャヤンタさんがロミオさんと距離を詰めた。これが速い。ロミオさんは一応対応出来たけれど、斧の一撃を躱すのでやっと。
上段から振り下ろされた斧が、勢いのままリングにぶつかる。ただそれだけなのに、四角に組まれた厚い岩盤が割れた。それはもう盛大にめきょっと。
「最終戦で良かったー……」
じゃなかったら整備にまた時間かかってただろうな。
割れたリングの上では、ジャヤンタさんの斧がロミオさんを紙一重で逃す。大振りにもかかわらず、戻しが早くなっている。
一方でロミオさんは躱すことは出来ているけれど、このままでは躱し疲れるのが見えていた。
真正面から切り結び、何度となく打ち合っては距離を取る。獣の咆哮のような気合いと怒号に、観客も熱を帯びて二人の名前を叫ぶ。
ロミオさんの剣がジャヤンタさんの肩を突けば、ジャヤンタさんの拳が容赦なくロミオさんの頬を打つ。吹っ飛ばされてロミオさんの手から剣が吹き飛ばされたけど、それで怯まず彼はジャヤンタさんと同じく拳を固めた。
ジャヤンタさんの斧は既に壊れていたようで、二人の戦いは拳の勝負に。これも去年と同じだ。
「ロミオ! 俺は嬉しいぞ! この魔術を一生使わずに終わるんだと思ってたのに!」
「ああ、そうかい! 俺はそれどころじゃねぇんだよ! アンタに勝てないようじゃ、俺は番犬ですらあれねぇんだ!」
「この狂犬が! キャンキャン喧しいぞ!?」
「うっせぇ! 番犬は鳴くのも仕事だ!」
うーん、ノーコメント……。
もはや殴り合いの罵り合いになって来たのも、去年と同じ。思わず視線が明後日に飛ぶ。
ロマノフ先生はともかく、ヴィクトルさんやラーラさんの視線が物凄く生温い。
ボコスカとお互いの顔面やボディーに拳や蹴りが入って、二人とも最早フラフラだ。どちらが倒れてもおかしくない。
そういえばバーバリアンはともかく、エストレージャの優勝したときの望みってなんだろうな?
そう零せばロマノフ先生がにやにやしながら、話しかけてきた。
「余裕ですねぇ」
「何がでしょう?」
「ロミオ君はともかく、ジャヤンタ君が勝てば、菊乃井最強パーティーとの模擬戦を望むかもしれないのに」
そういえばそんな話もあったっけ?
それが望みかどうか確認してないからなんともだけど。
「もしも菊乃井最強パーティーとの模擬戦を望むなら、それは勿論叶えますよ。先生こそ、よろしいんですね?」
「? 私は構いませんよ?」
ロマノフ先生が頷くと、レグルスくんが目を輝かせる。
私としてはそんなに大きな声を出した覚えはないんだけど、どうも存外響いたらしい。ジャヤンタさんの虎柄模様のある耳がピクリと動いた。
ふらついていた彼の足に力がみなぎり、どしっと重心が落ちる。それにロミオさんも気が付いたようで、ジャヤンタさんと同じく重心を落とした。
これが最後の一撃。
観客も気が付いたのか、水を打ったように静まる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「うらぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮。
互いに最後の力を込めた拳が、相手めがけて放たれる。
ロミオさんの拳がジャヤンタさんの顎を捉え、ジャヤンタさんの拳がロミオさんの頬を打つ。
二人の身体がぐらりと傾ぎ、地面へと崩れる……と思いきや、ジャヤンタさんの足が力強く地面を踏みしめる。そして抜けたはずの力を再度取り戻し、拳を握り直した。それを最小限の力で、ロミオさんの鳩尾へと叩き込む。
「がぁっ!?」
「俺の、勝ちだー!!」
ロミオさんが地面に倒れ伏した。
勝利の雄たけびがジャヤンタさんの喉から迸る。
観客席がどっと沸き上がった。
それからそれから。
ジャヤンタさん達バーバリアンの優勝が確定。彼らやエストレージャの手当を終えてから、菊乃井冒険者頂上決戦の表彰式だ。
今年も負けてしまったロミオさんは、顔に痣を作りながら悔し泣き。それを慰めるマキューシオさんやティボルトさんは苦笑いだ。
リングが壊れちゃったので、瓦礫のちょっと高いところに立つ。
「第二回菊乃井冒険者頂上決戦優勝者・バーバリアンに惜しみない拍手を!」
レフェリーが叫んだ。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




